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眠れぬ夜には

 月の綺麗な夜11時、平門の部屋にちいさな訪問者がひとり。お邪魔するメェ、と断って部屋に入ってくる羊が用件を伝える前に、平門は書類とペンを纏めて机に置き執務机から立ち上がった。

「いつから?」
「2分10秒前メェ」
「そうか」
「任せていいメェ?」
「ああ。ありがとう」

 ドアを開けて羊を見送ってやると、平門はそのまま自分も部屋を出た。輪の技術力が結集したと言っても過言ではないこの艇は、灯りひとつとっても完璧だ。まるで平門の行き先を知っているかのように暗すぎず明るすぎず順番に足元を照らしてくれる誘導灯に導かれて、目的の部屋へと歩を進める。ドア3つ分隣の、可愛らしい名札がついている明るい色のドアに辿り着くと、平門は静かにノックをして返事を待たず部屋に入った。

「ひっく、ぅ……、っう、」
「與儀」

 羊の報告通りに、ベッドの上でひとり静かに泣いているこの部屋の主の元へ。優しく名を呼んでやると彼ははっとしたようにその顔をあげた。そうして、そこにいるのが平門だとわかると、ひときわ大きな涙の粒を零す。

「ひ、らとさ……」

 ちいさな手をいっぱいに伸ばして助けを求めるように甘える與儀を、平門はひょいと抱え上げそのまま彼のベッドに座った。

「怖い夢を見た?」

 いつものようにそう尋ねると、いつものようにこくんと頷く腕の中のちいさな子ども。そうか、こわかったな、と髪を撫で、甘やかすように背中をさすってやると、與儀は平門の首筋にぎゅうっと抱きついて肩口へ頬を摺り寄せた。彼のふわふわの金の髪が頬にあたり、擽ったい。

「ひらとさん……ひらとさ、ん」
「ここにいるから、安心して寝なさい」

 さて、今日はどれくらいで眠ってくれるだろうか。もしかしたらまた朝方にも泣くかもしれないな、一旦與儀が寝たらまた羊に見ているよう頼んで――…ぼんやりとそんなことを考えながら、温かい背中をぽんぽんと叩いてやる。

 與儀を引き取ってから数ヶ月、こうやって夜毎悪夢に魘され泣き出す彼を、抱き上げ、宥め、また寝付いてくれるまで一緒にいてやるのが平門の日課になっていた。
 こどもらしく10時には寝る與儀が泣き出す時間はまちまちで、今日のようにまだ平門も起きている時もあればすっかり寝入った後の深夜、はては朝方のこともある。様子を見てくれるよう言いつけてある羊は「與儀が泣いたら、いつでもいいから知らせること」という平門の言葉を律儀に守り、その都度起こしにやってくる。
 普通ならば嫌になってもおかしくはない頻度だったけれど、平門は不思議と嫌ではなかった。

「ん、ぅ、」

 ふと、首筋に風が通る。さっきまで自分にぎゅっと抱きついていた與儀が、すこしうとうとし始めたのだ。起こさないように抱え直し、彼が寝やすい体勢にしてやる。あと10分もこうしていれば、きっと眠ってくれるだろう。元々高い彼の体温が、さらに温かさを増して、そのことを平門に教えてくれた。

「……與儀」

 彼に聞こえないぎりぎりの大きさで、そっと名前を呼んでみる。あの日、自分がつけた彼の名前。
 彼が失くした家族や想い出、これから先彼の人生にあったはずの輝かしい未来。平門にはそれを取り戻してやることはできない。けれど、この貳號艇で楽しい想い出をたくさんつくって笑って毎日を過ごして欲しい、新たな命を始めて欲しいという、精一杯の想いを込めた。親にはなれないけれど、ずっと自分が護ってやるから、と。

 もちろん四六時中一緒にという訳にはいかなかったが、平門は忙しい任務の合間を縫っては與儀に顔を見せるようにした。まだまだ幼い彼の身長に合わせてしゃがみ、視線を合わせて、一言二言でも会話を交わすようにして。
 人見知りをしていたのか、初めは話しかけられてもぎこちない返答しかしてくれなかった與儀も、平門の優しい眼差しと穏やかに自分の名前を呼ぶ声に少しずつ慣れてきたのだろう。そのうちに彼は、平門が帰ってくる予定の時刻を羊に聞いて、羊と一緒に貳號艇の出入り口まで迎えに来るようになった。そうして、帰ってきた平門におかえりなさいと遠慮がちに抱きつくのだ。後は着替えの時も食事の時もずっと目の届く範囲にいて離れない。ソファに座って、おいでと呼べば嬉しそうに隣に座って自分を見上げてくる。
 こうなると、もう平門も與儀が可愛くて仕方なくなった。

