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拝啓、ストーカー様 -6-

 俺に電話をくれるまでトキヤが寝てた寝室は暖かくていいにおいがする。やっと顔が見えるくらいに絞られた灯りに照らされたトキヤの顔は、普段よりずっと綺麗に見えた。

「はい、ここなら眠れるでしょ?」
「……いえ、やっぱり、大丈夫です。先程、あなたに電話する前に1時間くらい眠りましたから」

 あれから俺は、動揺しきっていたトキヤをとりあえずリビングのソファに座らせて、いつも電話でするような他愛ない話をした。来週翔とサッカー見に行くんだよとか、今日はレンと一緒に撮影だったんだけど相変わらず女の子に人気だったよとか、楽しかった学園生活を思い出せるような話題を選んで。
 努力の甲斐あってトキヤが少し落ち着きを取り戻した頃には壁の時計はとっくに深夜一時を回っていて、俺は内心どきっとした。明日は金曜で、おはやっほーニュースの収録の為にトキヤは早朝に家を出なければいけないことを知っていたからだ。もちろんそんなことは他でもないトキヤ本人が一番よく分っているだろう。
 なんとか眠って貰わないとと焦ってソファに横になってもらっても、その辺にあったブランケットを掛けてあげても、トキヤは全く眠ろうとはしてくれない。
 今日は色々あったから、眠るのが怖いのだろうか。それとも中途半端に寝ると余計疲れるとか?
 トキヤが何を考えているのかは分らないけど、普通に考えたら一時間でも二時間でも、寝といた方がいいに決まってる。いつもは完璧な体調管理をするトキヤのらしくない様子に焦れた俺は、半ば強制的にトキヤの手をとり寝室へと連れてきたのだ。

「一時間なんて、そんなんじゃ全然足りないよ! ほらほら、いいから横になって」
「え……、あ」

 戸惑うトキヤをベッドに寝かせ、そのうすっぺらいからだを毛布で包んで。最後に羽毛布団をふわりと掛けると、トキヤはそれでやっと、観念したかのようにふふっと小さく笑った。

「一緒に寮で生活していた頃からは考えられない状況ですね」
「え? あー、そうだね、いつも俺が先に寝てたし、トキヤは寝相よかったもんなぁ。布団掛けてあげなきゃなんて思うほどずれてたことなんて一度もないかも」
「私はあなたの布団を何度掛けなおしたことか……多すぎて回数なんて覚えていないくらいです」
「も、もー昔のことはいいからさ! はい、目瞑って。ちょっとでも寝てな、ね?」
「ん、大丈夫です」
「でもお前、すげー眠そうな顔してるよ。ほっぺたあったかくなってるし」

 眠気のせいなのかな。トキヤの声が、表情が、ふわふわと甘ったるい。それにつられて俺の声も甘くなる。ほんのり赤くなってる頬に手をあててみても嫌がられなかったから、調子に乗ってしまった俺はそのすべすべでやわらかな触り心地を堪能した。
 そうしているうちにトキヤの長い睫毛がゆっくり降りてきて、目元に影を作る。多分、この調子ならいくらもしないうちに眠ってくれるだろう。

 トキヤが穏やかな寝息を立てはじめたら、そのまま朝まで見守っていたいくらいな、なんてことを考えてしまうくらいに、俺はトキヤから離れたくなくなっていた。
 理由なんかわからない。ただ、傍にいたいって思ったんだ。トキヤと離れたくないって。

 思えば俺は、ここ最近トキヤのことばっかり考えてしまってる。
 初めは、いつも俺のことをさりげなくフォローしてくれるトキヤの力になりたいって思っただけだった。それがどうだ、今となってはメールが来ると嬉しくて、電話で声を聞けないと一日が終わった気がしなくて、困ってたら助けたいって思う。笑顔や無防備な表情にドキドキして、さっきだって、『怖かった』って素直に打ち明けてくれたトキヤをすごく可愛いって思ってしまった。
 もしかしたら俺は、トキヤの事を好きになってしまったのかもしれない。
 だから、今トキヤの傍を離れたくないって思うのかな。

「音也……? 何か、考え事ですか?」

 そうかも。いや多分そうだ。ここ半月程ずっとひっかかっていた気持ちにようやく整理がついていたところで、意識を引き戻される。声のする方に視線をやると、それまで気持ちよさそうに目を瞑ってくれていたトキヤが不思議そうに俺の顔を見上げてた。
 どうやら、考え事に夢中になりすぎてトキヤの頬や髪を撫でていた手が止まってしまってたみたいだ。
 それにしても、恋を自覚してしまった直後にその相手と二人きりの室内で、しかも寝室で、至近距離で見つめられて動揺しない男なんているんだろうか。

「――ほら、ダメだよトキヤ。せっかく眠ってくれるかなって思ったのに」

 少なくとも俺には無理だったみたいだ。言葉だけは平静を装う努力はしてみたものの、かぁっと顔に熱が集まってるのがわかる。今この部屋に点いているのが温かみのある間接照明だけでよかった、きっと俺の顔は真っ赤だ。
 思わず顔を背けそうになったけど、綺麗な群青色の瞳に射抜かれたままではそれもできない。ひきこまれるように動けずにいると、トキヤはやっと聞こえるような小さな声で、思いがけないことを口にした。

「……です」
「ん?」
「眠るの、嫌です。私が眠ったら、あなたは帰ってしまうでしょう?」

 ――何、それ。俺が帰るのが嫌だから寝たくないの? いつもはアイドルは自己管理できて当然ですって顔して必要ない夜更かしなんて絶対しないし、今だってすごく眠そうなくせに、『俺に居て欲しいから』眠るの我慢してるの? それって、どういう意味? 俺が今ここを離れたくないって思ったのと同じ理由だって、思っていいの……?

「……お前が許してくれるなら、朝までずっと、ここにいるから」
「本当に?」
「うん。本当。だからほら、目ぇ瞑って。寝不足はお肌に悪いよー?」
「そんなの、あなただってそうじゃないですか……」

 ねぇトキヤ、涙が滲んでるよ。どんなに歌や演技に煮詰まっても弱みなんか絶対見せないお前が、そんな風に無防備に感情を晒しちゃだめだよ。じゃないと、俺もつられちゃうじゃん。お前の事を好きだって、可愛いって気持ちを抑えられなくなっちゃうよ。

「――そんな顔、しないでよ……」

 今まで意識なんてして見たことなかった、トキヤのくちびる。俺の大好きな甘い声で歌を紡ぎ、優しく俺の名前を呼んでくれるそれから目が離せない。
 俺はそのまま、吸い寄せられるようにトキヤに初めてのキスをした。

「音、……っ!」

 怒られるかな、って思ったんだ。けど嫌がらない。だからもう止まらなくて、俺はトキヤに覆いかぶさるようにしてその細いからだを腕の中に閉じ込めた。

「ッ、んっ、」

 そっと触れるだけの一度目、二度目はすこし押し付けるように。その次は震える長い睫毛が目に入ったから、可愛くて思わずぱくんと食むようなキスをした。そうしたら、さっきよりももっと睫毛が震える。驚かせちゃったかな、でもこれじゃまだ足りない。

「トキヤ」
「……ふ、ぁ、……っ、ん」

 トキヤの緊張を解すように髪を撫で、固く閉じられている唇をぺろりと舐め上げる。伺うように啄んでみると、俺の意思が伝わったのか、トキヤは戸惑いながらも俺の舌を受け入れてくれた。
 ようやく入れたトキヤの中はすごく熱い。俺は夢中で口内を舐めて、舌を絡ませた。トキヤの右手に絡ませた左手に、ぎゅっと力が籠る。体温が高くなったせいか、ボディソープのにおいがふたりとたちあがる。そのにおいも、息継ぎの合間にトキヤが漏らすやたらと艶っぽい吐息も、今目の前にあるトキヤの全てが俺を煽る要因にしか感じられない。頭が沸騰しそうだ。
 どうしよ、可愛い、気持ちいい、離れたくない、――もっとトキヤに触れたい。

「んんっ、――っは、」
「ごめん、ちょっとだけじっとしてて」
「え、待、ぁ、ひぅ……っ」

 髪を撫でていた手を頬にずらし、そのまま顎をくっと上向かせる。顕になった白い喉に唇をすべらせると、さっきまでとは違う高い声が上がった。その声を聞くともう止まらなくて、俺は半ば無意識のうちに浮き出た鎖骨の上、さっきから気になって仕方なかったいいにおいのする所の薄い皮膚に唇を寄せた。






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20130201 新規作成
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