暗闇日和


その部屋に足を踏み入れた瞬間、政宗は天井を仰ぎ見た。

「どうした?」
「仕事さ」

問い掛けに天井裏から声が返ってくる。すぐに佐助が逆さの顔だけを出して笑うのを見て、政宗は腰に差した刀の柄に腕を置いて溜め息を吐いた。

「殺気ぐらい隠して来いよ」
「ああごめん。嬉しくて、つい」

満面に笑みを浮かべて佐助は音も無く部屋に降りた。だらしなく首の後ろを掻きながら問う。

「同盟、断ったって?」
「当たり前だ。殺す相手と誰が同盟なんかするか気色の悪い」
「仲よく喧嘩したいんだねぇ」

政宗の返答に朗らかに笑いながら、首から離した手には手裏剣が握られている。

「旦那にはよくても大将には通用しないけど」

言いながら佐助が手裏剣を放つと、政宗は腰から鞘のまま刀を抜いて手裏剣を弾き飛ばした。弾いた手裏剣が障子を砕いたのにも構わず、握った鞘から刀を抜いて口の端を釣り上げて笑う。

「それで、これが武田のオッサンの返辞か」
「仕方無いよ。友じゃなければ敵なんだ」

放った手裏剣を鎖で引き寄せて、いつの間にか両手に手裏剣を持った佐助が一足飛びに斬り付けると、政宗は抜き身を持った片手でそれを防いだ。

「真田の旦那には悪いけど、これも仕事だからさ」
「名分が立つか」
「あははっ」

佐助は嬉しそうに笑って両手に力を込めたが、政宗が抜き身とは逆の手に握っていた鞘で殴りかかるのを目に止め、軽く身を引いて躱す。続け様にその鞘を投げられて、更に身を引いて距離を取って避けると鞘は音を立てて襖に刺さった。
半壊した部屋の有様を一瞥して政宗が落胆したような声で言う。

「これで暗殺って言えるのか」
「閨房なら不敗なんだけど」
「なんだよ、ならそっちで来いよ」
「そうだねー」

相槌を打ちながら佐助が放った手裏剣は、刀で叩き落とされて政宗の足許の床に刺さる。すかさず身を低くしてもう一方の手裏剣で正面から突くと、返す刀で下から弾かれてそれは天井を掠めて落ちた。
手裏剣が手から離れると同時に佐助は床に這い、政宗の足を払う。踏み締めていた足を払われ避けきれずに受け身を取った政宗の腹の上に乗り、足許に刺さったままだった手裏剣から鎖を延ばして政宗の首に巻き付けると、防ごうとした腕共々締め上げる。

「…次があればね」

刀を握る政宗の腕を片膝で押さえ付け、佐助はにっこり笑って苦無を握るが、振り下ろす間際、弾かれたように顔を上げて政宗に馬乗りのまま廊下を見やる。
政宗が力を抜いて刀を放し、聞こえていない筈は無いこの騒ぎの中、廊下を歩いて近付く気配を佐助が怪訝に思って身構えていると小十郎があっさりと現れた。

「政宗様、………」

荒された部屋を一瞥して、心底苛立たしいと顕にした目で佐助を睨み、その下の政宗に諦観の滲む声で言う。

「…来ました」
「ah…そうか…」
「……なに、?」

目の前で交された主従の応答に佐助が問うと、小十郎が苦り切った顔で佐助の顔に一枚の書簡を広げて突き付けた。
そこに休戦の文字と武田の印形を見て、佐助は縋るように小十郎を見上げたが小十郎は部屋の惨状にただ沈黙していた。

「……そんなぁ〜…」

ぬか喜びかよと呟いて佐助は苦無を持つ手を下ろし、項垂れて肩を落とす。
首に巻かれた鎖を自力で解いてから、政宗はその腰を捕えて佐助の下から見上げて笑った。

「楽しみだな、腹上死」
「絶っっ対しねぇ!」



2014/10/10 ( 0 )