 ところが、時期を同じくして平門の任務が忙しくなり、與儀と過ごせる時間が減ってしまう。平門はどうにかしてその穴を埋めたいと思ったが、聡明な彼でも流石に『どうすればこどもが喜ぶか』なんていう知識までは持ち合わせていなかった。だから手探りだ。絵本を読んでやったり空の散歩に連れていったり、思いつくことは全てやった。素直な與儀は、その度に喜んでくれ、ますます平門に懐いていった。
 中でも、ひときわ與儀が嬉しそうな表情を見せたのはぬいぐるみだった。任務で赴いた地で何の気なしに買った、猫のぬいぐるみ。それを渡した時に、與儀はぱぁっと顔を輝かせ、大事そうにぎゅうっと抱き締めた。
 その顔が忘れられなくて、それから平門は出掛ける先々で與儀が喜びそうなものを探すのが癖になった。ぬいぐるみやチョコレート、キャンディーバー。與儀の好きなものがひとつわかる度、與儀の笑顔を見る度に、平門の胸をあたたかい感情が満たしていった。

「いつかはお前も、泣かずに朝まで眠れるようになるのかな」

 全てを自分に委ね、腕の中で安心しきってくれている與儀にそっと訊いてみる。今はまだ、夜は魘されて泣いてしまっているけれど、いつかは泣かずにすむような日がくるのだろうか。その日が待ち遠しいけれど少しだけ寂しくもあるのは、自分のエゴだな――…そう思ったところで、はっとした。いつの間にか目を覚ましていたらしい與儀が、じっと平門のことを見上げていたのだ。

「ごめん、起こしたか?」
「ううん……」
「もう一度目を瞑って」
「えと、あのねひらとさん」
「うん」
「え……っと……ごめんなさい」

 震える声で紡がれる與儀の言葉に驚いてよくよくその顔を覗いてみれば、折角止まっていた涙がまたこぼれそうになっているではないか。

「『ごめんなさい』? どうして?」
「だって、平門さんいそがしいのに」

 袖でその涙を拭ってやりながら、優しく尋ねてみる。よくよく話を聞くと、自分が泣く度に平門が来てくれて嬉しいけれど、平門の睡眠を邪魔しているのではないか、ということだった。
 こんなに幼いのに自分の事を気遣ってくれていたのかと思うと、また胸がふわりとあたたかくなる。同時に感じる、少しの切なさ。もっと何も考えずに、甘えてくれて構わないのに。そうさせてあげられないのは、ひとえに自分の力不足だ。

「ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ。仕方ない」
「でも……俺がちゃんとひとりで眠れたら、ひらとさん起こさないで済むのに」
「大丈夫だ。與儀はこうやって撫でていれば、ちゃんと眠れるいい子だもんな」
「それじゃひらとさんが眠れないよ」
「お前が寝たら俺も寝るから大丈夫だよ」

 いくら宥めようとしても、與儀はまだ納得いかないようだ。どうしたものかと考えて、平門は浮かんだ案を口にした。

「……一緒に寝るか?」
「! うん」
「そうか。じゃあ、行こうか」
「ひらとさんの部屋?」
「そう。眠る前に放り出してきた仕事を片付けないとな。與儀、付き合ってくれるか?」
「うん!」

 與儀を抱きかかえたまま、廊下を歩いて平門の部屋へ。彼は初めて見る暗い廊下に少しだけ怯えるような様子を見せたから、平戸は安心させるように背を撫でてやった。部屋に着いても抱かれたまま降りようとしない與儀に、随分怖がらせてしまったものだと含み笑いをひとつ。なぁに、と拗ねたように訊いてくる與儀に、こんなにちいさなこどもでも笑われているのはわかるのかと苦笑した。
 與儀を抱きかかえたまま執務机の上を簡単に片付けていると、與儀は興味深そうに平門の視線の先を追う。そんな何気ない仕草までが、可愛らしく思えた。

「さぁもう寝るぞ。明日も早い」

 與儀をベッドに降ろし、自分も隣に横たわる。そういえば與儀の靴を忘れてしまったと気付いたが、まぁ朝にまた部屋まで連れていってやればいいかと言い訳をしてベッドサイドの灯りを消した。腕の中の温かい体温に誘われてすぐに眠くなってきたけれど、時折與儀がもぞもぞと動くものだから、なんだか気になってしまう。

「眠れない?」
「ううん……」
「ああ、ごめん、もう眠たそうだな」

 気遣ったつもりが逆に目を覚ましてしまったかと反省しかけた平門だったが、與儀の返答に今度は自分が目を覚まされる番だった。

「ひらとさんの隣、すぐ眠くなる。あったかくて安心するからかな」

 予想していなかった與儀の言葉に、思わず顔が熱くなるのがわかった。平門は、灯りを消していてよかったと心底思った。

 ――随分と、可愛いことを言ってくれる。甘やかしすぎな自覚はあるのに、これではまた甘やかしてしまうではないか。

「……そうか、そんなに落ち着くなら、いつでもここにおいで」
「ほんと?」
「廊下が暗いから来れないかな? お前は怖がりだからな」
「俺怖がりじゃない! 来れるもん」
「ふふ、じゃあ楽しみにしてるよ。……さぁもう目を瞑って。おやすみ」
「はい。おやすみなさい、ひらとさん」

 ぷうと膨れる頬をつついて、髪の毛にキスをひとつ。嬉しそうにぎゅっと抱きついてくる與儀を抱き留めたまま、平門は瞼を閉じるのだった。






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20130815 新規作成
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