紫-α->青


「shit!」

霧の中、男は叫ぶ。
四方から飛んでくる苦無のその全てを避け、または払い落とし、声を張り上げる。

「てめぇ!ぬるいことしてんじゃねぇぞコ ラァ!」
「うわ、怖ぇー」

どうやら居所は感付かれているらしい。術の印を解き、荒々しい足取りで寄ってくる男に手裏剣を放つ。
放った手裏剣は一太刀で払われた。鎖を引いて手裏剣を手元に戻し、突っ込んで来た竜の剣を両手で防ぐ。

「っ、馬鹿力。」
「誰が馬鹿だって?」

片手でこの威力。一人で保つかなぁ。
左の手が腰の刀に伸びたのが見えた。払われたと同時に中空に逃げる。追って来た六爪を、反転して弾いたが競り負けて軽く吹き飛んだ。
ま、着地はきっちりしますがね。

「軽!」
「知ってたろ?」

何度跨がってやったと思ってんの、そう言って 笑ってやると笑い損ねたような疲れたような奇妙な顔をした。

「…やるのか」
「やらないよ」

大刀を地に突き立てて、へえ、と呟いた竜は肩を馴らしてそれは楽しそうに笑んだ。

「あんたの相手は真田の旦那だ。俺さまの出る幕はないだろ?」

言いながら指から放った手裏剣が地を削る。
地から刀を引き抜き切っ先を向けて真剣な顔をする竜の、その口が開く前に先を取る。

「そんな事言って後ろからバッサリ来るかも、とか思ってる?」

詰まらなそうに舌打ちをされた。だから何だと睨んでくる竜に肩を竦めてみせる。

「あんたは俺を信用出来ない」

違う、と形だけ唇が動いたが拾ってはやらない。相手の集中力を欠く事が重要であって、何を考えているかはどうだっていい。

「だから俺は何もしない。必ず居る、だけだ。……あんたは俺さまを殺しておくべきだったのに」

こんな呑気に忍びの戯言など聞いていないで、斬り捨ててしまうのが正しい。けれどこの男はそれをしないと知っているからわざわざ足を運んだのだ。

「俺さまとしては、旦那とぶつかる前にちょっとだけ疲れてもらって、ちょっとだけ動揺してもらって、ちょっとだけ、」

最後の一つに何を言うつもりだったのか判らず口から出てしまった事に戸惑う。気にせず流してしまおうと別の言葉を繋げた。

「…卑怯だと言われてもね」
「そんなもの」

六爪を納めて一振りだけに構え直した竜が、可笑しなものを見るような目をして鼻で笑った。

「他の男を見るなって言やいいんだよ」
「え。いや、だ」
「てめぇなんざ眼中にねぇが…」

一瞬言おうかと揺らいだ自分に舌打ちが出る。
訳が分からないが、そうか、と納得したような声音で呟かれた。

「くだらな過ぎて泣けてくるな」

そう言う竜の顔は笑い出しそうな怒り損ねたようなやっぱり奇妙な顔だった。


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→御題[青]→飄々と...の流れ。


2013/12/01 ( 0 )





ひょうひょうと


月が細いから今夜は星がよく見えた。
地では灯された篝火に照り変える顔がどれも喜々としていた。

「佐助」
「はいよ」

隣では旦那が頬を赤く染め、揺れる視線は何を映しているのか定かではない。人垣の中心で騒いでいる大将と一緒にいないのは酒が回って既に立てる状況ではないからだ。
それでもとにかく呼ばれたので空いた杯に酒を注いだ。否々、と空いた片手を彷徨わせ酌を断りながら、旦那は結局は注がれた酒に見入る。

「……やったな」
「やったねぇ」

天下というものの実感は無い。旦那が働き大将が収めた所で自分の在処に何等変わりはないのだ。

「こんなものか」
「お?なんだ、大きく出るね」

達成感が足りないから大将に下剋上でもするのかい、酒を注ぎながら言うと、呂律の回らない舌で馬鹿者ぉと謗りながら、杯を持った手で殴りかかってきた。中身がこぼれて床が濡れる。その杯を奪って拳を受け止めるとひとの膝の上に力無く転げた。

「いや、んー…お館様、ではなく……」
「……ああ、…」

もう何を言うべきか等と悩みはしない。旦那の中で終わった事として片がついている。
欠けた存在に物足りなさを感じ、膝を折って生きられる事を知り、それをよしとしなかった生き様を反芻しているだけだ。

「もう、戦も無いんだな」
「だろうねぇ」

武士は主人から民衆へ守るものが変わるだけだ。俺は変わらず大将の為に働く旦那を守るだけ。

「さすけー」
「はいよー」

膝の上に転がって意味も無く人の名を呼ぶ酔っ払いに返事を返す。
多分、戦も無く皆が幸せに均された明るい世界 は、夜に棲むものには生き難いだろうけれど。この声に呼ばれる限り満たされた命であるはずだ。

「げんきだせーさすけー」
「えええ」

突然何を言い出すのかと目をやった膝の上の異様な赤ら顔に驚いて、主の顔をやっと正面に見たのだと気がついた。
己が未練がましく夜を睨みつけていた事に何を想っていたのか悟る。

「…うそだろ…」

最期まで捧げようと決めた心に後悔は無い、けれど、恐らくこの命が尽きる時は、馬鹿な男がいたもんだなぁって哀れむように笑われるんだろうと。
思っていた事に吃驚だ。

「coolじゃない、ってか」

見上げた月は嫌味なまでに滲んでいた。


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光の中行くのなら 心には三日月を
さらされし道こそ 静かに見据える

闇の荒野行くのなら 心には太陽を
力まかせ信じて 強く踏み出せ

所詮この命 意味などない


2013/12/01 ( 0 )





はじめまして。×××××です、よろしく。

教壇から教室を見渡して名乗っていた名前は未だに思い出せないし記憶出来ない。
親の転勤で転入してきた少年は印象の良い笑顔の作り方を知っていて、生まれつきだと言う派手な髪の色は染めてしまうよりは覚えて貰い易いだろうとの大人達の配慮でそのままだった。
子供特有の我儘や癇癪は持たず、共働きの親の心配の為にだけ携帯電話を持ち、放課後の校庭で下校する生徒達を一人きりで眺める。友人の遊びの誘いには乗るけれど誰かの家には招かれたりしない。
いつも誰かといるのにいつも一人だった。
声を掛けたかったが別人だった場合が問題だ。今も昔も変わらず側にいる先達からは、ひけらかす必要は無いと教えられていた。
そんなものは常人は知りません、昨夜見た夢のようなものだと思う程度がよろしいでしょう。過去に縛られるのは愚かな事なのです。
彼がいたから昔の事だと割り切れたし、一人で悩むことも無かった。それでも懐かしい事にも違いはなく、けれどもしも相手が覚えていなかったら。そうして何もせず時間を浪費していたあの日、放課後いつも少年が一人でいるのは誰もが知っていた。可哀想などと幼稚な親切心で子供達は一緒に遊んでいたのだが、一人二人と所用を思い出したり親が迎えに来たり数が減っていく中、他の子供達の親と同じ様に自分を迎えに来た男を見て思わず昔の名を口にした。
瞬間、さっきまで笑顔で先に帰る子供達を見送っていた少年の形相が変わり、やはりと思った時には既に体は宙に浮いていた。場所が悪かった。ジャングルジムの上になど立っていたから、両手で突き飛ばされて情けない事にその後は意識を失ったらしく気がつけば病院で片腕にギプスを装着させられていた。
その日の夜、菓子折りを持って必死に頭を下げる親の隣で憮然と佇む少年の傍らに、いるはずの誰かを無意識に探していて、誰もいないよと言われて己の無神経さに気がついた。当然の様に謝罪の言葉が出た事にまた突き飛ばされて、苛めじゃないのかと躍起になる親達を後目に少年に言ってやった。
オレにはあいつがいるけどアンタにはオレしかいないんじゃねぇのか。

少年はそれはもう愛くるしい憤死しそうな顔をして、もう一度死ねと叫んだ。


揃いも揃って死に損ない


────
ペラペラなふたりで支えあっていきる/飛んでいってしまいそうだ の出会い編
転生ものが好きなものでごめんして下さい\(+×+)/


2013/05/06 ( 0 )





ゆめをみていた


ごめんね竜の旦那、
俺さまは忍だから
真田の旦那の為にいきるんだ
だからもう竜の旦那には会えない
あっちゃいけないんだ
お別れを言いに来たんだよ
竜の旦那とはもう会わない
ほんとは、俺さまだって、
ごめんね
政宗、
一緒に居たいのはあんただけなのに


「って正夢を見たんだが」
「ただの夢だ!」

馬鹿じゃないの、と怒鳴った佐助は畑の緑に擬態していた。鎌を片手に立ち上がって腰に手を当てて伸びをする。足下には刈られた雑草が小さな山を作っていた。

「呼んでもないのに来てんじゃねぇか」

正夢だろう、と佐助の手から鎌を奪って、隣に立った政宗が言う。

「悪かったね、じゃあお別れを言って二度と来ませッ尻を撫でるな!!」

逃げようとした佐助の腕を捕まえて、政宗は真面目な顔で問う。

「何があった?」
「何も無いよ!」
「嘘をつけ!夢枕に立つくらいだ、大病で生死の境を彷徨って死にかけたとか戦で怪我して死にかけたとかオレに本気になって焦がれ死にかけたとかあるだろ!」
「焦がれ死にって何!? っつーか剥くな!」

上衣を捲って中に手を入れようとする政宗を佐助は両手で押し退ける。

「怪我してないなら見せろ」
「怪我してたらこんなとこ来ないってーの!」

政宗の鳩尾を拳で突き、手が緩んだ隙に距離を取って服を正した佐助は、ぐ、と痛みを堪える政宗を見て呆れた様に呟く。

「一緒に居たいのはあんただけだよ」
「…。遂に!?」
「何がだよ」

顔を上げて両腕を拡げる政宗を、佐助は鎌を拾い上げて牽制しながら、だから、と言葉を続けた。

「一緒に居たい(と思っている)のはあんただけで(迷惑以外のなにものでもない)よ」
「でよ、ってなんだよ!おい小十郎!」

何か言ってやれ!と黙々と草を刈っていた小十郎に振り返る。

「政宗様、仕事をしないなら草刈りの手伝」
「アンタ用事が済んだら顔出せよ!」

声だけを残して政宗はあっと言う間に走り去った。

「早っ!」

まさかの駿足で逃げた政宗を見ながら佐助が言い、小十郎は大きく息を吐く。

「お前も行っていいぞ」
「え。手伝うよ」
「呼ばれてもないのに来たんだろうが」

苦い声で小十郎に言われ、佐助はなんとなく近くに立っていた案山子に鎌を突き立てた。

「べっ…別に……そろそろ顔出しとかないと、上田に押し掛けられて旦那にバレても困るし…」
「お前の為だけに政宗様が信濃まで行くと思うのか」
「思っ…たんだけど………思わないよねぇ、ふつーねぇ…」

思うけどな。とは小十郎の口からは主の沽券に関わる気がして言えはしない。

「なんだこれ…そうなのかなぁ…」

沈黙を否定の肯定と受け止めた佐助は、はぁ、と溜め息を吐いた。

「家庭的なかわいいおんなのこと恋愛して、犬の世話をしながら年を取るのがゆめだったのに…」

それはあの男が主である限り無理だろうと小十郎は思ったが、有能な側近としては項垂れながらも自分の主の元に向かおうとする忍びの背に掛ける言葉では無いだろうと黙っていた。

御題拝借:joy



2013/03/31 ( 0 )





セントエルモの火[Helene]

「小十郎?帰り着替え買ってこい。…違っ、オレのじゃねェよ、猿飛が血が出た位で狼狽えやがって」
「初めてだったんだよ仕方ないだろ!着れたら何でもいいんでって言って」

電話の相手に聞こえるように声を張ったら目の前で電話してる男が顔をしかめた。

「cheapな粗悪品なんか着られるか」
「あんたが着る訳じゃないんだからいいだろ別 に!
「だからオレの服着ればいいだろうが」
「いやだ!あんなアホみたいに高い服汚れるって分かってて着れる訳ないじゃんバカじゃない の!?」
「めんどくせェ女!」
「痛ってェ!」

言い終わるとほぼ同時に携帯を投げられた。背中に当たって地味に確実に痛い。
床に落ちた携帯と飛び出た携帯の電池とそのフタをとりあえず拾う。

「あんたの方が百倍面倒だってーの!普通殴るか女を?しかも顔を!信じらんないDVかよ」
「幸村と毎日やってんのはどうなんだよ」
「旦那が女子に手上げる訳ないだろ!スキンシッ プとバイオレンスは違うの!」
「それが不満だったくせに」

拾って合体させて渡そうとした携帯を握り締め過ぎてみしりと鳴ってはならない音が出た。

「ふまんとか無い」

駄目だ喉が震えた。

「やっぱり今すぐ帰る」
「そんな顔で帰れるのか」

無視したら洗面所に連れて行かれて鏡の前に立たされた。胸元に血の染みが結構デカく残っていて顔も擦ったから赤くなっているしその上腫れていた。そりゃそうだ殴られたんだ。帰って、誰にとか訊かれたら。溜め息が出た。仕方無く部屋に戻る。

「旦那もなんでこんなのと友達やってんだちくしょう」
「知るか」

思わず思考が口から零れたら、何か思い切り投げつけられた。避け損ねて膝ぶつけた。カッチカチの保冷剤だった。

「怪我人には優しくしろよ」
「しねェよ。惚れられたら困るからな」
「はぁ?ないよ」
「わかんねェだろ。使え馬鹿」

放り捨てていた保冷剤拾って顔に押しつけられた。ちょっと濡れて汚いし冷たいのが痛いし大体そこ殴られた所と違うし。

「わかんなくないよ、ないよ絶対」
「うるせェな!期待ぐらいさせろ!」
「どっちだよ!?」

惚れられたら困るって言ったくせに惚れろって言う。意味が分からん。とりあえず保冷剤は奪い取る。

「じゃあなんでオレん家に来たんだよ」
「あんたがむりやり連れ込んだからだろ」
「…優しいじゃねェかオレ」
「人さらいが?」

力尽くと優しさが同類項だとは知らなかった。
持ってたハンカチで保冷剤を包んで自分で患部に当ててると鼻で笑われた。

「そんな顔で帰れるのかよ」
「だからあんたが殴ったからだろうが」
「自覚無ェの」

目の前に信じられない馬鹿がいるみたいに見るな。何度も同じ事を言わせるなと思ってんだろうけどそう思ってるのはあんただけじゃねェからな。

「失恋した女みたいな顔してるぜ」

やばい。鼻の奥が痛い。殴られたからだと思う。目と鼻は繋がってるから。だから。鼻だけじゃなく目から。涙と鼻水と汗は元は同じものだって。

「…それは合わせる顔が無い…」

旦那は昔から女の子が苦手で扱い方が下手だったから一緒にいながら旦那の苦手なものを取り除いてみれば出来上がったものは『男でも女でもないもの』だったけれど旦那はいつだって男の中の男だったから好きになるのは当たり前に女子だった。
十年分のこだわりも言葉にすればたった二文字。

「言い訳作ってやったのに目じゃなくて鼻から出すしな」

だからか。何もしてないのに理不尽に殴られてしかも生まれて初めての鼻血まで出た。びっくりして泣くどころじゃなかったが。

「慰め方間違ってるだろ」
「humph?慰めて欲しいのか?」
「そうは言ってないけど。優しくしてから惚れられる心配しろよ」
「あァ?惚れんじゃねェよ」

言って鼻を引っ張られた。そんなに嫌なのかと思ったら、また鼻から血が出てたらしい。自分の手で押さえるとさっさと手を放していつ沸かしたのかお湯の火を止めに行って、紅茶かコーヒーかと問われて日本茶と答えたら無ぇよ馬鹿と怒られた。

「…小十郎は二人もいらねェしな」
「そうか…小十郎さんになりたいな…」
「人の話聞いてるか?」

初めから男だったら不安に思うことなんて無いんだろう。ちゃんと女だったらきっと怖くて関係なんか作れなかった。
誰よりも近いのにそこには絶対辿り着けない。
――寂しい。
目から出してたまるかと鼻をかんだらティッシュが真っ赤ですげェびっくりして、コーヒー片手にした男に馬鹿じゃねぇのと顔をしかめられた。

その後帰ってきた小十郎さんにも、何故か下着まで揃えててそこまで大怪我じゃないよと呆れたら目の前で思い切り舌打ちをされた。



言いたい事は無いよ 聞きたい事も無いよ
ただ 届けたい事なら ちょっとあるんだ
ついて来たっていう 馬鹿げた事実に
価値など無いけど それだけ知って欲しくてさ

同じ場所に向けて 歩いてたんじゃない 僕は君に向かってるんだ



2013/03/10 ( 0 )




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