風の病


「知ってる?人間は呼吸出来ないと死ぬんだよ」

後頭部を壁に擦りつけて、濡れた目で佐助が呟くと政宗は一つしかない目を大きく瞬かせた。

「だから?」
「息が苦しいって言ってんだよ」

不機嫌な声で言って、異様に近くにある顔を持って来た書簡で叩くとそのままその手紙を政宗の懐に差し入れた。
その手を掴んで壁に押しつけながら政宗は言う。

「オレだって息が為難いの我慢してやってんだぞ」
「我慢すんな。あんたがやめれば済む話だろ」

佐助は足の裏で押し退けるように政宗を蹴りながら抵抗を示したが、逆に脚の間に体を入れられて動きを封じられてしまう。

「お前がそんな熱っぽい潤んだ目で誘うから」
「っぽいんじゃねぇの。熱があんの。鼻声だろ聞けよ」
「感染せば治るっていうな?」

笑いながら、政宗が意図を持って佐助の着物に手を差し入れると、佐助は息を詰めながら身をよじった。

「ソレ治る頃に発症してるだけだろ…も、やめっ…ッ…だ、るい……」

言いながら、佐助は壁に背を擦りながら崩れ落ちるように座り込んだ。片膝をついて政宗は佐助の肌を撫で回し、熱が尋常で無く高い事を悟る。

「…休めよ……つか寝てろ」
「いいんだよ。病は気からって言うだろ」
「気が足りてねぇから風邪ひくんじゃねぇのか?」

馬鹿か、と呆れた顔をする政宗に佐助はつん、と顔を逸らして答えた。

「忍びは風邪なんかひかないんです」
「…そんな仕様もない見栄の張り方するからだ馬鹿野郎」

脱力した声で言って、政宗は座っていた佐助の両足を掴んで引き摺りながら部屋を移動する。
敷居を跨ぐ度に肩や背中から鈍い音を出して痛いと言う佐助を無視して、辿り着いた一室に敷いてあった布団に転がすように投げ捨てた。

「…なんで真っ昼間に布団敷いてあるんだ」
「返事書くからそれまで居ろよ」
「無視か。いつ?」
「明日、…以降」

言って、佐助を見ると手足を投げ出して仰向けのまま政宗を睨み付けていた。

「? なんだよ」
「…礼を言うか悩んでる」
「何故悩む」

催促するように足蹴にする政宗に佐助は眉間に皺を寄せつつ一人で納得して呟く。

「言った後の展開がさー……まーいいか。うん。……ありがと」

視点も朧気に潤んだ目で照れたように佐助に囁かれ、上に掛けてやろうと布団を捲っていた政宗はそのまま佐助に覆い被さった。

「そんな無防備で上目遣いとかなんて挑発」
「ほらやっぱりだ、もうほんとに、クソが!」

息苦しさに喘ぎながら、佐助は最後の力をふり絞って政宗の横面を張り倒した。


-----------------
後日、おもいきり感染した筆頭が小十郎だぜに叱られながら寝込むけれど見舞いにも来やしない忍と、
逆に様子を見に来た忍がちょー健康な筆頭に元気に襲われてあわわアレは風邪ひかないってマジですか怖!って引くという、
どっちが政佐っぽいかなと。どっちも違うと言われたらぎゃふん。


2014/10/10 ( 0 )





夕暮れ



どうやら本気で怒らせてしまったらしい。

毎朝同じ電車同じ車両に乗っていたのに突然見なくなった。帰りも何かしら理由をつけて時間をずらされた。しかも教室では至って普通だから始末が悪い。態度が悪いなら文句も言える。避けられたなら否応無しに捕まえて問い質してやるのに。
朝から普通に挨拶をして忘れた課題を写して昼は揃って他人の弁当の卵焼きをつついた後各々に午睡を楽しむ。普通過ぎておかしい。まずその隙が無いが、どうして怒っているのかと尋ねてもなにも怒ってなんかないじゃん、どうしたの気持ち悪い事言って等と訊き返されて有耶無耶にされるに決まってる。
しかし絶対に怒っている。
けれど頭を下げる気は無い。
始め怒っていたのはこっちだった筈なのに。そうだ。確かに先に頭に来たのは自分だ。だってそうだろう、一緒にいるのはオレなのにその口からは幸村の話しか出て来ない。物心ついた頃からずっと一緒、親より先に名前を呼んだなんて過去を鑑みても生活の大半が幸村で占められているのだと、判ってはいる。理解はする、が許容は出来ない。手に入れたと思ったのにいつまでも手応えがないから、オレはアンタにとってそんなに軽いのかと自分の腑甲斐なさを棚に上げて詰った。
自分が思う程アンタは必要としていないからもういいと、思ってもいない事だけはすらすらと吐き出した。そんな事ないと嘘でも言えば騙されてやったのに困った様に眉尻を下げて笑って、何も反論をしないから、腹が立って振り切る様に背を向けて家に帰った。何も言えないなんて図星だったのだろうとしか思えなくて、不信を不安に擦り替えて人の所為にした。
それが現状の微妙な距離感の原因ならば、あいつの出した結果で結論なのだろう。
眺めるだけの、当り前の関係に戻って二度と触れてくれるなと。だったらこの先二人きりになんてならないし、同じ車両にも乗らないし隣に座らないし肩だって貸したりしない。あの髪も声も肌も知ってしまったから失うのが惜しいだけだ。どれだけ甘く覚えていても結局は生きるのに必要なんて無いから時間が経てばいつかは忘れてしまえる。
帰りの電車で斜光に照らされた色素の薄い髪が鮮やかに浮き出て、その下の顔が眠気に緩むのを見るのが好きだった事も。起こした時の羞恥が浮かぶ苦笑も。休みもなく学生と主夫業とバイトと追われていれば疲労も溜まるだろうと一度、同情から代わりに食事を作ってやったらごめんねぇと困った様に笑ってああこいつはこんな仕様も無い理由で疎まれるなんて本気で思っているのかと心底馬鹿だと思った。迷惑なんか無いからもう少し頼ればいい。甘えていいんだと、甘え方も知らない奴を甘やかして手懐けた。
始めから同情なんかじゃなかったと判ってる。それで構わなかったはずなのに、いつからこんな女々しい人間に成り果てたのか今も足が重くて駅の椅子から動けない。電車がホームに入る度に待っても来ないと知っているのに、もしかしたら、降りて来ないかと。もしも停まった車内にいれば追いかけて捕まえて羽交締めにして、それで。謝罪なんかしない。けれど許してやると言えば何様だと笑って水に流すだろう。結局何も変わっていないのに、構わないと、今なら。まさかこれ程までの喪失感に襲われるとは思いもしなかった。

鼻を啜るのは寒さの所為だと言い聞かせ、椅子から立ち上がって帰ろうとしたその階段に。寒さに身を縮こませて座り込む男が、恨めしげな目で見上げてきた。

「風邪ひいちゃうよ」
「……いい加減ケータイ教えろよ」
「やだよイタメールとかするでしょ」
「痛くねぇよ」

まるで跪くようだと思いながら前に屈んで手を取ると何時から居たのか芯から冷たくて、文句を言うと黙ってただ困った様に笑うからああこいつはこんな仕様も無い理由で嫌われるなんて本気で思っているのかと心底、


「馬鹿だよねぇ」


---------------
ケータイ教えて貰えない筆頭。
♪→ ×クホーン『夕暮れ』


2014/10/05 ( 0 )





火点頃



自分の誕生日に恋人と過ごしたいと思う事は一般的だと思う。二人きりが望ましい、けれど。あの男にそんな時間は作れないだろうし、夏休みは稼ぎ時だとか鼻息荒くしていたし。大体メアドも番号も知らないが。けれども当日に、一言、何か言って貰えれば少しはあいつの脳か心か本当に何かに自分の存在を焼き付けてやれたのだと。
思いたかった。
補講させられていた元親に呼び出され、慶次にカラオケに攫われて、幸村に耳元で叫ばれて、元就に注文を勝手に済まされ佐助に市販のケーキで祝われた。
その時点で薄々気付いてはいたけれど、少なからず喜んでいる自分も確かにいたし、些細なわだかまりは流してしまいたくて無理に騒ぎ倒した、のに、会計の割り勘に手間取っている奴等を店内に置き去りにした隙にケーキ担当が一人近寄ってきた。

「ごめんね」

なんで謝るんだよ。別に大勢が嫌だとは言ってねぇだろう。そう返すべきだと思うが顔に力が入っている感が否めない。

「今日。知らなくて」
「知らなかったのかよ!?」
「朝、学校でチカちゃんに聞いた」

忘れる以前の問題だった。力が抜けて壁に凭れると隣で佐助も同じ様に壁に寄り掛かる。

「慌ててケーキ買いに行ったけど意味無かったね」
「クリーム食えないのも知らなかったか」
「いや、舐めてあげたら喜ぶかなって」
「お前はオレを何だと思ってんだ!?」
「だって嫌いじゃないでしょ?」

