T「(消えてなくなってしまえ!)」


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短剣を突き立てた女性は、泣きながら海へと落ちていった。胸から溢れる血は止まらず、後を追うように自身も海へと落ちた。遠くに水音を聞いて、開いた目に映ったものは煌めく鱗と流れる髪が軽々と身を翻し去っていく姿で、追うことも引き止めることも叶わず身体は重く暗く落ちていった。
重いのは身体だけだろうか。
遠くなった地上の記憶が、これでいいと水泡になって霞んでいく。


「(消えてなくなってしまえ!)」


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http://ameblo.jp/sk56-crpa23-46vv
噂の人魚フェア 〜人魚特集リンク始めました!〜

から感化されて書きました。参加している訳ではありません。悪しからず。


2014/10/12 ( 2 )





U「無理じゃないよ」


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人魚の王様が棲む城よりも遥か深く、光も届かぬ海底にその城はある。海底火山から溢れ出す溶岩や有毒な空気に守られ、難破して流れ着いた宝物や白骨が敷き詰められたそこには、出来ない事は無いと謳われる程の強大な魔女が一人棲んでいた。

「ミューズ様〜〜〜〜〜!!」

おどろおどろしい雰囲気など微塵も感じさせない少女の声が深海に木霊する。
演出台無し、と強大な能力を持つ小柄な魔女は肩を落とした。

「キョーコちゃん?あたしは女神じゃなくて魔女なのよ?」
「ミューズ!私に美人になる魔法をかけてください!」
「キョーコちゃん、人の話聞いて」

キョーコと呼ばれた人魚は、腰から下の魚の部分を器用に折って土下座しながら海の魔女にすがった。

「お願いします、ミューズ!私を人間にして下さい!」
「……人間になりたいの?」
「はい!」
「いいけど……二度と海に戻れないわよ?」
「本当ですか!?」

展開の早さに驚きと歓喜が混ざった声を上げて、キョーコは胸の前で祈るように指を組んで両手を握った。
ミューズと呼ばれた海の魔女は、珊瑚で作られた棚から小さな瓶を取り出して、若い人魚の顔の前に突きつける。

「この秘薬を飲めば、条件付きで人間の姿になれるけど……」

震える手で小瓶を受け取ろうとするキョーコに、魔女は渡すべきか戸惑って、詰問するような口調になってしまう。

「本当にいいの?人間になれるけど、声が出せなくなるわよ?」
「構いません!」
「足で移動する度に、刃物の上を歩くように痛むのよ?」
「か、覚悟しています!」
「王子と両想いにならないと、泡になって消えてしまうのよ?」
「……きっと、好きになってくれます」
「君は馬鹿だろう」

僅かに頬を染めて決意を口にしたキョーコの頭の上から冷静な声が降ってきた。声と同時に目の前から小瓶が奪われ、キョーコは頭の上にある顔を振り仰ぐ。

「蓮さん!返して下さい!」
「見ず知らずの相手と両想いになるなんて、無理に決まっているのに」
「無理じゃないよ!私はあの王子様と結婚するんだから!」
「……『あの』、って?」

不機嫌な声と視線で射竦められ、キョーコはヒッと小さく悲鳴を上げて震え上がった。涙目になりながらも、蓮の手から小瓶を奪い返して一目散に魔女の城を後にする。

「れっ、蓮さんには関係ありませんー!」

涙声の捨て台詞だけ残して人魚が去った跡を呆然と眺めていた男に魔女が囁く。

「いいの?蓮ちゃん」
「……何故、俺に訊くんです?」

知らないからねと呟いた魔女は、無表情を繕う男の頭をぽかりと叩いて城の奥へと消えていった。残された男は一人になって暫くしてから、肩を落として溜め息を吐いた。


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2014/10/12 ( 0 )





V「きみじゃむり」


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宵闇の中、少女は痛む足を海水に浸らせて溜め息を吐いた。両足を交互に揺らして水面を叩く事に意味など無いが、尾鰭でなくなったせめてもの意地だった。
こんな筈ではなかったのに、と呟いた声は音にならず吐息に消えていく。
一番難関だと思っていた王子様付きの侍女には、案外簡単になれた。あとは、王子様にさえ逢えれば、すぐには無理でもいつかは幼い頃に出会った事を思い出してくれる筈で、きっとお嫁さんにしてもらえると思っていたのに。
朝となく夜となく王子様に尽くす日々、自慢だった長い髪も手入れが行き届かなくていっそ短く切ってしまった。
頭を悩ませるのはそればかりではない。
王子様の身の回りの世話をしているうちに、賓客のヒズリ国国王に何故か気に入られてうちの子にならないかと誘われて、それを見ていた王子様に調子に乗ってんじゃねーぞと詰られてから距離を置かれた。王様の誘いはお断りしたという言い訳も、怒らせてごめんなさいと謝罪する機会もないまま、その時は来てしまったのだ。

