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ずっと一緒に -5-

 貳號艇の玄関で、近づく腕輪の信号を察知した羊たちがメェメェと可愛らしい鳴き声を上げながらぴしっと一列に整列する。他の誰でもない、この艇の主人を迎える為だ。

「おかえりメェ」
「おかえりメェ」
「ただいま」
「おかえりメェ!」

 眩い光を潜って帰艇した平門がただいまの挨拶をすると、羊達は一匹を残して護衛住人の任務に戻っていく。そしてその一匹は、艇長室に戻る平門について歩き出した。忙しい毎日を送る平門が、不在の間貳號艇の情報を纏めるよう頼んだ羊だ。

「今日は?」
「突発事項はなかったメェ。闘員はもうみんな戻ってきているメェ。朔からメールが届いてるメェ」
「朔か……燭さんからの返事は?」
「『来なかった』とのことメェ」
「そうか」
「イヴァから伝言、『明日朝報告があるから時間が欲しい』とのことメェ」
「わかった、朝食後にと伝えておいて。報告書は?」
「今日はもうみんな出してるメェ。優秀メェ」

 そこまでを聞いた平門が、ぴたりと足を止める。羊が不思議そうに自分の主人を見上げた。

「メール、今見るメェ?」

 この護衛住人は可愛らしい見た目からは想像できないくらいに高性能で、メールを空間に映し出すくらいお手のものだ。

「いや……いいよ、部屋に戻ってからにしよう」

 腕の時計に目をやると、もう日付が変わりそうだ。今日は本当に疲れた。あとひとつ角を曲がると艇長室だ。早く戻ってシャワーを浴びよう、報告書の確認と明日の準備はそれからだ――そう思いながら、再度艇長室に向かって歩き出す。
 角を曲がると、ゆったりカーブする長い廊下にいくつかのドアが広い間隔をあけて並んでいる。
 執政塔などから指令を受ける部屋の隣に、療師が貳號艇にいる間使うゲストルーム。その隣に簡単な会議室があって、その隣には――

「與儀はもう寝てるメェ」

 賑やかな飾りで彩られたドアの前で響いた控えめな羊の声に、平門は自分がいつの間にか足を止めてしまったことに気付いた。優秀なこの護衛住人は、平門がこの部屋の主に用があると判断して、與儀の現状を教えてくれたのだろう。
 そんな機能はついていない筈なのに、まるで頭の中を読まれているようで平門は苦笑いを零した。

「そうだな、静かにしておこう」
「平門も早く寝るメェ」
「ありがとう。そうするよ」

 戯れにしーっと唇の前に人差し指をあてるジェスチャーをし、おやすみ、と挨拶をする。利口な羊は、それで自分の持ち場に戻って行った。



****

 自分の部屋のドアを開ける時、ただいまと言う癖が抜けない。
 その言葉は誰もいない部屋に思いの外よく響き、なんだか疲れが増した気分だ。

 ぱちんと灯りをつけると、平門はシルクハットをとりコートを脱いで、やや乱暴にネクタイを緩めた。そのままバスルームに直行し、シャワーのコックを撚る。ざぁっと勢いよく降ってくる湯を浴びて、ようやく息がつけた気がした。

 貳號艇では、闘員は皆一日の任務の進捗を平門に報告することになっている。その形式は自由だが、大概はメールであった。紙もペンも必要なく、平門も都合のいい時にチェックすればいいから当然といえば当然の流れだ。
 けれど、與儀だけは違った。

 他の者のように政府要員育成校クロノメイ卒業生としてではなく、火不火との接触があったリムハッカでの生き残り――いわゆる政府の『保護対象』として平門に預けられる形でこの艇にやってきた與儀は、記憶をなくした自分に名前と居場所をくれた平門によく懐いていた。平門が任務で艇を離れている時以外はほぼずっとと言ってもいい程平門の傍にいて、艇長室で一緒に時間を過ごして成長してきたのだ。

 そんなふたりの習慣は、與儀が闘員になったからといって変わるわけもなく、彼は帰艇したら自分の部屋ではなく平門の部屋にやってくる。
 メールではなく口頭で報告を済ませると、與儀はすっかり彼の指定席になっていた執務机の隣にあるソファで本を読んだりニャンペローナのグッズを考えたり、時には仕事に行き詰まった平門の話し相手になったりして眠るまでの時間を過ごした。ほんの半年前までは眠るのも一緒で、親子とまではいかないが、歳の離れた兄弟のような関係だった。


