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ずっと一緒に -4-

 夜の空にきらきらと浮かぶ、大きな艇。その下部には、空を翔べる闘員専用の出入口がぽっかりと口を開けている。與儀はひとつ大きく息を吸うと、吸い込まれるようにそこへと飛び込んだ。

「ただーいまー…」
「おかえり、與儀」
「っ平門サン!?」

 眩い光に迎えられ、出迎えの羊達にただいまの挨拶をしようとして、與儀はいつもならばここでは聞こえないはずの声に弾かれたように顔を上げる。

「遅くまで、お疲れさま」
「っえ、あ、……ただいま! です」

 今の今まで考えていた相手からの思いがけない出迎えに目をまるくして固まってしまっていると、その様子がおかしかったのか、平門がくすくす笑いながら與儀の元へ一歩近づいて来てくれた。それにつられるように、與儀も平門の元へぱたぱた足音をさせて歩み寄る。

「平門サン、どうして……」
「怪我、大丈夫か?」
「え?」
「頬のソレ」

 けれどすぐに平門の表情が曇ってしまい、與儀はその視線を追って自分の頬を覆っているガーゼの存在を思い出した。腹部の傷に比べて痛みがそれほどでもなかったため忘れていたが、先程燭医師に手当してもらった証のガーゼは、案外目立つようだ。

「あ、大丈夫です! すぐに治ります。それより平門サン、どうしてここに?」

 與儀が慌てて取り繕うと、平門はまだ心配そうにしながらもひとつ息をついて、そうか、とまたやさしい眼差しを向けてくれた。與儀のこころが、ほわりと暖かくなる。

「こっちの書庫に用があって。戻ろうとしたら、お前の腕輪の信号が近づいてきたからな」
「待っててくれたんですか?」
「ん、ほんの少しだよ」

 もちろん完全に誤魔化せたわけではなかったけれど、帰艇直後に自分に会えて嬉しいという気持ちを隠そうともせず懐いてくる彼の笑顔に応えたくて、平門はそれ以上の追求をやめた。何より、こんな遅くまで働いてきた部下を早く休めてあげたいと思ったのだ。
 與儀の手をとり、「行こうか」と声を掛けると、彼の顔がぱぁっと明るくなる。

「與儀、食事は?」
「済ませてきました!」
「よかった。もう随分遅いからな」
「えへへ、最後に研案塔に寄ったらお腹鳴っちゃってですね、スタッフの皆さんが勧めてくれて、美味しそうなパスタご馳走になっちゃっいました〜」

 だからこのまま平門サンの部屋に行っていいですか? と言う與儀の笑顔に、そのつもりだよ、と平門が返す。平門の部屋へ、というのはただ単純に日課である任務の報告をするという、いわば仕事の一貫なのだが、それでも與儀にとっては嬉しいことらしい。
 貳號艇の玄関から平門の部屋までふたり並んで歩く間、與儀の顔から笑顔が消えることはなかった。



「えっと、じゃあ今日の報告をします! 今日は――…」

 貳號艇長室のソファに向かい合わせに座って、羊が持ってきてくれたコーヒーを飲みながら與儀の報告を聞く。彼が淀みなく口にする報告は、本来であれば到底14の少年が口することはないであろう難しい言葉と内容だ。
 地下室の瓦礫の中で彼を見つけたあの日、自分の腕の中にすっぽり収まって震えていたちいさな少年が、本当によくこの短期間でここまで成長してくれたものだと思う。
 與儀は闘員になってからというもの、周囲は勿論、平門の予想をも超えた働きをしてくれた。彼の事を実験台として研案塔に閉じ込めようとした執政塔の上層部も、もう手は出せないだろう。

 当初平門は、能力者とはいえ元は人間だったものを葬送することで心底優しい性格の與儀がどれだけ心を痛めることかとひどく心配したものだ。けれど蓋を開けてみれば、彼は一度だって弱音を吐いたことはない。たとえ任務で帰りがこんなに夜遅くなっても、怪我をしても、それは変わらない。
 ――そのことに、慢心してしまっていたのだろうか。

「以上です!」
「うん、ありがとう。遅くまで大変だったな」
「いえそんな……平門サンも、おつかれさまです」

 こんなに夜遅くまで仕事をして疲れている筈の與儀がせっかく報告してくれた内容も、今日ばかりはあまり平門の耳には入ってこなかった。
 先程、與儀が帰ってくる少し前に掛かって来た一本の電話のせいだ。與儀の主治医である燭医師からのものだった。



****

『與儀に無理をさせすぎだ』

 無駄を嫌う燭医師らしく、単刀直入な切り出し方だった。

『随分唐突ですね、燭さんらしいといえばらしいですが』
『與儀が俺の所に定期的に通っているだろう』
『はい、パッチの調整だと伺っています』
『のはずだったんだがな。最近はどちらかというと怪我の治療がメインだ。今日は頬と腹と膝、腹が特にひどい。縫う一歩手前だ』
『え、……それは、どういう?』
『そのままの意味だ。今日だけじゃない、ここ数ヶ月だんだんと傷が増えてきて、最近はもう前回の傷が治りきれないうちに次の傷を作ってくる。きちんと眠れていないようで……やはり気付いていなかったのか』

 唐突に知らされた思ってもみなかった事実に、平門が言葉を失う。

『今年に入ってから骨折は3回。数針縫う怪我も多いし、擦過傷まで含めればきりがない。うちの特殊医療で治りは早いとはいえ受ける痛みは変わらん』

 淡々と言葉を続ける電話の向こうの燭の声が、上滑りして消えてゆく。意味がよく理解できなかった。

 與儀が、怪我をしている。
 ようやくそれだけを頭の中で処理できた瞬間に、押しつぶされそうな程の自責の念が平門を襲った。

『……おまえには言うなと釘をさされていたが、このままではいつか』
『っ、そんなことさせません!』

 このままではいつか、取り返しのつかないことになる。
 きっとそう続くであろう言葉を聞くのが怖くて、平門は燭の言葉を遮った。そんなことが與儀の身に起こるなんて、もしもの例え話ででも聞きたくない。

『……そうか』
『はい』
『まぁ、ちゃんと見ていてやれ。お前の部下だろう』

 平門の動揺を悟ったらしい燭の言葉に、平門はようやく絞り出した声で、ありがとうございました、とだけ答えて電話を切った。

 気付いていなかった。気付いてやれなかった。確かに與儀は普段から顔や手に小さな怪我をしていた。骨折していたのも知っている。けれど彼はいつも笑顔で、すぐに治りますと笑っていて……縫う程の怪我をそんなにしょっちゅうしていただなんて。
 今日帰りが遅いのはそのせいなのか。いや、今日だけじゃない、最近では予定通りの時刻に帰ってくるほうがめずらしい。それはすべて、怪我をしていたから?
 ――どうして気付いてやれなかったのだろう。誰よりも一番傍にいて、見守っていたつもりだったのに。

 そう思うと居ても立ってもいられず、平門は與儀を出迎えるために貳號艇の玄関へと向かったのだ。それを與儀に言うことはできなかったから、下手な言い訳で誤魔化してしまったが。



****

「怪我は、大丈夫か? 燭さんに治療してもらったんだろう」

 どうしても怪我が気になっていた平門は、そう言いながら與儀の頬へ手を伸ばした。
 けれど指先が触れるか触れないかのところで與儀が身を引き、平門の指先は空を切る。與儀が手に取りかけていたコーヒーカップがソーサーにぶつかり、カシャン、と慌てた音を立てた。

「與儀……?」
「っごめんなさい、えと……触ると痛くて」
「あ、ああそうだな、悪かった」

 もちろん直接怪我を触る気などなかったけれど、不用意だったかと少しだけ反省した。それにしても、與儀がこうやって平門の手を避けるのはめずらしい。というか、今までにはなかったことだ。
 いつもなら與儀は、怪我をしていようといまいと撫でられるのが大好きで基本的にされるがままなのに。

「傷は深いのか?」
「大丈夫です。ちょっと転んで切っちゃって」
「転んで? 風呂、滲みそうだな」
「あはは、がんばって我慢します! じゃあ平門サン、俺戻りますね」

 そういうと彼は、再度カップに手を伸ばすことなく席を立ってしまった。いつもなら報告を終えた後にはミルクと砂糖を入れたコーヒー片手に幸せそうに寛いでいくのに、やはり明らかに様子がおかしい。腹部の怪我が、痛むのだろうか。

「っ、與儀」
「おやすみなさい!」

 けれど平門が引き止める間もなく、與儀はまるで逃げるように部屋を出て行ってしまった。



****

 貳號艇長室のドアが重厚な音を立てて閉まり、與儀を平門から隠してくれる。
 與儀はそこから一歩踏みだそうとして、そのままへたりとその場にしゃがみこんでしまった。
 両の頬を手のひらで覆う。熱い。

