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ふたりの、はじまり -4-

「私をお嫌いになられましたか?」

 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはセバスチャンだった。
 先程までとは違う静かな声に弾かれたように顔を上げると、そこにあったのは優秀な執事としての凛とした顔でも悪魔らしい人を食ったような笑顔でもなく、……ただ少し困ったような、寂しげな表情で、いつもと違うその様子にシエルはすっかり慌ててしまった。

「そ……そんなんじゃない、ただ、おまえの手が」
「手?」
「――おまえの手に触れられると、僕はおかしくなる」
「おかしくなる、とは」
「胸がくるしくて、顔があつくなるんだ。自分が自分じゃなくなるみたいでこわい」

 目にうっすら涙を溜めて、堰を切ったように想いを打ち明けるシエルの表情に、セバスチャンは頬が緩むことを抑えることができなかった。

「坊ちゃんは本当に可愛らしい。まだそのお気持ちがなにかご存知ではないのですね」
「……僕をからかうのか、セバスチャン」
「からかうなどとんでもない。本気で可愛いと思っています」

 一度は引っ込めた手をまたシエルの頬に添え、ゆっくりやさしく撫でてやる。
 シエルは触れられた瞬間にぴくりと肩を震わせたものの、程なく伝わる暖かさと優しさを甘受するようにうっとりとその手に頬をすり寄せた。

「坊ちゃん、私もです。着替えや入浴のお手伝いをする度、……あなたのその柔らかな肌に触れる度、心臓が高鳴っておかしくなってしまいそうでした」
「おまえ、も?」
「はい。おかしいですね、私はあくまで執事ですのに――」

 セバスチャンはシエルの細身のからだをひょいと抱き上げるとそのままベッドに掛け、向かい合わせに膝の上に座らせた。そうして、きゅっと抱きしめると、吐息が触れるほど耳の傍で囁くのだ。

「主人に恋をしてしまうだなんて」






更新履歴*
20110125 新規作成
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