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拝啓、ストーカー様 -4-

 部屋を出た時冷たかったはずの外の風は、あっという間に心地いいものになった。心臓がどくどく音を立てて、ありえない勢いで体中に酸素を送ってく。
 今まで生きてきた中で、こんなにも本気で走ったことなんてあったかな。

 囚われのお姫様を助けにいくなんて、俺かなりヒーローじゃない? あ、勇者かな。王子様……は言い過ぎか。別にトキヤは囚われてる訳じゃないし(むしろそれだともう警察沙汰だ)助けにいくのはお姫様っていうか男なんだけどね。まぁトキヤはそこらの女の子より綺麗な顔立ちしてるから別に違和感ないんだけど。

 頭の片隅でそんなことを考えながらマンションのエントランスに駆け込んで、ホールのインターホンでトキヤの部屋番号を押す。切れ切れになった息を整える間もなく自動ドアが開き、続いてエレベーターが降りてきた。こんな時でも、ゆっくりと焦れったくドアを開けるエレベーターが忌々しい。
 全て開くのを待てずに体を捻じ込むようにして中に入る。その勢いのまま、閉ボタンとトキヤの部屋がある最上階のボタンを拳で叩くように押した。ばんっという音が響いて、それで思ったよりも力が入ってしまっていることに気付いてはっとする。
 だめだ、ちょっと落ち着かないと、もし誰かがトキヤの部屋の前に居たらそれだけで殴りつけてしまいそう。

 けれど予想に反して、トキヤの部屋の前の廊下には誰も居なかった。念の為振り返ってみても同じ。階段にも、見当たるとこには誰もいない。
 諦めて帰った? それならいいけど、もしかして、もう、部屋の中に――

「トキヤ!!」

 嫌な予感を振り払うようにぶんぶんと首を横に振って、トキヤの名前を呼ぶ。程なくして、鍵がかちゃりと開く音がした。



「音……、わっ」

 ゆっくり開くドアのむこうにあの深い群青色が見えた瞬間、俺はトキヤに抱きついてしまっていた。ぎゅうっと抱きしめてその腕や腰を触って、どこにも傷がないことを確認する。背後で、オートロックのドアが閉まる音が聞こえた。

「トキヤ、大丈夫!?」
「音也」
「どこも痛くない? 何もされてない!?」
「だ、大丈夫です」
「誰も入ってきてない?」
「はい……」
「〜〜っ、よかったぁぁ……」

 トキヤの返答を聞いて、一気に全身から力が抜ける。間に合ったんだ。何もなかったんだ。よかった。

「……おとや」

 いつの間にか滲んでいた涙を拭うことも忘れて抱きついたまま離れられずにいる俺の髪の上を、トキヤの手が遠慮がちに滑る。ふわりと触れて、次はもうすこしちゃんと、なでなでって。

 しばらくそうしてると、来てくれてありがとうございます、ってトキヤがちっちゃな声で言ってくれた。俺が大好きな、あの澄んだ綺麗な声で、甘やかすように。
 耳に届いたその声が俺の中にゆっくり溶けてって、また目の奥が熱くなった。俺はそれを隠すように、できるだけいつもの声で、呼んでくれてありがとう、って返した。

 ほんとだよ。怖いって思った時に、俺を呼んでくれてありがとう。無事でいてくれてありがとう。トキヤが無事で、本当に本当によかった。






改定履歴*
20121013 新規作成
20121019 変更
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