top * 1st * karneval * 刀剣 * utapri * BlackButler * OP * memo * Records

平門さんの夜のお仕事

 夜になり静寂を迎えた輪艇に、ぱたぱたと小さく響く可愛らしい足音。遠くに聞こえるその音に顔をあげた平門が時計に目をやると、その針は午後9時半を指していた。もうこんな時間かと椅子に座ったままぐっとひとつ伸びをして、もうすぐやってくるであろう訪問者を待つ。

「平門サンっ」

 予想通り、やってきたのは與儀だった。お気に入りのニャンペローナパジャマとスリッパを身につけて、ひょこっとドアの向こうから顔を覗かせる。

「あのね、今日も一緒に寝ていい?」
「いいよ。おいで」

 平門さんの隣は落ち着いて眠れるとはにかむ與儀に、ならばいつでもおいでと言ったのが二週間前。翌日から與儀は、毎晩平門の元を訪れるようになった。たったドア3つ分の距離を走ってこないとだめなくらいに暗い廊下が怖いくせに、それでも眠るのは平門と一緒がいいのか、彼は一日だってその日課を欠かしたことはない。

「俺はまだ仕事が残っているから、先に寝ていなさい」
「はぁい」

 聞き分けよく返事をして一旦はベッドに向かった與儀だったが、何かを思い出したようにはたと立ち止まった。そうして、またあの可愛らしい足音をさせて平門のところへと来たかと思うと、椅子に座っている平門を見上げて『おやすみなさい』と挨拶をする。おやすみ、と返してそのふわふわの髪を撫でてやれば、それでようやく満足したようにまたベッドへと走っていく。彼が自分のベッドによじ登り、布団に潜り込んだのを見届けて、平門は部屋の灯りを消した。机の上のライトだけが灯る中書類に向かう平門の横顔は、心なしかすこし微笑んでいるように見えた。



****

 時計の針が揃って天を指す頃にようやく仕事を片付けた平門は、端末の電源を落とし、書類を纏め眼鏡を外して、机の灯りを消した。シャワーを浴びようと着替えを取ったついでに自分のベッドへ目をやると、そこにはすうすうと寝息を立てる與儀の姿があって、なんだかふわりと心が暖かくなる。

 ――よかった、今日はまだ、魘されてはいないようだ。

 お気に入りの金の髪を一撫でして、浴室へ。
 一通りからだを洗って最後に温めのシャワーを浴びながら、平門はここ最近の與儀の変化に想いを馳せた。
 結論から言うと、彼が泣きながら目を覚ます回数は毎日から3日に1回に減った。魘されはじめた時の小さな声に平門が気付いて名前を呼び頬を撫でてやると、それまで苦しげに顰められていた眉が下がり、ふっと目をあけるのだ。
 平門さん、と力なく呼ぶ彼の声に、與儀、と返してやって、伸ばされる手を握り返す。それでいくらか落ち着くのだろう。與儀はまた静かに目を閉じ夢の中へと落ちてゆく。

「もっと早くに、こうしておけばよかったな」

 シャワーのコックを捻り、タオルで髪を拭きながら思わずそうひとりごちる。自分のベッドで寝かせるだけでこんなにも彼が穏やかに眠れるのならば、初めからこうしておけばよかった。どうしてもっと早くに気付かなかったのだろう。

「……後悔しても、仕方ないか」

 髪を乾かす間たっぷり考えて辿りついた結論に平門はひとつ息をついてベッドに向かう。過ぎたことを後悔するよりは、これからは彼が成長して一人で眠れるようになるまで、傍にいてやろうと思った。――今、自分を迎えてくれているこの笑顔を護るために。

「平門さん! お仕事終わったの? もう寝る?」
「ああ。起きていたのか、與儀」
「えへへ、ごめんなさい」
「いや、物音で起こしてしまったかな」

 先程まで眠っていた筈の與儀が笑顔で迎えてくれたベッドは、いつもよりも暖かく思えた。ぺたんと座っている與儀の頭を撫でてやりながら、自分も隣に横たわる。

「一緒に寝るの、久しぶり」
「毎日寝ているだろう?」
「だっていつも俺が先に寝ちゃってるから」
「そうだな。ほら、こどもはもうとっくに寝てる時間だ。目を瞑って」
「もっと平門さんとお話したい〜」

 甘えるような声でねだられて、思わず5分だけだぞと返してしまう程度には平門は與儀を可愛がっていた。

「――でね、羊さんが、内緒だよって教えてくれたの。明日お客さんが来るんだって」
「明日? 俺にか?」
「うん」

 カーテン越しの月明かりの中、枕を並べて他愛もない話をする。もっとも、そう思っているのは平門だけで與儀にとっては特別たのしい話なのかもしれない。そう思ってしまうくらいに、彼は嬉しそうな表情をしている。こんな顔をしてくれるなら、一晩中だって話し相手をしてやるのも悪くない。もちろん與儀の年を考えると、そんなわけにはいかないのだけれど。

「誰かな」
「えっと〜、ツキ……? って!」
「ああ、朔か」
「うん! 平門サンのお友達だよね」
「……友達、というわけではないんだが」
「違うの?」
「いや、合ってる。……かもしれない」

 何とも言えない表情でどっちつかずな返答をする平門に、へんなの、と與儀が笑う。ここ数日、與儀が笑顔を見せる頻度がどんどん増えてきている気がする。それに、喋り方が少し変わってきた。すこし間延びしたような、のんびりした話し方だ。平門心を開いたことで、彼本来の喋り方が出てきているのかもしれない。そのことが、この貳號艇で彼がリラックスして過ごせている証拠のようでとても嬉しかった。

「随分羊と仲良しなんだな」
「平門サンがいないときは、羊さんと遊んでるよ」
「へぇ。なにをして?」
「かくれんぼとか〜、あ……っ、勉強もしてるよ?」
「はいはい」

 実は、平門が貳號艇に配属されてから間もなく、艇の護衛住人のリニューアル計画があることを告げられた。幾通りかのサンプルが提示され、次期艇長として平門に決定権が与えられた。輪デザインチーム渾身の作品だというだけあって、兎、猫、犬、どれも可愛いラインナップだった。生憎平門は可愛いものに対する興味をそれほど持ち合わせていなかったが、同じく壱號艇の護衛住人決定権を与えられた朔はそれなりに喜んで迷っていたことを覚えている。

『いかがでしょう? どれをお選びいただいても基本性能は変わりません。あとはもう、お好みで』
『ん〜〜っウチはやっぱ兎かな? だってよぉこの耳大きさ変わるんだぜ! すげぇよなぁ』
『ありがとうございます、壱號艇は兎ということで……。貳號艇はどちらにいたしましょう?』
『では、羊を』

 平門はというと、迷うこともなく羊を選択した。
 眠れぬ夜には、羊を数えれば安眠が訪れる――なんて、信じている訳ではないけれど。自分の名前も過去もなにもかも忘れてしまった彼に新しい名前を与えたように、眠りに就けないとぐずる彼には添い寝の羊を。與儀のためになるかもしれないことならば、何でもしてやりたいと思ったからだ。

「――結局、俺の役割になってしまったな」

 しばらく考え事をしているうちにこてんと寝入ってしまった與儀の髪を、頬を、そっと撫でる。
 與儀の添い寝は羊に任せようと思っていたけれど、これはこれでいいかもしれない。いやむしろこの仕事は、羊にも誰にも譲りたくはないな――そんなことを思って、平門はもう少しだけ、眠気がくるまでの間と決めて触り心地のいい髪を撫でていようと決め、與儀の布団を掛け直してやる。月明かりを受けて柔らかくきらめく金の髪は、特別柔らかそうに平門の目に映った。






改定履歴*
20130817 新規作成
- 3/12 -
[] | []



←main
←INDEX

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -