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拝啓、ストーカー様 -7-

「――、待って、おとやっ」

 ちゅ、と小さな音が上がったのと、トキヤが焦ったような声をあげたのは同時だったように思う。
 涙混じりのその声に、熱に浮かされていた頭がさっと冷える。冷静になったところで直前に唇を寄せていた所に目をやると、そこにはほんの少し赤い痕が残ってしまっていた。

「! ごめん、俺……なんか夢中になっちゃって」
「あ……いえ、大丈夫です、けど……その、」

 我ながらひどい言い訳だ。元々ストーカーから守る為、怖がるトキヤを安心させる為にここに居たはずなのに、覆いかぶさって襲うような真似して……ほんと、何やってるんだ。
 大丈夫、なんてトキヤは気丈に振舞ってくれてるけど、丸く見開いた瞳は涙に覆われてる。当然だよね、こんなの。

「ホントにごめんね、俺、リビングにいるよ」
「え、」

 ちょっと冷静になって頭を冷やそう、そう思って体を起こす。 急に何をするんだと罵られても仕方ないと覚悟をしたのに、トキヤは責めるどころか引き止めてくれたんだ。

「待ってください、リビングは、その……寒いですよ。風邪をひいてしまいます」
「大丈夫大丈夫、寒いの慣れてるし!」
「ですが……、では、私も一緒に行きます」
「だ、だめだって!」

 ぐっと喉がなって、目の奥がじんわりと熱くなる。
 それを隠すように明るい声を出したつもりだけど、ちゃんとそうできているかな。確かめたいけど、トキヤの顔がまっすぐ見れない。トキヤのあの綺麗な瞳に、ほんの少しでも嫌悪が浮かんでいたらって思うと、怖いんだ。

「音也」

 ベッドに背を向けて一歩踏み出した俺の手に、慌てて起き上がったトキヤの手が触れる。くい、と袖を引かれて、名前を呼ばれて。あぁもうだめだよトキヤ、俺、ほんと勘違いして調子にのっちゃいそうだ。

「もう正直に言っちゃうとさ、俺なんか最近お前のことすっげ可愛く見えてきちゃって。これ以上一緒にいたらさっきみたいに変な気起こしちゃいそうだし。……ちゃんと向こうにいるから、トキヤはここで寝てな? 大丈夫、ストーカーなんか近付かせないからさ」

 こんなことを正直に言ったのは、トキヤに拒否して欲しいからだった。
 もう自分の理性だけじゃ止まらない気がしたから。情けないけど、トキヤの力を借りようと思った。何馬鹿なこと言ってるんです、正気に戻りなさい、私は女性ではありません。何でもいい、そうやって俺のこと拒否してくれたら、これ以上トキヤにのめり込むのを我慢できるような気がして。

「……ごめんなさい、違うんです」

 なのに。

「ストーカーなんていません。狂言なんです。あなたの、傍に、いたくて…」

 トキヤが口にしたのは、俺が望んだものとは全く違う言葉だった。


「は、……え?」
「全部、嘘です。無言電話も、郵便物も」
「だって、じゃあさっきの書類は?」
「――私が、用意しました」
「インターホンは!?」
「音也、私、演技は得意です」
「じゃあ、ストーカーって、いないの」
「はい」
「なんで、そんなこと……」
「〜〜っ、最近あなたと別々の仕事ばかりで一緒にいれないのが、どうしても寂しかったんです」

 待って。
 待って待って。
 ストーカーはいなくて、全部トキヤの嘘で、そんなことした理由は、

「軽蔑しましたよね、ごめんなさい。でも好きなんです、こんなばかなことしてしまうくらいに、あなたのことが、好き……」

 俺を好きだから ってこと?



 ――早乙女学園に入学して、ふたりでW1としてデビューして今に至るまで。一緒に過ごしたこの数年で、俺はトキヤの全てを解ってたつもりになってた。
 楽しい事や嬉しい事ばかりじゃなくて、悲しかったり悔しかったりした時もあったけど、全部二人で分かち合ってきたから。もう俺の知らないトキヤなんていないって、そう思ってた。
 でもそれは、ひどい思い上がりだったんだ。

 だって、こんな嘘までついて俺を求めてくれるトキヤなんて知らない。
 ベッドに座って俺を見上げ、思い切ったように想いを打ち明けてくれる姿だって、今まで見たことあるどんな瞬間よりも可愛いよ。

「音也?」

 こんなトキヤを見ることができるのは俺だけなんだって思うと、すっごく嬉しい。嬉しすぎて、ぎゅうっと心臓を握りつぶされたみたいに胸が苦しくて、言葉が出ないよ。
 勇気を出してくれたトキヤに、俺も好きだよって伝えたいのに。

「嫌いに、なりましたか? 呆れてしまいましたか……?」

 トキヤの声が、だんだん小さくなっていく。俺を見上げてくれていた顔がゆっくり俯いていって、俺の袖をきゅっと握こんでいた手が離れてくのが、スローモーションみたいに見えた。
 だめ、だめだよトキヤ。違うんだ。俺が、お前のこと嫌いになんてなるわけないだろ!

「ごめんなさ、」
「――トキヤ!」

 ぎり、と奥歯を噛み締めて思い切り息を吸って、それでやっと出せた声は、自分で思ったより随分大きな声だった。でもそれに後押しされるように、勢いのままトキヤを抱きしめる。

「音……、怒ったんじゃ、ないんですか?」
「怒ってないよ」
「嫌いになったのでは、」
「なってない!」
「でも私、あなたに嘘をついたんですよ」
「いいよそんなの。俺は、トキヤが危険な目にあってなかったってだけですごく嬉しい」

 トキヤの不安をひとつひとつ否定するのがもどかしくて、トキヤの頬に手をやり顔を覗き込む。目を見て言ったら、信じてくれるかなって思ったから。

「――こんな馬鹿なことしてって、怒らないんですか」

 でもトキヤは、ふいと視線を逸らしてしまった。嫌がられては、いないと思う。いつもは白い頬も、耳たぶまでもが、ほんのりと赤くなっていたから。
 あんな大胆な嘘ついたくせに、今は俺の顔も見れないの?
 本当に可愛い。お前のことが可愛くて可愛くて仕方ないよ。

「トキヤがばかだっていうなら俺はもっとばかだよ。真面目なお前がこんなことしてまで俺を欲しいって思ってくれたことが、嬉しくて仕方ないんだ」
「嬉し……って、それ」
「うん。あのね、」

 腕の中にいるトキヤの暖かい体温、息遣い、それから鼓動。ダイレクトに伝わってくるそれら全部が、少しずつ、俺に想いを伝える勇気をくれた気がする。今なら言えるかも、そう決心して紡いだ言葉に応えるように、耳元で小さく俺の名前を呼ぶ涙混じりの声が聞こえた。
 ねぇトキヤ、お前がいっぱい考えて勇気を出して伝えてくれた言葉、俺も言うね。多分だけどそう何度もは言えないから、ちゃんと聞いてて。




「トキヤ、俺、お前の事が大好きだよ」






end

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20130201 新規作成
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