(平門サンに、変に思われちゃったかな……思われたよね)

 自分でもさすがにあの態度はないと思うものの、ああするしかなかった。
 さっき平門が迎えにきてくれたせいだ。

 忙しい平門が自分の事を気にかけてくれていて、そして帰りを待っていてくれた。おかえりと手を差し伸べてくれたことが本当に嬉しくて、同時に與儀は、数年前のまだ闘員になっていなかった頃の事を思い出した。

 あの頃はちょうど今日と反対で、自分があの場所で平門を待っていた。平門が帰ってくる時間はまちまちで、時には夜遅いこともあったけれど、そんな日は羊達と一緒にうとうとしながらも待っていた。
 帰ってきた平門は、疲れている筈なのに何よりも先に與儀に笑いかけ、ただいまと言ってくれた。手を伸ばせば大きな手が自分を抱き上げてくれて、それからは食事の時も、眠る時も、また朝が来て平門が任務に出かけるまでずっと一緒にいれた。
 平門のベッドで、平門の体温に包まれて眠る、とてもしあわせな記憶。思い出すと甘えたくなるから封印していた筈の、その記憶を思い出してしまったのだ。

 平門と一緒になら、きっとぐっすり眠ることができる。與儀には確信に近い予感があった。
 もしもあのまま撫でられていたら、『一緒に寝たい』と我儘を言ってしまっていただろう。毎夜平門の部屋を出るときにどうにか飲み込んでいるその言葉を、今日ばかりは口にしてしまいそうだと思ったら――無意識のうちに身を引いてしまっていたのだ。



 一緒に寝たい、與儀の望みが本当にただそれだけであったならば、ここまで過剰な反応はしなかったのかもしれない。平門が言ってくれた『どうしても寂しくなったらいつでも来ていい』という言葉に素直に甘えてしまえばいいだけの話だ。
 けれど與儀は平門とすこし距離を置くようになってからのこの半年間で、自分自身に気持ちの変化が訪れていることに気付いてしまっていた。

 名前を呼んで貰えると嬉しくて、任務をこなしてがんばったなと褒めて貰えると、それまでの疲れが一瞬で吹き飛ぶ。怪我なんて、平門の役に立てるのならば何でもなかった。
 いつも自分の髪を撫でてくれる、大きくてあたたかい大好きな手。平門は與儀を抱き上げることこそなくなったものの、その分よく撫でてくれるようになった。與儀を褒めるとき、宥めるとき、決まって平門は金の髪を愛おしむようにそっと撫でてくれる。だから與儀は、任務を頑張れると言っても過言ではない。
 平門のちからになりたい、褒めてくれる時の笑顔が見たい、本当は少しだって離れていたくない、一緒にいたい。
 こんな気持ちになるのは、世界中でただ一人、平門にだけだ。


(多分、俺は平門サンのことが好きなんだ)


 熱くなった頬に、知らず涙で滲んでしまっている視界に、與儀は自分の中に育ってしまっていた感情の名前を知る。
 紛れも無く、初恋だった。




 ただ、與儀は自分のこの気持ちを平門にも誰にも知られる訳にはいかないことも解っていた。

(だって俺は男だから……)

 平門さんは優しいから怒らないかもしれないけど、でもきっと一緒にはいられなくなってしまう。気持ちを伝えることはできない。今の、上司と部下という関係以上を望んではいけないんだ――それが、まだ14の與儀が一生懸命悩んで悩んで出した結論だった。

 だから、いくらゆっくり眠れるからといって一緒に寝たいとは言えなかった。なにかの拍子で、自分の気持ちを平門に気付かれるようなことがあればしんでしまう。



 すぅっとからだが冷えたところで、扉のむこうからかたんと物音が聞こえた。
 ここが平門の部屋の扉の前であったことを思い出した與儀は、慌てて立ち上がり自分の部屋に向かった。ドア3つ分の距離を、こんなに焦って走ったことはない。
 慣れ親しんだ自室のドアを開けると、鍵を締めることも忘れてそのままバスルームへと向かう。シャワーのコックをひねると、あたたかなお湯がいつの間にか頬を伝っていた涙を流してくれた。

「……ぅ、いた……」

 頬の傷も腹部の傷も、お湯が滲みてぴりぴりと痛む。だから涙が出るんだと自分に言い訳をして、與儀は気が済むまで涙を零すのだった。







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改定履歴*
20140511 新規作成
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