 ところが二週間程前から、與儀が平門の部屋にくることがぴたりとなくなった。與儀が腹部に怪我をして帰ってきて、それを燭医師から知らされたあの夜だ。
 口頭での報告は、メールになった。それ自体は他の闘員と足並みを揃えていると言われればそれまでだし、内容もきちんとしたもので何も問題はない。――ない、のだけれど。
 なぜだか、気分がすっきりしない。與儀が自分の部屋に来なくなってからずっとそうだ。
 初めは、ただ疲れているだけだと思ったのだ。輪闘員の仕事は精神的にも肉体的にも負担の掛かる仕事だということはもう身にしみてわかっていたし、自分にとって『守るべき対象』の與儀の傍では無意識のうちに抑えていた程度の疲れでも、彼と離れたことで少し自分自身に甘くなって表面に出てきてしまったのではないか、と。
 けれど、睡眠時間を長めにしても、栄養のあるものを摂っても、一向に気分が晴れない。どこか悪いのかと燭医師の元を訪ねたが、数値を見た燭に問題ないと一蹴されてしまった。
 ならば仕事に打ち込めばいいのではないかと詰め込めるだけ詰め込んでみたものの、結果は同じ。シャワーでも流しきれない疲れがどっと背中に伸し掛かったまま。
 今日だってそうだ、先程羊が教えてくれた、『與儀はもうメールで報告書を提出して、眠っている』それを聞いてから、胃の奥が更に重くなったように感じられた。


 シャワーをとめ、手近なシャツを羽織り濡れた髪を拭いながらバスルームを後にする。ベッドルームのドアを開けると、

『平門サン!』

 自分のベッドに座って笑顔で迎えてくれる與儀の姿が目に映って、そして呆気無く消えてしまった。

 與儀と一緒に寝ていたのは、もう半年以上も前のことだ。
 今日だってもう自室で寝ているとさっき羊が教えてくれた。
 彼は任務もちゃんとこなしているし、報告書だって問題はない。與儀はもう、立派に独り立ちできたのだ。
 一人で眠れず泣いていた幼い頃のように、自分の部屋を訪れる必要も理由もない、だからここにはいない、それはちゃんと解っているのに。

 部屋に帰ってくるときは、自分を待つ與儀に『ただいま』と言ってしまう。
 ベッドに入る時間になると、自分と一緒に寝ることを楽しみにしていた與儀が嬉しそうに迎えてくれる姿を探してしまう。

「……案外、堪えるものだな」

 ぽつりと呟いた言葉が、ひとりきりの部屋に吸い込まれて消えてゆく。

 本当は、うすうす気付いているのだ。なんでこんなにも気分が晴れないのか。それは多分、與儀と離れてしまったから。あの笑顔に迎えられて、他愛ない話をして、そんな時間がなくなってしまったからだろう。
 お互いに大人になろうと決めて離れ、與儀はきちんとそれを受け入れているのに、自分はたった二週間離れただけでこのザマだ。毎日自分を出迎えてくれていたあの笑顔に、随分と癒されていたことを知った。

 自分が見つけて保護した與儀のことを年の離れた弟のように思っていたけれど、いつの間にかそれ以上の感情が自分の中に育ってしまっていたらしい。そうでなければ説明がつかない。彼がいないだけで、こんなにも寂しく感じるだなんて。


 ふぅとひとつ深い息をついて、平門はベッドルームから執務机へと向かった。仕事はまだ残っているが、こんな気持ちでは捗りそうにもない。闘員達の報告書だけチェックしてもう寝てしまおうか、そう思いながら明日の予定を確認しようと卓上カレンダーに目をやる。

「……あ、」

 明後日からその次の日にかけて書かれた小さな矢印を手でなぞり、そのまま掛け時計に目をやった。針は深夜一時を回っている。誰かの部屋を訪れるには遅過ぎる時刻だ。解っているけれど足が勝手に動く。理性よりも遥かに強い何かに導かれるように、平門は自分の部屋を後にした。







改定履歴*
20140912 新規作成
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