決して嫌いでは無いけれども。つーかされるよりする方がいい、ではなく。

「皆いるとも思ってなかったし」

疲れたように溜め息を吐いた佐助を思わず凝視してしまって、逆に睨まれた。

「なに」
「…他の奴がいなかった方がいいみたいに聞こえる…」
「あんたこそ俺を何だと思ってんだ」

馬鹿じゃないのと苦笑する顔に僅かな怒気が見えて、腕を掴もうとしたら逃げられた。距離を取ってケータイを取り出す。
すぐに自分のも鳴って、会計が終わったのかと見ればメールが来ていた。開けばケータイの番号とアドレスと、誕生日おめでとー、の祝う気皆無な一文。

「照れ屋さんな政宗君は口で言えないならメールすればいいじゃないー」

お前こそこの一言くらい口で言えよとか何でお前だけアドレス知ってんだとかメールって言いながらその指の動作は電話だろとか、色々。色々、本当に、言いたかったのだけれど。

「この番号に掛ければケーキな佐助がデリバリーされると」
「なんで!? 無ぇよ!?」
「わかった、ケーキはこっちで用意しとく」
「そのネタどこまで引っ張るの!?」
「それはだってお前、」

何だ彼だ言って結局自分が一番気にしてるんだなと内心呆れてもいた。

「誕生日なんだぜ?」

両腕を広げて言えば、破顔しておばかさんと呟いてから素直に腕の中に捕われた。
あとはどうやってあいつらを撒くかと考えながら今日一日、一度も触れていなかった躰を抱き締めた。



2014/10/05 ( 0 )





委員会から戻れば放課後の教室には伊達ちゃんしかいなかった。
隣のクラスのくせに我が物顔で人の席に座って、熱心に手紙を読んでいる。

「珍しいね。クラスの人?」

正しく言えばこの男に手紙は珍しくない。
今時、告白から不幸の手紙、呼び出しに果し状と様々なものが送られて来る。ただ、一度も目を通したことが無かった。

「年下みたいだな」
「じゃあなんだろう、いつも偉そうな先輩が大嫌いです、とか」
「なんだと?」

片目で睨むように見上げてくるのに、冗談だと返す。
同じクラスじゃないならクラブの後輩か。頻繁に顔を合わせるような相手だからちゃんと読んでるのかなとか思っていたら、手紙を見つめながら小さく笑い出した。

「気が合いそうだな」
「……へぇー……」

本当に珍しい。差出人は誰かなんて、ちょっと好奇心が湧いてきたのがなんとなく居心地を悪くした。

「……帰って読めば?」
「嫌だ。気分が悪い」
「あんた、人の好意を……」

てーかじゃあなんでじっくり読んでんだ天の邪鬼め。
ロッカーに委員会の資料を突っ込んで向き直れば、伊達ちゃんは突然手紙を真っ二つに裂いた。

「なにしてんの!?」
「何が」
「何がって!さっき気が合うかもって!」

ああ、と納得したように頷いてから、席を立ってゴミ箱の上で手紙を細切れにしていく。

「好みが同じだったから」
「よかったじゃん。なんで破くよ?」
「好みが同じだったから」
「はぁ?」

わけわかんね、と机の上に置いていた自分の鞄を掴むと手紙が入れられていたのだろう封筒が床に落ちた。
拾おうと手を伸ばした先に、丁寧な字で自分の名前が書かれていた。しかし見覚えが全く無い。

「…………ちょっ、嘘!ぎゃぁ!俺!?」
「汚ねぇぞ」
「何してくれてんだあんた!!」

慌ててゴミ箱を覗くが分別すらされてない学校の備品に手を突っ込む勇気はない。

「俺読んでないのに!」
「読まなくていい」
「はぁ!?」
「知りたいならオレが教えてやる」

未練がましくゴミ箱を見つめていたら、椅子に掛けていた鞄を肩に担いでさっさと帰り支度を済ませた伊達ちゃんに襟首を掴まれた。

「他の奴の言葉なんか聞くな」

気分が悪い、と不機嫌な顔で呟く男に引き摺られながら、まずは標準の男子に取ってのラブレターの価値について説教をしようと思った。

話は、その後で、教えて貰おうじゃないか。


ひとでなしが、ふたり




2014/10/05 ( 0 )




prev | next






戻る



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -