なんとなく、な噺


額当てを取られて、外気が触れて自分の顔の輪郭が確かになる。
首を反らせて仰げば雲に霞んだ月が見えた。
首に舌が這う感触がある。顎の下を髪の毛が擽る。
雲が多いが、風が強いからか月が隠れそうで隠れない。暗い雲の上を白く照らしてばかりいる。
目は月を追ったまま、鎖骨辺りにあった頭に手を添える。指に眼帯の紐が引っ掛かった気がした。

「…どうした」

掠れた声が抑揚無く呟く。

「どう、と言われても…」

深い意味や確固とした意思は無いのだけれど。
隻眼が視線を辿ろうとして顔の側から夜を仰ぐ。

「空が?」
「月が、」

此所まで降りて来ないなと思って。
言葉にすると余りに愚鈍に過ぎて、最後まで声にはしなかった。

「huh?」

竜は鼻に掛かった声で疑問符を口にした。

「…cry for the moon?」
「何それ?」

珍しく自分から訊き返した。
普段なら意味が解らないと流す所だったと、後で思った。だから目が合った竜が笑っていた理由もその時は解らなかった。
竜は啄むように接吻してから月を背負って口を開いた。

「月が欲しいと泣く子供」

駄々を捏ねる幼児に諭すような口調で言われた。

「泣きはしないよ」

道理の判らない子供のような事を言ったのだから笑われても仕方無いか。

「贋物ならあるけどな」

詰らなそうに視線を逸らして言う独眼に、尤もだと頷いた。

「そうだね」

部屋の中を振り返れば灯も無い部屋に鈍く光る三日月。

「紛い物でも、いいや」

呟いた背の先で障子が閉じられ、差し込んでいた光が細く薄くなった。
閉じ込められた月に伸ばした手は、上から捩じ伏せられた。背に人間一人分の重みと温みが迫って来る。
身を返し、上から見下ろしている独眼を見上げた。
暗きに浮かぶ猫の眼は一つしかなく金に光る。
所詮、真贋を見抜く眼は持ち合わせていない。この手に出来るならば贋作でも壊れ物でも構わない気がした。
精々鳴いてやろうかと、視線を流した先で障子の隙間から光が床にさらさらと注がれていた。

淡く、幽かに。 光が降る。
さらり、さらりと。

靡く髪みたいに。




2014/10/11 comment ( 0 )







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