・stray(道に迷う)

荒々しく呼吸を繰り返す馬の首を撫で、刀の血を払う。

「shit!迷ったじゃねぇか」

馬で駆けたと云っても大した距離ではない。普段なら迷えるような場所ではないが。どこの草だか知らないが弱ぇくせに命を粗末にしやがって。数は多かったが斬り臥せる自体は簡単だった。ただ、馬を走らせた方向を把握し忘れただけで。

「…面倒くせぇ…」

鬱蒼とした森の中は暗く、空は見えない。斬り捨てた屍体を辿っても森の外まで戻れはしないだろう。

「てめぇに任せるか」

刀を納め、馬の手綱を軽く引く。どうせ当てなど初めから無いのだ。行く先を動物の本能に任せてみるのも一興かも知れない。

「良い所に連れてけよ」

言って馬の腹を蹴り上げた。走り出した馬は木々の間を縫い、稀に立ち止まり鼻先を巡らせては再び走り出す。何かの誘いかと疑った瞬間、視界が開けた。赤い空と眼下の切り立った崖を見て瞬時に馬を止め、後脚で立ち上がった馬を宥める。一歩遅ければ崖下に落ちていたが、過ぎた危険より目の前の景色に見惚れた。

「Beautiful!」

赤色が誰かを思い出させたが、山際に朱が走り一望する町や景色の全てが一色に染まる様には思わず言葉を失う。

「good job…いい場所知ってんじゃねぇか」

背後の森に視線をやって言う。

「どういたしまして」

予想通り笑ったような声が返ってきた。

「いつからだ」
「この森入った時からかな」

ならば先刻の襲撃も知らぬ筈は無い。

「見てただけかよてめぇ」
「どうして奥州の人を助けなきゃいけないの」
「ならなんで附いて来た」
「連れて来いって言ったのは誰よ」

笑いながら返ってくる声に苛ついて森に向かって馬首を返そうとした瞬間、

「絶景、だろ?」

馬の隣に立って手綱を掴んだ忍びが上目遣いで笑っていた。

「…yeah.さすがオレの国だ」
「左様ですか」

声を立てて笑って、忍びは眼下の崖を覗き込む。

「帰り道は?」
「真っ直ぐだ」
「やっぱり」

忍びは大きく溜息を吐いて手綱から手を放した。その手を掴んで引き寄せる。

「乗れ」
「…否、遠慮しますよ」

力任せに腕を引き上げれば、忍者らしく重さも感じさせずに鞍に着地する。

「ちょ、本当、嫌なん」
「GO!」

馬の腹を蹴って、崖に飛び込んだ。


──忍者の絶叫なんて耳慣れないものを聞いた。


2013/05/06 ( 0 )





・chain(連鎖)

「ぉぉぉぉぉ」

緑色の物体が馬の首に縋りついて奇怪な音を出す。

「ぁぁぁぁぁ」

…壊れたか。
馬を木に繋ぐと鼻を擦り寄せてくる。背中の物を振るい落とそうとしているのか、頻りに首を振っていた。

「…放せってよ」
「どうして平気なんだ、この馬ぁ…っ」

憎々しげに馬を睨むがその首から手を解きはしない。馬には簡単にしがみつくんだな。

「縋るなら馬じゃなくオレにしろよ」
「断固拒否する!!!」

即答に腹が立ったから後頭部を掴んで馬の首に押し付けた。

「痛いたいたくさっ馬臭い!」

喚く忍びに馬が迷惑そうに身震いしたから手を放した。

「鳥で飛ぶ癖に今更何言って」
「いいか!こうと、」

言いながら緩やかに傾斜をつけて掌を横に滑らせる。

「こうは、違うんだよ!」

二度目は掌を上から下へ勢い良く降り下ろした。

「似たようなもんだろ」
「大きく違うね!大体、信頼度が桁違いだ!」
「オレが鳥に劣るってのか?」
「馬上で腕組んで崖駆け下りる奴の何処を信用しろっての!? 普通落ちるから!死ぬから!」
「その方が風を感じるだろ」
「知るか!」

一人でやれ!と鼻息荒く言う忍びを馬の上に放置してその場を後にした。
かなり機嫌を損ねたようだ。適当に謝れば恐らく謝るなら初めからするなと逆上するだろう。文句があるなら来るなと言えば二度と来ないに決まっている。