その人たちは隣国のアカトキからやってきた。
アカトキの美森姫は謁見したその場で王子様に求婚した。浜辺で倒れていた王子様を手当てしたお姫様は、一目惚れしたその男性をずっと探していたらしい。王子様は溺れて助けられた事を醜聞だとひた隠していたから、今まで見つからなかったという。
一目惚れをしたのはお姫様だけじゃないし、海に沈んでいた王子様を本当に助けたのはお姫様じゃなくて自分なのに。
救いは、王子様の興味が美森姫ではなく侍女の祥子にある事だろうか。

「キョーコ……キョーコっ……」

王子様に名前を呼ばれるのはお姫様の侍女ばかり。婚約者のお姫様さえ愛称で呼ばれるだけ、自分は名前を尋ねられもしないのに。

「キョーコ!何度も呼ばせるんじゃないわよ!」

ばしゃん、と顔に水をかけられて、キョーコは思考を遮られた。上げた視線の先に、海面から顔を出して美少女が睨んでいる。

『モー子さん!どうしたの!? どうやってこんなところまで!? また逢えるなんて!!』
「うるさい!人間に気づかれるでしょ!もー!」

キョーコが破顔して少しでも奏江に近寄ろうと波打ち際で足掻いていると、奏江は怒鳴りながらキョーコの足元まで泳いできた。
私声が出ないのに。と身振り手振りで訴えるキョーコに、そーゆーところがうるさいのよ!と足の甲をつねってから奏江は赤くなった顔を海へ逸らした。

「あの人に連れてきて貰ったの」

奏江の視線を追うと、波間に浮かぶ岩の上に人影があった。夜の闇に紛れて顔まで判別はつかないが、並外れて整い過ぎた体格にキョーコは誰だかを理解する。

「聞いたわよ。アンタの王子、他の女と結婚するって?」

まだ決まった訳じゃない、と沈んだ表情で否定するキョーコに、奏江は溜め息を吐いて眉間の皺を深くした。

「でも婚約はしたんでしょ?もうアイツとの結婚なんて諦めて戻ってきなさい。皆心配してるわ」

でも、ミューズは二度と戻れないって言っていたのに。首を傾げるキョーコの思考を正しく読み取った奏江は、よく聞いて、と声を落としてキョーコににじり寄る。

「人魚に戻る方法があるの」

額を寄せて話し合う二人を、沖合いから見つめながら蓮は呟く。


「……きみじゃむり」


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2014/10/12 ( 0 )





W「だから言ったのに」


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城内も寝静まる深夜、キョーコは足音を忍ばせて王子の寝室に現れた。
その手には短剣が握られている。
王子の心臓を一突きに、その血を浴びれば人魚の姿に戻れると親友は言った。キョーコは短剣を握る手を震わせながら、眠る王子の顔を覗き込む。
この人の為に故郷を捨て、身を尽くしてきた。この男が思い出してくれさえすればと、キョーコは王子の顔をほぼ初めて直視して、思った。
この人はこんな顔をしていたかしら。

「ショーちゃん!危ない!」

突然の違和感に戸惑っていたキョーコは、カーテンに身を隠していた美森に体当たりを食らってよろめいた。自らぶつかっておきながら体負けした美森はベッドに倒れ込み、王子を庇うような仕草で抱きつく。
うるせぇな、と王子は不機嫌ながらも身を起こした。キョーコの手にある短剣を見て寝ぼけた頭で状況を考え始める。

「あのね、この女はね!ショーちゃんと結婚できないから、ショーちゃんを殺そうとしてるんだよ!美森聞いたもん!」
「…結婚ン〜!?」

姫は己の正当性と献身を訴えたが、王子はやはり頭が寝ていた。留意する箇所を間違える。

「お前みたいな地味で色気のない女と結婚なんかする訳ねぇだろ!」

寝惚けていても自尊心は高い王子は、核心をついた言葉でキョーコを払い飛ばした。心無い言葉と突き飛ばされた衝撃でキョーコはよろめき、バルコニーに繋がる窓にぶつかりそうになって思わず目を閉じる。

「だから言ったのに」

キョーコの耳に響いたのはガラスが割れる音ではなく、聞き慣れた人の声だった。
恐る恐る目を開き、自分の身体を受け止めている蓮の顔を見上げてキョーコは一瞬だけ安堵した。
けれど、持っていたナイフが蓮の胸に刺さっているのを見つけて息を呑む。

「いいんだ。初めからこうするつもりだったから」

そう言って蓮は自分の胸に刺さった短剣を簡単に抜いてしまう。キョーコは音にならない悲鳴を上げて、慌てて手で押さえて流れ出る血を止めようとした。

「君には無理だと言っただろう?」

王子様と両思いになるなんて無理だと言われた、あの時からこの結果までを見透かされていたのならば、なんて無様な事だろう。
もう海の泡になったっていい。恋なんて愚かな事は二度としないと誓う。だから蓮さん死なないで、声にならない声でキョーコは喘ぐ。

