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Present for you

 桜舞い散る春のこと。政府要員養成校クロノメイでは、厳しい訓練と最後の試験に通過できた者たちの卒業式が執り行われていた。
 校長がいつもよりも幾分厚みを増した声で卒業生の名を呼び、続いて得意とする分野で思う存分能力を発揮できるようにと適性に応じて配属された部署名を読み上げる。会場は式典らしく厳粛な雰囲気ではあったが、やはり努力が実ったという嬉しさは隠しきれるものではなく、自分の名を呼ばれた者は皆一様に誇らしげな表情を浮かべ、周りの級友からは小声で祝福や賞賛の声が上がった。それを咎める者は誰もいない。ここにいる皆がお互いの輝かしい未来を祝福する、いい式だった。
 中でも、とりわけ会場がざわついたのは、朔と平門の名が呼ばれた時であった。
 賑やかで明るい性格、周りをあっという間に自分へ惹きつけてしまうリーダー性を持った朔と、あまり感情を表に出さないものの確かな実力と思考力でいつも的確な判断を下すことのできる平門。彼らはそれぞれ生まれ持った適性と、教官たちが一目置くほどの実力を兼ね備えていた。その上、卒業の数ヶ月前に赴いたリムハッカ王国で、唯一の生き残りを――それも王子を――保護するという強運までも持ち合わせた二人だ。
 生存者の存在自体が絶望的と思われたあの事件での王族発見。これにより朔と平門は、いずれは艇長へとの特命を受けつつ、それぞれ壱號艇と貳號艇に配属された。



「――とりあえずは、二人とも卒業おめでとう、と言っておこう」
「ありがとうございます、燭先生」
「おっ燭ちゃん優しーねぇ。ありがとな」
「朔」
「はいはい。『ありがとうございます、燭先生』」

 その翌日、平門は自身の恩師である燭の呼び出しを受け研案塔へと赴いた。この人が自ら自分を呼びつけるなんて珍しいこともあったものだ、そう思ったのは呼び出された平門だけではなかったらしい。謝恩会の会場で燭に呼び出しを受ける平門の隣にいた朔は、めずらしいこともあるもんだな、と彼らしい口調で平門の心の中と同じ台詞を口にして同行することを希望した。燭は眉をぴくりと動かしただけで何も言わずその場を離れたが、朔はそれを了承と受け取ったらしい。

「平門、早速だがお前を呼び出したのには理由がある」

 余計な物など一切ない部屋で、余計な言葉も一切なしに、燭は本題を切り出した。

「はい」

 いつも通りのその態度に、平門は動揺することなく返事をする。
 しかし、冷静で居られたのはここまでだったように思う。
 平門の返答を聞いた燭は、何も言わずに隣の部屋へ続くドアへと手を掛けた。
 白とオレンジを基調にした広い部屋、大きく取られた窓から差し込む柔らかな風と光の中で、ぽつんと置かれたベッドの上にやわらかな金の髪をなびかせてひとりの少年が座っている。
 それが誰なのかを思い出した瞬間に、平門は自分の心臓がどくんとひとつ大きな音を立てた気がした。

「――!」
「なになに? ……あ! お前は……」

 平門の背後からひょいと顔を覗かせた朔も、暫くぶりに見たその少年の名を思い出したらしい。しかし続く言葉を制するように、燭は朔の手を引いて止めた。その燭の様子と、戸惑いながらも遠慮がちにこちらを見る少年に、何か理由があると悟ったのだろう。平門も燭の意図を汲み取り、あの時資料にあった名前は一旦忘れることにした。


「話というのは……」

 小さく咳払いをした燭が、少年の現状を説明する。
 ちいさな体に埋め込まれたインキュナの細胞と必死に戦った代償なのか、彼はあれからひと月程の間、ずっと眠り通しだったこと。目が醒めた時にはもう、全ての記憶を忘れてしまっていたこと。今も毎晩のように魘されて、泣いて、記憶だけでなく元気もなくしてしまっていること。

「……っ、」

 本人を目の前にしているからか、いつもは自分にも他人にも厳しい彼にしては随分言葉を選んでいるようだった。しかしいくら優しい言葉を選んでも、内容の厳しさは変わらない。
 一通りの現状を説明し終えた燭は、平門に向き直って静かに言葉を続ける。

「解っているとは思うが、彼は政府の保護対象だ。今までは治療の為ここに居てもらったが、体は回復したようなので、これからは貳號艇に――お前に預ける」
「随分と急ですね」
「急ではない。ずっと前から決めていた。まだ名前がないから、まずは名前をつけてやってくれ」
「え、」

 言われてベッドに掛けてある名札に目をやる。確かに記載してあるのは個人を識別する番号のみで、本来名前が記入されているべき箇所は空白のままだった。

「名前がないって、そんな訳ないでしょう!」
「彼自身が覚えていないのだ。それにそう珍しいことでもないだろう」
「確かに、私たちは名前を変えることありますけど、それは輪の任務上必要に迫られて……っ」

 彼の王子としての名前があることくらい、燭は当然知っている筈だろう。けれどそれを使わないということには何か理由があるのだ。もしかしたら、彼が記憶を失っている事に起因しているのかもしれない。それはわかるけれど、だからといってまだ彼とは二回会っただけの自分がつけるというのも――そんな戸惑いを隠せない平門は、自分を落ち着かせるようにひとつ息をついた。

「名前は、特別なものです。軽々しくつけていいものではない」
「そうだ。だから付けられなかった」
「〜〜っ、燭さん」
「平門、あれから、数ヶ月経っている」

 燭の言葉に、平門は息を飲んだ。数ヶ月。そうだ。あれからもう、何ヶ月経っただろうか。リムハッカでの救出作戦を終え、残りの学業と訓練に明け暮れ、試験を受けて。自分にとっては光のように過ぎ去った日々だったけれど、記憶も家族も何もかもを失くしたこの少年にとっては、いったいどれだけの長さだったことだろう。その間ずっと、名前を呼ばれることもなく過ごしてきた少年の事を思うと、胸がひどく傷んだ。
 彼が毎日のように泣いている原因のひとつは、寂しさからくるものなのではないだろうか。

「……荷が重いか」

 言葉を失ったまま黙り込む平門に、燭が小さく声を掛けた。
 この数ヶ月の間誰にも心を開かなかった少年を平門に預けると決め、上を説得したのは他ならぬ燭自身だ。

 あの日、痩せ細ってぼろぼろだった彼を抱きかかえて戻ってきた平門は、確かに護るべきものを見つけた強さを纏っていた。絶対に助ける、平門のその気持ちが伝わっていたのか、泣き疲れて意識を失っているにもかかわらず、少年の小さな手は平門の服をきゅっと掴んだままけして離そうとはしなかった。
 それを、壊れ物を扱うようにそっと解いて、起こさないようにベッドに横たえてやる平門の横顔。燭は、平門はひとまわり大きくなって戻ってきたと確信した。
 少年にとっても、平門にとっても、一緒にいるのが一番いいと思った。勿論、平門が一闘員として貳號艇に配属されるのであればまた別の手を考えたが、この男は期待通りにある程度自由の効く艇長候補として卒業してくれた。だから、平門に預けてみようと思った、のだが。

「無理にとは言わない、ではお前にではなく――」
「――與儀」

 やはり時期尚早だったかと提案を撤回しかけた燭の耳に届いた平門の言葉は、耳慣れない響きをしていた。もしかして、これは。

 カツン、と平門の靴がリノリウムの床を鳴らす。数歩足を進めてベッドの横に立った平門は、少年と視線を合わせるように少しかがんでみせた。

「與儀。これから君の事を、そう呼んでいいか?」

 先程燭が聞いた耳慣れない言葉は、平門から少年へのプレゼントだった。
 
 失った記憶を取り戻すことはしてやれない。その代わりになるとも思わないけれど、それでも今から新しい記憶を増やしてやることはできる。こんな何もない病室でなく、世界中を自由に飛び回ることのできる貳號艇でたくさんの記憶を作ってやれば、もしかしたら彼は泣かなくて済むようになるかもしれない。時間は掛かるかもしれないけれど、それまではずっと自分が護ってやる。
 そんな大きな決意を込めたプレゼントに、少年のアメジストの色を宿した大きな瞳が嬉しそうにふるりと揺れた。






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20130809 新規作成
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