「厄介な」

何を使って機嫌を取るか。考え無く歩いていれば茶屋が目に入った。

「……」

否。否々。好きなのはあれの主人であって。その馬鹿の機嫌を取れば連鎖的にあれの機嫌も良くなるが、それはかなり屈辱だ。大体あれは甘い物が好きな訳じゃないだろう。

「…別に俺さま甘味好きな訳じゃ…」

案の定、馬上からの返答は予想通りだった。他に手が思いつかなかったのも腹立たしい。

「いらねぇなら食うな」
「…そうする」

封を開けて中の団子を確認しながら忍びはしっかりと頷いた。そのまま手土産にでもする気だろう。内心ほくそ笑んでいる気がしてならない。

「…自分でやってて虚しくなんない?」

自力で馬から降りた忍びが笑いながら言う。

「思うなら訊くんじゃねぇよ」
「だってねぇー…。とっておきを教えてあげたのに心無い仕打ちをするからさ」

腕を組んで文句を言う忍びの腰を引き寄せて、唇に触れそうな距離で言ってやる。

「心無いのはてめぇだろ」

好い人の目の前で他の野郎の事で機嫌直してんじゃねぇよ。
忍びは間を置いて、手にした土産物を見て可笑しそうに笑った。


2013/05/06 ( 0 )





・dice(サイコロ)

「雪どころか槍でも降るんじゃねぇか?」
「それは出来るかも知れないね」

旦那の得物だものと呟いて笑う。上辺でしか笑わない忍びが珍しく満面の笑みを浮かべて、部屋の主より先に、敷かれた寝床に俯せに寝転がっている。いつもなら嫌がって近寄りもしないくせに、かなり機嫌がいいらしい。

「どうやった?」
「お願いした」
「休みを下さいって?土下座したってくれねぇんじゃなかったか?」

以前そう言って項垂れたのを覚えていた。

「これで」

言って、忍びは近くにあった器を手にすると何かを放り込み、逆様に伏せた。

「odds」
「…どっちよ」
「半」

忍びが器を持ち上げれば、賽が二つ転がっていた。

「正解」

賽の目を数えて忍びはへらりと笑う。

「賭けたのか?」
「正しく言えば勝負したんだけど」

言って、床に置いた器に賽を投げ入れる。ちりんと高い音が鳴った。

「俺さまが負けた時の条件無しだったからねぇ」
「unfair」

笑うと、忍びは意味を問い質したりせずに口許だけで笑んだ。

「旦那もやってみる?」
「何賭けんだよ」
「そうだなー…勝ったら、もう来なくてもいい?」

笑って言っているが声は本気だ。

「だったら、オレが勝ったらこのまま此処に住めよ?」
「うわ。本気?」
「さぁな」

目を瞬かせる忍びにそう返すと、賽を摘み上げて忍びが言う。

「さっきと同じでいい?」

訊きながら臥せていた体を起し、賽を指先で弾いて中空に放る。

「ああ」

応えた間際、落下途中の賽を器で掠めて床に伏せた。器の底を指で押さえながら伺うような視線を寄越す。

「stop」
「…えっと?止め、て事?」

頷けば、どうしてと挨拶のような軽さで問う。

「如何様じゃねぇか」
「…そんな事ないさ?」
「なら振る前に出す目聞いてんじゃねぇよ」
「其所は器用だねって褒める所でしょ」

器から手を放し、目敏いんだからと呟く忍びを押し倒した。

「ちょっ…賭は?」
「んなもん無効だろうが」

忍びは遮る様に顔の前に手を出して拒否するが、見下ろして言えば別段慌てた風もなく。

「さすが奥州筆頭。傍若無人だ」
「鴨になる気はねぇよ」
「それはどうかなー」
「what?」
「どうせばれると思ったからさ」

言って、忍びが顔の前の手を開けば二つの賽。恐らく器は伏せて置かれたままだろう。

「…shit」
「残念でした」

へらりと笑う忍びの手を賽ごと押さえ込む。確かめるのも癪で、目をやらずに足で器を蹴り飛ばした。

「俺さまに勝とうなんて百年早い」

そう言って、抵抗もしないくせに歪んだ笑みだけを浮かべた。


2013/05/06 ( 0 )





・misunderstanding(誤解)

「や、誤解ですって」
「Then, What's this?」
「何言ってんのか解んないけど、違いますって」

薄ら笑いを浮かべた忍びが、首を押さえながら後退る。

「何が違うってんだよ」

その腕を掴んで引き剥がせば、首筋にはっきりと痕がある。

「これはーえっとー犬に噛まれたっていうかー」
「六文銭の首輪した犬にか」
「あは。巧いこと言うー」

乾いた笑いをして、逆の手で髪を掴んで隠そうとするが今更隠して何になる。

「No buts.幸村か」
「そうと言えばそうかなー」
「ぁあ!?」

何だその曖昧な答えは。幸村以外に他の誰がこんな真似出来る。

「痛い痛い痛い!」

掴んでいた腕が軋んで忍びは声を荒げる。

「したのか」

愚問だ。幸村に乞われてこいつが拒否する訳が無かった。

「だからそーゆーんじゃないんだってば」
「じゃあ何でこんな所にこんなもんあんだよ!?」

手を振り解こうと忍びは腕を振るが掴む力が増すだけだ。

「仕方無いじゃない!て言うか俺さまが誰と何しようが旦那には関係無いでしょうがっ?」

思わず手に力を入れ過ぎて忍びがぎゃあなんて阿呆みたいな声を上げた。腕を捨て置いて忍びに背を向ける。

「あ…っ、いやあの」

焦った様な声を聞き流して押し板の太刀を取った。

「あの…どうして刀を抜いていらっしゃるのでしょうかね…?」
「抉り取る」

切っ先を突きつけて言えば慌てて壁際まで退いた。

「何を!? 肉を!? ちょっ…死ぬから!」
「Don't move.手元が狂うだろうが」
「首が飛ぶだろ!やめてよ殺す気!?」

いっそそう出来ればこんなくだらねぇ事考えなくて済むんだが。

「目障りだ」
「じゃあ今すぐ消えますから!」

遮る様に片手を出す忍びの科白に切っ先が逸れた。

「…、…それ引っ込めて」

逡巡してる間にそう言われ、溜息と共に太刀を納める。

「…どういう状況だよ」
「……信じないよ」

褥の上で胡坐を掻いて、黙って先を促すと視線を逸らして小さく答えた。

「昼寝中に……噛まれた」
「…What?」
「だから。横で寝てた旦那に、寝惚けて噛まれたの。…ほら信じないー」

寝惚けて噛み付くって状況が理解し難いが、それよりも。

「お前らまさか並んで寝てんのか!?」
「そこに食いつくな!」

反射の様に返してから、忍びは首の痕を手で押さえる。

「こんなはっきり噛み痕って、どんな情事よ」
「…あいつならやりかねないだろ」

言って、腕を掴んで壁際の忍びを力任せに引き寄せた。忍びは腕の中に倒れこみ、苦笑する。

「狂犬じゃあるまいし。そこ迄下手糞じゃありませんー」


「…だからなんでお前が知ってんだよ!?」
「しまったやぶ蛇!?」


2013/05/06 ( 0 )





・dilemma(ジレンマ)

「ねぇ。聞いてくれる」

忍びが仰向けに寝たまま天井を見詰めて独り言のように呟いた。

「幸村の愚痴なら聞かねぇ」

その顔に掛かった前髪を手櫛で掻き上げると、撫でられた猫のように目を細めて、忍びは吐息で囁いた。

「悩んでるのさ」
「うさんくせぇ」
「ひでぇ」

喉で笑う忍びの隣に臥せて、その横顔を眺める。

「で?」
「うん…」

催促すると一つ頷き、天井を見上げたまま片手を頭の下へ移した。

「あんたが嫌いなんだ」
「知ってる」
「うん。だから寝首を掻けばいいと思うんだよね、その方が色々と楽だし」

今、頭の下にやった手には苦無が握られているかも知れない。その刃を立てられれば、褥の下に潜めた短刀を取る。それだけの事だ。

「出来るならな」

実際には無傷とはいかないだろうが何時振り下ろされるとも知れない刃に脅えるなんざ滑稽でしかない。

「俺さまの本気を知らないね?」
「本気?」

嘲笑うと、身を返して覗き込んでくる忍びの顔が間近にあった。

「そんな上等なもん持ってんのか?」

下を向いた顔に掛かった髪で表情がはっきりとは見えない。

「さあ、どうだろう。…でもさ、もしあんたが戦以外で死んだらさ」
「あぁ?」

くたり、と俯せて何かを思い出すように瞼を伏せる。

「旦那が淋しがる」
「…いらねぇ…」

言われ、あの熱苦しさを思い出しつい本気で項垂れた。忍びは目を開き、何故か微笑った。

「泣いちゃうかも知れないし」
「…知るかよ…」
「どうしたらいいと思う?」
「どうしたいんだよ」

どうせ犬の様な主人に犬の様に従うのだろう。
投げやりに問えば、忍びは肘をついて俯いた。

「あんたを殺したいけど死なせたくない」
「…HA!ッははっ」
「ちょっと。一応真面目に言ってんだから」

声に不愉快さを滲ませて忍びは言うが、顔は仕様もなく笑っている。

「そんなもん悩みじゃねぇよ」
「ええ?どうして?」

笑って言ってやると、無感動な表情のまま身を乗り出してくる。

「そんな事ぁ、」

橙の髪を鷲掴み引き寄せる。痛みに顔を顰めたその耳朶に歯を立てた。

「毎日考えてるからな」

囁いてやれば、どんな表情を作ればいいか迷った挙句の無表情。

「…暇なんだね」
「こんな事するぐらいにな」

こめかみに口付けて揶揄すれば、それもそうかと一笑した。


2013/05/06 ( 0 )




prev | next






戻る



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -