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拝啓、ストーカー様 -1-

・マンションの郵便物が荒らされる
・非通知着信が一日10件
・帰宅中誰かにつけられている、気がする
――これって、何だと思いますか。



 トキヤと俺がW1として活動を始めて一年と少し。
 初めはHAYATOのライバルOTOYAでしかなかった俺も、有難いことに最近では『一十木音也』として単独で仕事を貰うことが増えてきた。
 右も左もわからない芸能界で必死に頑張り続けて、それなりに認めてもらえるようになってきたのかなと思うとすごく嬉しいよ。役柄・実生活ともにライバルという関係を保ち続けながらも、さりげなくフォローしてくれてたトキヤには感謝してもしきれない程だ。
 だから、そんなトキヤが改まって相談があるなんてメールを送ってきた時にはなんだかすっごく胸が高鳴った。いつも助けてもらってばかりの俺だけど、もしかしたらトキヤの役に立てるかもしれない……そう思うと、やっと一人前になれた気がして。

 無理やり時間を作って訪れたトキヤの楽屋で、久しぶり、なんて簡単に挨拶をして、トキヤと90度の位置関係でテーブルに座る。向かい合わせだと話しにくいかなって思ったからだ。それでもトキヤはなかなか本題に触れず、けしておいしいとは言えない備え付けのコーヒーばかりが減っていった。焦れた俺が「相談って?」と促して、それでようやく口を開いてくれたんだ。
 普段は何があっても涼しい顔をしてさらりと流してしまえる精神力とそれに見合った実力を併せ持つ完璧なトキヤを、ここまで悩ませる相談内容って何かと思ったら。

「それってストーカーじゃん」
「……そう、なのでしょうか」

 なんてことはない、彼は、典型的なストーカー被害に遭っていたのだ。

「いや、そうでしょ。いつから?」
「電話は一ヶ月程前から……、つけられるようになったのは、ここ一週間くらいです」
「えぇ、一ヶ月も? マネージャーにはちゃんと言った?」
「いえ、あまり騒ぎ立てたくなかったので、まだ誰にも。今あなたに言ったのが初めてです」

 まぁ、うん、わかるよ。ストーカーが『私は今あなたをストーカーしています』って宣言する訳じゃないし、自分の勘違いかもしれないって思うよね。変に騒ぎ立てて事を荒立てたくないっていうのも勿論わかる。それでなくても毎日忙しくて、ゆっくり休む暇もないんだし。
 俺だって正直、厄介事はできれば避けたいっていうのが本音だ。ていうか、誰でもそう思うだろう。そんな時間があったら誰かを誘って遊びに行くか、足りてない睡眠時間を補給するためにたくさん寝るか、はたまた家でのんびりと過ごすか。そっちに充てたいって思うのは、人間として当然のことだ。

「あなただって忙しいのに、変なことを相談してすみません」

 トキヤもきっと、俺がそう思ってるって想像したんだろう。
 いつもの自信に溢れた一ノ瀬トキヤとしての凛とした雰囲気はどこへやら、ちっちゃな声でそう口にすると、すっかりしゅんとなった表情で俺を見てる。
 ああもう、俺相手に何をそんなに気を遣ってるの? いつも通りに自信満々の表情で、たまにはあなたも私の役にたちなさい、くらいに思っててくれていいんだよ。

「何言ってんだよ! 俺はトキヤが相談してくれてうれしーの。だからごめんとか無しね。わかった?」

 だってさっき言ったとおり、トキヤは俺の中で特別なんだ。早乙女学園に入学して、寮で同室になって。歌詞が書けなくて悩んだ時も、うまく歌えなくて苦しんだ時も、トキヤはいつだって冷たいふりをしながらさりげなく俺を支えてくれた。教科書を忘れたとか日ごろの些細なことだって、俺がトキヤを頼ったことはあっても逆はない。
 そんなトキヤが初めて頼ってくれたんだから、俺は全力でトキヤの味方になるよ。

「……ありがとうございます」

 そんな俺の意気込みが伝わったのか、一呼吸おいて返ってきたトキヤのありがとうの言葉は、ほっとしたようなうれしいような気持ちが溢れていた。

「とりあえずなんか変なことあったらすぐ電話して。収録中でもない限り出るし、そうじゃなかったら掛けなおすからさ」

 花が咲くような、という表現がぴったりの笑顔で笑うトキヤは、なんだか可愛い。いつもは美人って感じのトキヤのそんな姿に、俺は思わず調子のいい台詞を口にしてしまってた。






改定履歴*
20120907 新規作成
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