セントエルモの火
[Castor&Pollux] 「1粒130円か…お高いな」
「セコい計算するな…っつーか、高いか?」
showcaseにへばりついている後頭部に言ってやれば妖怪のようにぐるりと首が回った。
「800円だって嵩張ればオオゴトなんだよ!」
「どんだけ買う気だ」
「いや買わないけど。自分で作るし」
「帰る」
甘ったるい匂いが充満した女だらけの売り場に背を向けて歩き出すと袖を引かれた。
「なんだよ買い物付き合うって言っただろ」
「買わねェなら時間の無駄以外の何物でもねェ よ!」
腕を振り払って怒鳴りつけてもこの女には全く応えない。それはそうなんだけど、と呟いて平然と隣を歩く。
「ちょっと見ただけじゃーん。材料は買うよ」
「買って来い。オレはそこでcoffee飲んでてやるから」
「じゃあカフェラテで」
目についた店に足を向けると一緒に店内までついて来る。早く買いに行けと言った所でどうせ聞く耳は持たない。
「やっぱ寒いね!」
「足出してるからだろ」
「制服に文句言われても…」
勝手にorderして椅子に座って、さらけ出した足を組みながら言う。素材が悪いとは思わないのだが色気が皆無なのは何故だろう。
「短すぎだろ」
「この長さが難しいんだよ。長すぎるとダサイとか短いと男子受ケ狙いすぎだとかいちいち注意入ってホント徒党組んだ女子ってうっとうし何も言ってないよ!」
髪の毛逆立てて否定するが手遅れだ。
「全部口から出ただろ」
「何も言ってないよ!幻聴?耳腐ってんじゃ ねェ?」
「アンタの性根ほどじゃねェさ」
「女の腐ったような奴って言うけど、腐女子って逆に男前だよね」
「この会話続ける意味あるか」
「じゃぁ何の話すんの?」
あの売り場から離れたかっただけで会話を楽しみたい訳でも寛ぎたい訳でもない。
視界に入るのは、はしゃぐ女共に浮かれる男達とほのぼのする母娘。なんて自分に縁遠い世界だろう。
否、あの男こそ一番無縁だと思っていたのに。
「今年は貰えるんだろ」
避けていただろう話題を態と口にすると目の前に座る女の動きが完全に止まった。
すぐに平静を装うが、歯車の噛み合わせがずれたまま螺子を巻かれて無理に動かされているようで見るに堪えない。
「あんたこそ」
どんな表情を作ろうとしたのか解らない顔で、空気でも喉に詰まったのか掠れた声をして言われた。
「今年も鬼のような断り方すんの」
「オレが鬼なら徒党を組んだ女は化け物だぞ」
「そんなこと言ってたら一個も貰えなくなるか ら」
「Ah…いいんじゃねェの?楽で」
寂しい奴めと呟いて女は口をcupに当てて顔をしかめた。どうやら火傷したようだ。
「欧米だと男からも贈るもんだしな」
「ここは日本だけど。贈る気あるんだ?」
「欲しいか?」
「…なんで?」
驚いた顔をして問い返してくるが、本気で驚いた時のこいつは無表情になる。あと泣きそうな時は怒ったような表情に。
「オレに寄越せ。overheatして爆発したら面白 い」
「えー、するかなぁ」
口許を片手で隠して俯いて、もう一度同じ言葉を違う抑揚で呟いた。
持っていたcupに息を吹き掛けながら笑う。
「じゃあさっさと買って帰ろうか」
「断る手間も省けるしな」
「あんたの問題に巻き込むなよ」
やっと笑った女に、同じ事を思った。
♪
言葉を知ってるのはお互い様な 言葉が足りないのもお互い様な
勝手について来たんだ 構わず行けよ
ほら 全部がお互い様な
セントエルモの火[corposant] 廊下で誰かが騒ぎ始めた。
「…ん?終わったのかな?」
「くせぇ」
「なんでいんの」
机に突っ伏してる男の顔の前には調理実習で作ったカップケーキとその余った材料で一緒に作ったクッキーがあって、甘い匂いに唸っていた。
「OutgoListのBest3に入ってるアンタが悪い」
「なに?」
意味不明な事を言われた。ってーか、何で他に誰もいない教室で机一つ向かい合って座らなきゃいけない。
「用も無いのに電話なんかしねぇよ」
「は?」
「小十郎の部屋なんだからあいつがいるのは当然だし」
「そうだね。実家帰れば?」
実家でなくても帰宅すればいい。旦那や他の皆と違って追試の予定もないのに何で一緒に居残ってんだろう。
「花いっこで失う信頼って何?」
「………ごめん?」
何を言っているのかやっと解った。同時に思い出してちょっと噴き出した。
「まさか薔薇とは思わなかったね」
「carnationのがよかったか」
「オカンじゃねぇし」
バレンタインの日に、昼休憩に登校してきたと思ったらHAPPYvalentineとか言ってバラ一輪を差し出されて、受け取ったら教室がざわめいて旦那達が騒ぎ倒して。
「…その人なんでそんなこと知ってんの?」
つまり、電話してくれないとか小十郎さんの部屋で会うのは嫌だとか自分ではない相手に花を送りやがってとか。言われたんだろうけど花は学校での話だ。
「見られた」
「同じ学校だったのか!? やべぇ探しちゃいそうだ」
「顔も知らないくせに」
「知ってるよ?かわいい感じの子だろ?……旦那に似て」
ゆっくりと顔を上げて、上目遣いに見上げられても顔が引きつってるから可愛くもない。
「い、」
「いつかは覚えてないけど小十郎さん家の近く で」
二人で歩いてるのを見たのは結構前だ。あの噂って本当だったんだなーとか、相手の人旦那に似てるなーとか。
「だから絶対譲らねぇぞと思って、あんたが大嫌いだったんだけど」
「……そうゆうんじゃねぇよ」
もいっかい机に額をくっつけて俯いて、顔は仕方ないだろ。とくぐもった声で呟いた。旦那の顔が好みってことか。まあね、旦那は器量好しだけどね。
「いや、だからさ」
つむじをつついても起き上がらない。要点は旦那の顔じゃなくて。旦那とはそーゆーの、じゃないのもほんとは気付いていたし。嫌いだった、今は、
「やっと、あんたを好きになれそうな気がするんだ」
噎せやがった。
こっちは赤恥覚悟で言おうとしてんのに、上げた顔は不審を隠そうともしやしない。
「友達になろうよ」
言ったら目の前で口が閉まらなくなったから、クッキーを一欠片放り込んでやったら吐き出そうとして止どまった。
「おいしー?」
「馬鹿みたいに甘い」
「あんたの舌が馬鹿なんだよ」
噛み砕く音がいやに耳の奥に響くということは頭に血が上っているからで気を紛らわそうと追試が終わって廊下を歩く人たちを睨んでいたら膝を蹴られた。
「遅ェんだよ」
正面に座る男は机に片肘をついて顔下半分を隠しながら誰もいない教室の方を睨んでいて、赤い耳しか見えなかった。
♪
今どんな顔してる ちょっとしんどいけど楽しいよ
ほら 全部がお互い様な
さあ どんな唄歌う