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拝啓、ストーカー様 -5-

「音也」

 玄関でトキヤに抱きついたまま、どれくらいそうしていただろう。
 思い切り走ったせいでフル稼働してた俺の心臓がようやく落ち着きを取り戻した頃、先に口を開いたのはトキヤだった。

「とりあえずここでは何ですから、奥へどうぞ」
「あ、うん、そだね」

 俺が心配しまくってたのが伝わったのか、嫌がったり振りほどくこともなく大人しく抱きしめられてくれているトキヤのからだを手放すのはとっても名残惜しい。けどずっとこうやっているわけにはいかないから、俺はそう自分に言い聞かせて、トキヤの背に回していた手を解き、目元に残っていた涙をぐっと拭って顔を上げた。
 よく考えたらトキヤと会うのは、ストーカー被害の相談を受けたあの日以来だ。久しぶりに見るトキヤの顔は、やっぱりきれい。これは確かに、思わずストーカーしちゃうくらいに好きになられても仕方ないのかも。いや勿論、トキヤが怖がるからやめてほしいけどね。でも、……好きになる気持ちは、わかる。

「音也、どうしました?」
「え!? あー、いや、なんでもないよ」
「そうですか……?」

 そんな不謹慎な考えが頭をよぎったところで声を掛けられて、俺は慌てて首を横に振った。しまった、何考えてるんだろ、トキヤは見ず知らずのストーカーにこんなに困っているのに。ひとつ深呼吸して、改めてトキヤの顔を見る。とそこで、俺はやっとトキヤの長い睫毛がしっとりと濡れていることに気付いたんだ。

「トキヤ、俺が来るまでの間やっぱり何かあった? 目が潤んじゃってる」
「!」

 あ、しまったって気付いた時にはもう遅くて、トキヤは俺の言葉を聞いた途端にぱっと顔を背けちゃった。トキヤは他人に弱みを見せるのを嫌がるんだ。きっと、小さな頃からこの業界で、ずっと一人で頑張ってきた癖がついているんだろう。
 そんなトキヤに泣く程怖がってたのかなんて聞いたら機嫌を損ねるに決まってるのに、失敗しちゃったな。

「あの、ごめんトキ――…」

 経緯はどうあれ、久しぶりに会えたのにご機嫌斜めになられたらやだなぁ、帰ってくださいって言われちゃったらどうしようって一瞬心配したんだ、けど。

「怖かった、です」

 トキヤの返事に、そんな心配は吹き飛んでしまった。
 目もあわせてくれないし、聞き取れるかどうかぎりぎりの小さい声。だけど、それでも、怖かったって正直な気持ちを伝えてくれた。
 俺の頭の中は、そんなトキヤのことをすごくすごく可愛いって思う気持ちで一杯になってしまったんだ。

「……うん、怖かったよね。遅くなってごめんね。何があったか、おしえてくれる?」

 そっとひとつ息をついて、ゆっくりとトキヤに問いかけてみる。声が自分でもきいたことないくらいに甘いものになってしまったような、気がした。

「ポストに、何か投函されたみたいなんですけど、……情けないですが、どうしても見ることができなくて」
「ポスト?」

 トキヤは俺の声のそんな変化に気付いているのかいないのか、さっきよりいくらか安心したような表情で目を合わせてくれた。よかった、少しは緊張、解けたのかな。
 もしかしたらなにか危険なものが入れられたのかもしれないと俺を止めるトキヤを宥めて、ドアについているポストを内側から開ける。中に入っていたのは、何の変哲もない茶封筒だった。

「これ、は」
「婚姻…届……って」

 俺はてっきり、トキヤの隠し撮り写真か何かだと思ったんだよ。
 けど中から出てきたのは、それよりもっと性質の悪い――丁寧に折り畳まれた一枚の書類だった。しかも気味悪いことに、氏名・住所・本籍や連絡先、果ては証人欄に至るまで必要事項は全て記入済み。後はトキヤの印鑑を押せば書類の完成、という状態で。

「――っ、う」
「っ、トキヤ! 大丈夫!?」

 それを目にした途端に口に手をあてて顔を背けるトキヤの背中をさすってあげる。縋るように俺の服をきゅっと握るトキヤの手は、気のせいかいつもより冷たくて、ちょっとだけ震えてしまっていた。きっとショックだったんだろう、当然だよね、こんなの。
 ……ストーカーは、女の子ってことかな。正直言って、少しだけほっとした。女の子相手なら、トキヤが力負けすることはないだろう。
 ただ、相手が素手だとは限らないわけで、もし凶器を持っていて、それで思い通りにならないトキヤをどうにかしようとしたら――…

「このマンション、監視カメラあるよね。俺見せてもらってくるよ」

 自分の想像に背筋が凍る。いつの間に力が篭っていたのか、左手に握り締めていた紙切れがくしゃりと音を立てた。
 だめだ、やっぱり相手が女の子だってだめだよ。いろんな可能性がゼロにならない限り、トキヤはこの家で安心することなんてできない。そう思った時には、俺は玄関ドアに手を掛けていた。

「――っ、音也!」

 廊下へと飛び出す寸前の俺を止めたのは、トキヤの声だった。切羽詰ったその声を無視できず振り向くと、俺の大好きなあの深い群青色の瞳が、まっすぐに俺の事だけを見ていた。

「どうしたの」
「いえ、その、カメラはあると思うのですが、」
「? うん」
「まだ……こわい、ので、ここに居てください」

 それだけでもどきんと胸が高鳴るのに、そのセリフは反則だよ、トキヤ。正直な俺の爪先は、玄関から室内へと向きを変えた。
 まぁいいか、監視カメラの映像は、朝になっても消えやしないだろうし。

「……ん。わかった。傍にいるよ」

今はこの可愛らしいお姫様の隣にいるのも悪くないかな、って思ったんだ。






改定履歴*
20121119 新規作成
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