ゆめをみていたごめんね竜の旦那、
俺さまは忍だから
真田の旦那の為にいきるんだ
だからもう竜の旦那には会えない
あっちゃいけないんだ
お別れを言いに来たんだよ
竜の旦那とはもう会わない
ほんとは、俺さまだって、
ごめんね
政宗、
一緒に居たいのはあんただけなのに
「って正夢を見たんだが」
「ただの夢だ!」
馬鹿じゃないの、と怒鳴った佐助は畑の緑に擬態していた。鎌を片手に立ち上がって腰に手を当てて伸びをする。足下には刈られた雑草が小さな山を作っていた。
「呼んでもないのに来てんじゃねぇか」
正夢だろう、と佐助の手から鎌を奪って、隣に立った政宗が言う。
「悪かったね、じゃあお別れを言って二度と来ませッ尻を撫でるな!!」
逃げようとした佐助の腕を捕まえて、政宗は真面目な顔で問う。
「何があった?」
「何も無いよ!」
「嘘をつけ!夢枕に立つくらいだ、大病で生死の境を彷徨って死にかけたとか戦で怪我して死にかけたとかオレに本気になって焦がれ死にかけたとかあるだろ!」
「焦がれ死にって何!? っつーか剥くな!」
上衣を捲って中に手を入れようとする政宗を佐助は両手で押し退ける。
「怪我してないなら見せろ」
「怪我してたらこんなとこ来ないってーの!」
政宗の鳩尾を拳で突き、手が緩んだ隙に距離を取って服を正した佐助は、ぐ、と痛みを堪える政宗を見て呆れた様に呟く。
「一緒に居たいのはあんただけだよ」
「…。遂に!?」
「何がだよ」
顔を上げて両腕を拡げる政宗を、佐助は鎌を拾い上げて牽制しながら、だから、と言葉を続けた。
「一緒に居たい(と思っている)のはあんただけで(迷惑以外のなにものでもない)よ」
「でよ、ってなんだよ!おい小十郎!」
何か言ってやれ!と黙々と草を刈っていた小十郎に振り返る。
「政宗様、仕事をしないなら草刈りの手伝」
「アンタ用事が済んだら顔出せよ!」
声だけを残して政宗はあっと言う間に走り去った。
「早っ!」
まさかの駿足で逃げた政宗を見ながら佐助が言い、小十郎は大きく息を吐く。
「お前も行っていいぞ」
「え。手伝うよ」
「呼ばれてもないのに来たんだろうが」
苦い声で小十郎に言われ、佐助はなんとなく近くに立っていた案山子に鎌を突き立てた。
「べっ…別に……そろそろ顔出しとかないと、上田に押し掛けられて旦那にバレても困るし…」
「お前の為だけに政宗様が信濃まで行くと思うのか」
「思っ…たんだけど………思わないよねぇ、ふつーねぇ…」
思うけどな。とは小十郎の口からは主の沽券に関わる気がして言えはしない。
「なんだこれ…そうなのかなぁ…」
沈黙を否定の肯定と受け止めた佐助は、はぁ、と溜め息を吐いた。
「家庭的なかわいいおんなのこと恋愛して、犬の世話をしながら年を取るのがゆめだったのに…」
それはあの男が主である限り無理だろうと小十郎は思ったが、有能な側近としては項垂れながらも自分の主の元に向かおうとする忍びの背に掛ける言葉では無いだろうと黙っていた。
御題拝借:joy
セントエルモの火[Helene]「小十郎?帰り着替え買ってこい。…違っ、オレのじゃねェよ、猿飛が血が出た位で狼狽えやがって」
「初めてだったんだよ仕方ないだろ!着れたら何でもいいんでって言って」
電話の相手に聞こえるように声を張ったら目の前で電話してる男が顔をしかめた。
「cheapな粗悪品なんか着られるか」
「あんたが着る訳じゃないんだからいいだろ別 に!
「だからオレの服着ればいいだろうが」
「いやだ!あんなアホみたいに高い服汚れるって分かってて着れる訳ないじゃんバカじゃない の!?」
「めんどくせェ女!」
「痛ってェ!」
言い終わるとほぼ同時に携帯を投げられた。背中に当たって地味に確実に痛い。
床に落ちた携帯と飛び出た携帯の電池とそのフタをとりあえず拾う。
「あんたの方が百倍面倒だってーの!普通殴るか女を?しかも顔を!信じらんないDVかよ」
「幸村と毎日やってんのはどうなんだよ」
「旦那が女子に手上げる訳ないだろ!スキンシッ プとバイオレンスは違うの!」
「それが不満だったくせに」
拾って合体させて渡そうとした携帯を握り締め過ぎてみしりと鳴ってはならない音が出た。
「ふまんとか無い」
駄目だ喉が震えた。
「やっぱり今すぐ帰る」
「そんな顔で帰れるのか」
無視したら洗面所に連れて行かれて鏡の前に立たされた。胸元に血の染みが結構デカく残っていて顔も擦ったから赤くなっているしその上腫れていた。そりゃそうだ殴られたんだ。帰って、誰にとか訊かれたら。溜め息が出た。仕方無く部屋に戻る。
「旦那もなんでこんなのと友達やってんだちくしょう」
「知るか」
思わず思考が口から零れたら、何か思い切り投げつけられた。避け損ねて膝ぶつけた。カッチカチの保冷剤だった。
「怪我人には優しくしろよ」
「しねェよ。惚れられたら困るからな」
「はぁ?ないよ」
「わかんねェだろ。使え馬鹿」
放り捨てていた保冷剤拾って顔に押しつけられた。ちょっと濡れて汚いし冷たいのが痛いし大体そこ殴られた所と違うし。
「わかんなくないよ、ないよ絶対」
「うるせェな!期待ぐらいさせろ!」
「どっちだよ!?」
惚れられたら困るって言ったくせに惚れろって言う。意味が分からん。とりあえず保冷剤は奪い取る。
「じゃあなんでオレん家に来たんだよ」
「あんたがむりやり連れ込んだからだろ」
「…優しいじゃねェかオレ」
「人さらいが?」
力尽くと優しさが同類項だとは知らなかった。
持ってたハンカチで保冷剤を包んで自分で患部に当ててると鼻で笑われた。
「そんな顔で帰れるのかよ」
「だからあんたが殴ったからだろうが」
「自覚無ェの」
目の前に信じられない馬鹿がいるみたいに見るな。何度も同じ事を言わせるなと思ってんだろうけどそう思ってるのはあんただけじゃねェからな。
「失恋した女みたいな顔してるぜ」
やばい。鼻の奥が痛い。殴られたからだと思う。目と鼻は繋がってるから。だから。鼻だけじゃなく目から。涙と鼻水と汗は元は同じものだって。
「…それは合わせる顔が無い…」
旦那は昔から女の子が苦手で扱い方が下手だったから一緒にいながら旦那の苦手なものを取り除いてみれば出来上がったものは『男でも女でもないもの』だったけれど旦那はいつだって男の中の男だったから好きになるのは当たり前に女子だった。
十年分のこだわりも言葉にすればたった二文字。
「言い訳作ってやったのに目じゃなくて鼻から出すしな」
だからか。何もしてないのに理不尽に殴られてしかも生まれて初めての鼻血まで出た。びっくりして泣くどころじゃなかったが。
「慰め方間違ってるだろ」
「humph?慰めて欲しいのか?」
「そうは言ってないけど。優しくしてから惚れられる心配しろよ」
「あァ?惚れんじゃねェよ」
言って鼻を引っ張られた。そんなに嫌なのかと思ったら、また鼻から血が出てたらしい。自分の手で押さえるとさっさと手を放していつ沸かしたのかお湯の火を止めに行って、紅茶かコーヒーかと問われて日本茶と答えたら無ぇよ馬鹿と怒られた。
「…小十郎は二人もいらねェしな」
「そうか…小十郎さんになりたいな…」
「人の話聞いてるか?」
初めから男だったら不安に思うことなんて無いんだろう。ちゃんと女だったらきっと怖くて関係なんか作れなかった。
誰よりも近いのにそこには絶対辿り着けない。
――寂しい。
目から出してたまるかと鼻をかんだらティッシュが真っ赤ですげェびっくりして、コーヒー片手にした男に馬鹿じゃねぇのと顔をしかめられた。
その後帰ってきた小十郎さんにも、何故か下着まで揃えててそこまで大怪我じゃないよと呆れたら目の前で思い切り舌打ちをされた。
♪
言いたい事は無いよ 聞きたい事も無いよ
ただ 届けたい事なら ちょっとあるんだ
ついて来たっていう 馬鹿げた事実に
価値など無いけど それだけ知って欲しくてさ
同じ場所に向けて 歩いてたんじゃない 僕は君に向かってるんだ