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きみの帰る場所 -1-

『貳號艇の子供ってなに?』

 彼にそう問いかけられた時、どうしてすぐに本当の事を教えなかったんだろう。
 俺とおんなじ、国家防衛最高機関「輪」第貳號艇の闘員になることだよって、言えばよかった。

 平門さんが花礫くんの素質を認めたんだよ、君ならきっといい闘員になれる。俺達と一緒に働こう。この艇で、无ちゃんとツクモちゃんと花礫くんとそれから俺、みんなでいれば毎日楽しいよってあの時全力で誘っておけば、彼の口からこんなに残酷な言葉を聞くことなんてなかったかもしれないのに。



****

「――儀君、與儀君」
「……え」
「大丈夫? やっぱさ、一旦休憩しよっか」

 対面に座った同僚に心配そうに声を掛けられて、空中をふわふわと漂っていた意識が戻ってきた気がした。しまった、仕事中にぼーっとするなんて――與儀は慌てて姿勢を正し、遅れを取り戻すようにと頭の中を整理する。

 明日の目的地は、ガルド社CEOパルネドの所有地、通称『煙の館』。目的は嘉禄の探索、ならびに火不火に繋がる決定的な証拠の発見、押収。
 政府の機関である輪は、通常、その上層部にあたる執政塔からの指示を受けて全ての任務を行う。どんなに怪しい会社があっても、組織として仕事をする以上一旦上の指示を仰ぐのだ。しかし今回は嘉禄の安否を痛いほどに気遣う无の気持ちを優先し、その指示を待たずに突入することになった。
 当然、いつも以上に失敗は許されない。下手をすれば貳號艇長の平門の進退が問われかねないのだ。

「おーい、與儀くんってば」
「――っあ、ごめんね喰くん。大丈夫、続けよう」

 机の上に目をやれば、端末と打ち合わせ資料の隣に見慣れないコーヒーのカップが並んでいる。きっと先程、自分がぼんやりとしていた間に羊が持ってきてくれていたのだろう。
 與儀は、そんなことにも気づかないくらいに呆けていた事実を反省しながら、まだ湯気を立てているそれをぐっと喉に流し込む。甘いチョコレートやキャンディーバーを好むお子様舌の與儀にはいつもならとても飲み込めない、砂糖もミルクも入っていないブラックのコーヒー。その容赦のない苦味が、まだ半分ぼうっとしている目を覚ましてくれた気がした。



****

「はー、つっかれたぁ」

 長い長い打ち合わせがようやく終わり、シャワーを浴びて自室のベッドにダイブする。同時に思わず愚痴めいた今日の感想が零れてしまい、與儀は慌てて口を覆った。誰に聞かれている訳でもないけれど、打ち合わせの途中――花礫と平門の会話を聞いてから暫く、心ここにあらずといった状態になってしまった引け目があったからだ。

『それは、艇を降りたいという事でいいのか?』
『……っ、そうだよ』
『そうか、わかった。じゃあそういう方向で話を進めてやろう』

 もう何度思い出したかわからない二人の会話が、また與儀の頭の中に甦る。直接その言葉を口にしてはいないものの、花礫の意思は明白だった。この艇を降りたいと、彼はそう思っているのだ。そうして、艇長である平門はそれを了承していた。

「なんっで、平門サン……、〜〜っ」

 『一度は貳號艇闘員に誘っておきながら、花礫くんのことを引き止めてくれないんだ』
 八つ当たりにも似た事を口にしそうになって、與儀は奥歯をぐっと噛み締める。引き止めたいのは、平門ではなく自分。こんなの、ひどい他人任せだ。
 偶然とはいえあの時同じ室内にいたのだから、なりふり構わず飛び出して引き止めればよかった。いや、それ以前に花礫に『貳號艇の子供』のことを質問された時に、何も知らない彼にメリットばかりを教えて仲間に誘っておけばよかった。
 そうしたら、彼は艇を降りたいだなんて思わずにいてくれたのかも――
 そこまで考えて、與儀は滲む涙を厭うように目を瞑る。あの時ああしていれば、なんて過ぎた事を後悔しても意味なんてないし、それに……そうできるなら、とっくにしていた。できなかった理由があるのだ。



 花礫が自分と同じように輪の闘員になるかもしれないと知った時、與儀は喜びと心配、相反する二つの気持ちに襲われた。

 喜び、というのは勿論、花礫が闘員になれば今度こそ一時的でない本当の仲間になれるからだ。
 付き合いこそ短いものの、與儀は花礫の刺々しい態度と言葉の奥底に隠されている家族や仲間に対する優しい心を知っている。まだまだ15歳という若さの彼を、その場限りの仲間と危険な仕事を繰り返すような生活から抜け出せるようにしてあげたいと思っていたからだ。外の世界では年齢や色々なしがらみで難しいかもしれないけれど、完全実力主義の輪ならばそれが叶うだろう。
 もちろん、輪の仕事が絶対に安全だと言い切れるわけではない。むしろ仕事の危険度で言えば出会う前に花礫が行っていたものとは比較にならないくらいに危険だろう。けれど、だからこそ闘員になるならば花礫もそれなりの訓練を積み実力を付けることになる。とても厳しい訓練だから誰でもなれる職業ではないが、平門が直々に声をかけたくらいだ。素質は十分だろう。
 それに、いざ戦闘となっても、自分の目の届く範囲にいてくれれば守ってあげられる。だから、本当ならば間を置かずに、それこそ花礫に聞かれた時にすぐさま手をとり『一緒に火不火と戦おう』と言ってしまいたかった。

 けれどやはり、いいことばかりではない訳で。輪の闘員は本当に危険な仕事だから、家族に危害が及ばないよう、そして自分自身の枷にならないように、戸籍データを全て書き換えられてしまう。これから先ずっと、『この世にいないもの』として生きて行かなくてはならないのだ。
 艇には、仲間がいる。厳しいながらも優しい兄や姉のように、時には親代わりのように接してくれる平門とイヴァ、一緒に育った兄妹のようなツクモ。医療や食事や機械の専門スタッフに、たくさんいる羊たち。みんなみんな、大切な仲間だ。
 賑やかで、あったかくて、とても居心地のいい場所だけれど――…時々ふと、言葉にできないくらいに寂しい気持ちに陥ることがある。まるでとても広い真っ暗闇の中に自分ひとりだけ取り残されて、誰の名前を呼んでも返事が返ってこないような。そんな孤独を、花礫に味わわせたくないと思った。

 それに何より、與儀は自分の中にある花礫への感情が初めの保護対象としてだけのものではなくなっていたことに気付いてしまっていたから。男同士、しかも相手は未成年、仕事で保護対象として出会った少年に対して決して抱いてはいけないはずの恋愛感情を自覚してしまっていたことが、花礫を引き止められなかった最大の要因であった。

 輪の艇に残り闘員として働くことは花礫にとってプラスになる、と、思う。思うけれど、それは彼の立場に立って考えた結果だろうか。自分が彼と一緒にいたいという気持ちを優先してはいないだろうか。
 確かに、艇に残れば安定した職と収入を手に入れることができる。――自分の過去と、自由な未来と引き換えに。でもそれは、本当に彼が望んでいることなのか?
 自分のエゴで、花礫の未来を奪うような真似はしたくない。

『おい、聞いてる?』
『えっと……ごめん分かんないや……。どういう意味で言ったんだろう〜』
『別に、知らねえならそれで構わないんだけどさ。お前なら知ってるかなって思っただけ』

 花礫の、何もかもを見透かすような漆黒の綺麗な瞳。自分を真っ直ぐに見てくれるのが本当は嬉しい筈なのに、その時ばかりは苦しくて……。結局、嘘をつくように、逃げるように、話をはぐらかしてしまった。

「……もう、寝よっかな。明日、たくさん頑張らないとだし」

 これ以上考えていたら本当に眠れなくなってしまいそうで、與儀は半ば無理やり思考を遮断するように布団を被る。電気を消し暗くなった部屋の中、微かに届く月明かりが與儀の金の髪をやわらかく照らしていた。






改定履歴*
20130522 新規作成
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