・cheap talk(安っぽい話)
幼い頃に病で片眼を失った。代りに得た顔は悍ましく母に疎まれた。故に母は弟を愛でた。戦で父を亡くし若くして城主を名乗る。国を守る為に血を求めるような戦をした。足下が盤石になる頃、敵の死骸と少なくない味方の忌諱の眼ばかりが残った。乱世を終わらせるまで安寧など何処にも無い。
「後悔を?」
自身で選んだ事に後悔など有り得ない。
「違う人生を?」
この眼が見えたなら、違う世界にいたのかも知れない。何度も考えそして思い至る。その世界はきっと息が詰まる程にくだらないものだろう。
「満足?」
現し世に満足出来る程悟りを開いてなどいない。
「何なんだよ」
腹の底から吐き出したような苦々しい声で忍びが言う。真意を問えば忍びは胡坐を掻いて額に落ちる前髪を掻き上げた。
「何が欲しいの」
「お前が欲しい」
「そーゆー腐れ回答ではなく」
人の手から煙管を奪い、軽く吸う。
「どう思われたいわけ?」
「天下無双」
「あーそーね。語り継がれる英雄になりたいのねー」
顔を顰めて煙管を押し返しながら不味いと煙を吐いた。
「そんな月並な言葉で片付けんなよ」
「大体ね」
耳を掻きながら眠そうに言う。
「この御時世、それくらいの悲劇は有り触れてるでしょ」
「だからだろ」
「何が?」
「オレにしか出来ねぇ生き様ってのを見せてやるよ」
忍びの髪を指で弄べば視線だけで煩わしいと訴える。
「…それもよく聞くけど」
「よくある話かどうか、その眼で確かめてみろよ。オレの傍でな」
指に絡めた橙色を口許に引き寄せた。
「総じて口説き文句でしたよー」
「誰に言ってんだ」
口の横に手を当てて誰も居ない方向に向けて言う忍びの髪を思い切り下に引っ張ると、痛がりながら安い誘いだなと笑った。
・coo(愛の詞を交わす)
「佐助」
隣で獣の様に丸くなって寝ている男の名を呼んだ。珍しい色の髪を撫で付ければゆっくりと目を開いて見上げてくる。
「My love…,…愛してる」
屈んで頬に触れ、瞼に口付けて耳元で囁くと、笑う様に眼を細めた。
「俺も、愛してるよ」
応えた忍びの唇を指で撫でると、その手を取って身の内に引き込む様に更に小さく蹲る。そのまま暫く待ってみた。
「…ォェッ」
「吐き気を催すな」
汚く呟いた忍びの頭を空いた片手で殴る。
「無理。鳥肌が。気持ち悪」
「一度乗ったら最後まで付き合えよ」
「いきなり変な遊び始めないでよ」
言って、掴んだ腕を放り捨てて背を向けて寝直そうとする忍びのその背中を蹴る。
「構わないでー」
お前が構えっつーんだよ。もう一度同じ箇所を更に強く蹴った。
「休ませてー」
亀のように身を堅くする忍びの背を蹴り続ける。
「休日にわざわざ来て相手してやったんだから休ませてくれやがりなさいませ!」
身を翻して怒鳴る忍びを見下ろし、ふと思い付きで案を出してみる。
「名前呼んだらいいぜ」
「はあ?」
訝る忍びの顔の前で笑って言ってやる。
「Call to my name」
「…誰の」
「mine」
「旦那の?」
「Yes」
「嫌だよ」
忍びは仰向けに寝転がり、詰らない事の様に呟く。
「真田の旦那すら名前で呼んだ事無いのに」
「猶良しだな」
苦虫を噛み潰したような、ってのはこんな顔を言うんだろう。
名を呼ぶか否か、迷っているのか忍びは力を入れて目を閉じ、微かに唇を動かす。隙だらけだなと思って何か言おうとした忍びの口を自分のそれで塞いだ。
「 って、口塞いだら呼べないでしょうが」
「誘ってんのかと思ってな」
「もー呼ばない絶対」
どうせ呼ぶ気も無かったくせに、不貞腐れた風情の忍びの隣に肘をついて臥せ、耳元で囁く。
「Will you come and see me again?」
「…は?」
忍びが首だけで振り向いた。
「Yesって言やぁ良いんだよ」
「いえす?」
「good.二言は無いな?」
頭を撫でてやれば忍びは引きつった笑みを浮かべた。
「いや意味解んないし」
「次はいつ来るって?」
言うと、忍びは不審な顔をしてから何か閃いたように目を見開き、長々と溜息を吐いた。
「…また……狡い手を…」
「うるせぇ寝ろ」
開いた額を叩くと、忍びは文句を言いながら丸くなった。直ぐに小さな寝息が聞こえ始め、
否定の言葉は無かった。
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