「どうせ泡になってしまうなら、賭けてみようと思って」

何を言っているのだろうとキョーコが視線を上げると、月に照らされていた蓮の髪が黒から金に変わっていく。驚くキョーコの手は赤く染まり、足から力が抜けていった。
砕けた腰を掬い上げられ、横抱きにされたキョーコは、間近で見た蓮の顔に問いかける。

「妖精さん……?」

誰だテメェ、無視すんじゃねェよ、等と侵入者に向かって喚いていた王子の声を聞いて、駆けつけた衛兵と共に何事かと顔を覗かせたヒズリ国の王は、その場の誰よりも声を張り上げた。

「久遠っ!!」

誰?と疑問符を浮かべる衛兵を押し退けて王子の部屋に駆け込むヒズリ国王を一瞥し、蓮はキョーコを抱えたままバルコニーに出ると手摺に足をかけて、一度だけ部屋を振り返る。

「…ごめん、父さん」

駆け寄るヒズリ国王が伸ばした手が届く前に、蓮は海に身を投げ出した。
キョーコの悲鳴が響いた後、水飛沫の音が続いて夜の海に吸い込まれる。それから二人の姿が浮かび上がる事は無かった。

食い入るように海を見つめるヒズリ国王の背後で何なんだよと呟いた王子の声は残念ながら誰にも拾われなかった。


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2014/10/12 ( 0 )





X「つらいなあ、」


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うっうっうっ、と短い嗚咽が夜陰の中に延々と響く。

「モー子さんのうそつきぃぃ〜〜」
「嘘はついてないだろう」

小舟から岩礁に乗り移り、海に足を浸して蓮が冷静に突っ込む。
振り向いたキョーコの足は鱗に覆われ、魚の尾鰭の姿をしていた。

「彼女は人魚に戻る方法があると言ったんだ。ミスウッズ…魔女は、二度と海には戻れないと」
「うぅ〜〜〜っ」

悔しげに漏れるキョーコの声に呼応して尾鰭ががべちべちと岩肌を叩く。
キョーコは人魚の姿を取り戻していた。
海に落ちた瞬間その事に気づいたキョーコは、傍で意識を失ったまま漂う蓮の姿を見つけて近くに浮いていた小舟に蓮を乗せると、蓮を助けて貰おうと急いで海の魔女の元に向かおうとした。
けれども、深く潜るほど呼吸が苦しくなって泳げなくなる事に気づいた。
小舟の上で意識を取り戻した蓮は、何故と混乱しながら浮き沈みを繰り返すキョーコを呼び止め、自分は大丈夫だからと城から陰になった岩礁で休むよう提案した。

「大体、君は王子の心臓を貫いていないじゃないか」
「……はぇ!?」

だから魔女の魔法が不完全な形で解けたのではないかと言う蓮に、キョーコは納得しながらも、己の仕出かした事を思い出して青冷めた。

「でも私、蓮さんの心臓を!さっ、刺しっ…!」
「ああ、そうだね」
「そうだね、じゃないですよ!だっ、大丈夫なんですか!? 傷は!?」
「大丈夫だよ。俺の心臓は元々動いていないから」
「はぁ!?」
「俺の事はいいから。君はこれからどうするの?」

海の魔女がいる城は海底深く、今のキョーコの肺活量では辿り着けない。しかし人魚の尾では陸で生活は不可能だ。
こんな小舟かあるだけでどうしたら、とキョーコの不安に涙の量は増える。
落ち着いて、と微笑みながらキョーコの頬を伝う涙を指で拭う蓮に、キョーコは気恥ずかしさと苛立ちをぶつけるように怒鳴った。

「何で蓮さんはそんな嬉しそうなんですか!ひどい!」
「何故?君が泡にならずに済んだのに?」
「それはとてもありがとう!ですけれども!」

頬を膨らませて顔をそらしたキョーコを笑いながら、蓮は陸に聳える城を見遣る。
自分が以前見た女性は完全な人魚に戻って海に消えていった。
あの女性と今回のキョーコとの違う点は、蓮の心臓が生きた人間のものではなかったからか、それとも、己がキョーコの本当の王子ではなかったからか。
どちらだろうかと考える蓮のため息は重い。
自分がキョーコの王子ではないからだとしたら、切ない。

「……つらいなあ、片想いって」
「何を言ってるんですか!つらいのは私の方です!海にも陸にも帰れないんですよ!」
「俺は胸に穴が開いてるけど。色んな意味で」
「それはもうごめんなさいってば!」

ため息を吐く蓮と、泣きながら怒るキョーコと。二人を隠す夜は未だ明けない。


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2014/10/12 ( 0 )




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