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ずっと一緒に -2-

「――あ、」

 研案塔の一室でベッド際に追い詰められた瞬間、與儀の頭を占めたのは『後悔』の二文字だった。
 一日分の任務を終えて貳號艇に戻る前に、迷って迷って、結局ここを訪ねたことを心底悔やんだ。
 今與儀の目の前にいる燭医師の髪と瞳は、本来あたたかな印象をもたらすはずの桃色。
 けれど今彼から受けるのは『あたたかい』とは真逆の雰囲気で、與儀の体温がさっと下がる。

「ま、待ってください燭先生」

 感じる恐怖感をあまり表に出しすぎては失礼だと頭では解っているが、体は正直なものだ。與儀の足は勝手に逃げだそうとドアに向かって一歩踏み出す。
 けれど燭にがしっと腕を掴まれ背後のベッドに座らされたため、それは叶わなかった。

「先生、やっぱり今日は俺……あ、明日出直します!」
「いいから大人しくしていろ」

 こんな夜中に連絡もなしに訪ねてきておいて、いざという段階でこんな態度をとられては、いかに相手が一回りも年下のこどもとはいえため息のひとつもつきたくなるというものだ。燭はすっかり涙目になってしまっている與儀の申し出をぴしゃりとはねのけ、背後のベッドに押し倒した。

「はぁ、もう夜も遅いんだ、さっさと済ますぞ」
「でもっ、待って、急には無理っ無理ですって!」
「逃げるな、動くと力が入って余計痛いぞ」
「や……やだぁっ! 燭せんせい、無理、ぁ、――ッ!」

 成人男性の大きな手が容赦なく與儀の服を剥ぎ、白い腹部が蛍光灯のもとにさらけ出される。
 カチャカチャと無機質な金属音が耳に届いて、もうダメだ、と與儀はせめてもの抵抗でぎゅっと目を瞑った。





「イ……ったぁぁーーーー!!!」

 與儀がここに来た理由は、今日の任務で腹部に受けた打撲兼擦り傷の治療。
 傷口を見なければ痛みも減るのではないか……との考えから目を瞑ったのだが、結局たいした効果はなかったようだ。ガーゼにたっぷり含められた消毒薬で傷口を覆われた瞬間、與儀は情けない叫び声を上げた。

「痛いです痛いですひどいですよぉ燭先生〜」
「治療くらい黙って受けられないのか」

 輪貳號艇闘員特化Sという肩書には全くもって似つかわしくない涙声に、燭の眉間のシワがひとつ増える。ガーゼを交換して再度與儀に向かい合うと、彼はベッドに身を起こし痛みを和らげようと傷口にふうふうと息を吹きかけていた。

「まったく、どういう戦い方をすればこうなるんだ」
「えへへ、なんか、前に出過ぎちゃいましたかね」
「君は怪我が多すぎる。取り返しのつかない事になる前に、もう少しどうにかしなさい」
「すみません……、気をつけてはいるんですけど」

 與儀に注意を促す口調がきつくなってしまうのも仕方のないことだった。彼は今治療した腹部以外にも、膝やてのひら、頬にまで傷を作っているのだ。
 闘員という職務上ある程度は仕方ないものだとはわかっているが、それにしてもここ最近怪我をする頻度がぐっと増えたように思う。
 與儀が10の時からずっと主治医として彼の成長を見守ってきた燭には到底放っておけることではなく、ついつい口煩くなってしまうのだ。

「俺戦う時いっつも緊張しちゃって。詰めが甘いんですかね」
「そうではなくて、任務の量が多すぎるんじゃないのか?」
「え?」

 緊張しているとはいえ、與儀だって怪我はしたくないだろう。それでもこんなに傷を負うということは、與儀に負担がかかりすぎているからだということは容易に想像がついた。

「実力以上のことを任されているとか、人手が足りないとか」

 與儀が、艇長である平門のことを兄のように慕っているのは知っている。けれど、慕うあまり実力以上の仕事を任されても平門の期待に応えようとして、断りきれずにいるのではないだろうか。
 燭は、與儀の怪我が増えてきた頃からずっと、そのことが気掛かりだったのだ。

「だから怪我が絶えないのだろう」
「……、え、っと」

 勿論、平門が意図してそうやっているとは思っていない。平門が、あのクールでストイックな外面からは想像もつかないほどに與儀の事を大事にしているということは、燭もちゃんと知っていた。

 だが與儀が彼にできる全力を尽くして怪我を隠しいつもどおり振舞っているとすれば、医者ではない平門がその変化に気付くことはできないだろう。
 単純に、少し難しいかと思いながらも任せた任務を見事成功させてきたと與儀の成長を喜んで、次回はもっと難しい任務を与えるかもしれない。

「言いにくいのなら俺から平門に――」
「だっ大丈夫です!」

 けれど與儀は、弾かれたように起き上がり大きな声で燭の言葉を遮った。

「任務は大丈夫です、俺怪我しないようにもっと鍛えますから!!」
「向上心は立派なものだが、冗談抜きに最近お前は働きすぎだ。疲労も溜まっている。お前には定期検診を受けてもらってるだろう、元気なフリをしても数値は誤魔化せないぞ」
「心配してくれてありがとうございます、燭先生。でも大丈夫ですよ。だから平門サンには……」

 言わないで、と。白衣の裾を捕まれ、ベッドに座ったまま涙目で請われて、燭はぐっと言葉に詰まった。與儀のこの顔は反則だ。こんな風にじっと見られると、そこにはないはずのしゅんと垂れた耳が、ふさふさのしっぽが、あるように見えてしまう。今燭の目の前にいるのは確かに與儀のはずなのに、まるで叱られた仔犬を相手にしているようだ。

「〜〜今の所は、平門には言わないでおいてやるから」
「っ! ありがとうございます!」

 つい折れてしまった自分の言葉を聞いた途端にぱぁっと明るくなる與儀の笑顔に焦った燭は、次に怪我をしたら今度は報告するからな、とダメ元で念を押した。

「とにかくちゃんと寝るくらいはしなさい。体を休めるのも仕事のうちだ」
「えへ、燭先生優しいですね」
「そんなことはない。いいからもう行きなさい、帰って寝ろ、わかったな與儀」


 ありがとうございました、おやすみなさいという與儀に後ろ手に手を振って、ドアがぱたんと閉まる音を聞き燭は深いため息をついた。

 與儀はああ言っていたけれど、本当によかったのだろうか。
 研案塔の特殊治療で治りが早いとはいえ痛みはあるのだ。精神的にもつらいはずの任務に加えて怪我まで、いくら闘員とはいえまだ14を迎えたばかりのこどもに、負担をかけ過ぎではないのだろうか。

(……いや、やはり駄目だろう)

 何かあってからでは遅いのだ。
 いくら燭が優秀な医師だとしても、どんな怪我でも元通りに治せるとは限らないのだから。

 今しがた交わしたばかりの約束を反故にしてしまうことを心のなかで詫びながら、燭は携帯を取り出し通話ボタンを押した。







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20140405 新規作成
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