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拝啓、ストーカー様 -3-

 それからまた一週間が過ぎて、夜の電話はすっかり俺とトキヤの日課になった。
 帰宅してシャワーを浴びてからのほんの10分程度だけど、相変わらずすれ違いばかりのトキヤとゆっくり話せる貴重な時間だ。ここ数日は相変わらず非通知の着信はあるものの、それ以外は少しずつ落ち着いてきたらしい。だからといって通話の時間が短くなるかというとそんなことはなくて、代わりに仕事の話や何気ない話とかをするようになってきた。
 携帯越しに聞こえるトキヤの声は、なんとなくいつもと少し違う。澄んだ綺麗な響きはそのままで、どこか優しい感じがする。甘えられているような気もするのに甘やかしたくもなる、そんな声なんだ。
 表向きはトキヤのストーカー被害の相談なんだけど、俺はいつからか、電話そのものが楽しみになってしまっていた。




「はー、さすがにつっかれた……」

 肩に掛けたタオルで髪をがしがし拭きながら、ため息をひとつ。壁に掛けた時計は、もうすぐ日付が変わる時刻を指している。いつもならとっくにトキヤと電話をし終わっている時間だった。
 いつもなら、と言ったのは、今日はまだそれをしていないからだ。今日は撮影が長引いてしまって、帰ってきたのが今からほんの20分前だった。トキヤは学生時代から続けているおはやっほーニュースがあるからすごく早寝早起きの生活をしていて、今かけてもきっと迷惑にしかならない。もちろん、帰宅直後にかけることも考えたけど、その時点でも既に遅い時間だったんだ。
 諦めて先にシャワーを浴びたんだけど、こんなに気になるならやっぱり先に電話しておけばよかった。あの時だったらまだ起きていたかも、でも今はさすがに寝てるよね……そんなことを思いながらベッドに転がってぼうっと携帯を眺める。何度見てもトキヤからのメールも着信もない画面は、ひんやりと冷たい。

 いやいや、ないほうがいいんだ。なんだっけ、知らせがないのはいい知らせ、とかいうことわざもあったよね。何も連絡がないのは、トキヤが何事もなく一日を過ごせてる証拠なんだよきっと。声を聞けないのは残念だけど仕方ない、もう今日は俺も寝てしまおう。そう自分に言い聞かせるように枕元に携帯を伏せる。

 ――その時だ、トキヤ限定の着信音が鳴り響いたのは。

『音也?』
「トキヤ! まだ起きてたの?」
『すみません、こんな時間に』
「ううん、ごめん俺、撮影長引いちゃって……今お前に電話するか散々迷って諦めたとこ」

 トキヤだ。トキヤが、電話掛けてきてくれた。いつもは俺からばかりなのに。
 その事実が今日はもう話せないと諦めていたことと合わさって、声のトーンが高くなる。さっきまでくたくたに疲れていたのに、一気に回復した気がした。近くに鏡がないから確かめられないけれど、きっと今俺は今日一番の笑顔だ。

『そうですか、――あの、実は』
「? トキヤ? なんか声いつもと違……」

 でもそこまで話して、トキヤの声がいつもと違うってことにようやく気付いた。違うっていうか、これじゃ今にも泣き出しそうな声だ。
 ――え? 泣きそう? トキヤが??

「トキヤどうしたの? なんかあった?」
『――っ、あの……、おかしいんです』
「おかしいって? 何が?」

 携帯越しに聞こえてくる、トキヤの澄んだ綺麗な声。いつもなら優しくて甘いその声は、今は恐怖に震えてしまっていた。

『先程から、何度もインターホンが鳴らされていて、でも、モニターには誰も映っていなくて……』

 必死に状況を伝えてくれるトキヤの声はとても小さくて、俺は受話音量を最大にして言葉を拾う。そしてその内容を把握した瞬間、さぁっと血の気が引いた。やばい、やばい、トキヤのとこにストーカーが来てる。

「なにそれ……今もなの?」
『いえ、今は止みました。けど気持ち悪くって』
「――鍵は!? 鍵ちゃんと掛けてるよね?」
『大丈夫です、オートロックですから』
「あ、そっか……でも念のためにチェーンも掛けて!」
『は…い。……ひゃっ』
「トキヤ! どうしたの!?」
『ドアノブが……』

 ドアノブ? ドアノブが動いてるの? 何それ、どうにかやってストーカーがマンション内に入ってきたってこと?? トキヤの部屋に来て、ドアあけて、それでどうするつもりなの……?

『音也……っ』
「ま、待って待ってトキヤ! 俺すぐそっち行くから」
『え……、で、でも、危ないです』
「何言ってんの。お前のがよっぽど危ないでしょ。だから落ち着いて、ねっ」

 突然の出来事に頭の中がぐちゃぐちゃになる。でも、トキヤが俺の名前を呼ぶ、今にも泣き出しそうな声が聞こえた瞬間に、俺は一旦考える事をやめた。
 今トキヤが怖い目にあっていて、そして俺を頼ってくれてる。それだけ把握すれば十分だ。

「――5分で着くから!」

 肩に掛けていたタオルを放ってパーカーを掴み、家を飛び出す。
 目的地はトキヤのマンション、のんびり歩いたら15分。走れば10分。本気で走ったら、……きっと5分で着くはずだ!





改定履歴*
20121010 新規作成
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