烏有反哺之孝


中々好い戦をしたと思った。

総大将はまだ生きているがあの猪武者も騎馬隊も世には無く、自軍の損害は比べて軽く済んだ。歴然とした兵力の差。正に風前の、と云うやつだ。
何よりあの男に勝ったという事実が気分を高揚させる。邪魔もなく、真っ向からの真剣勝負。あの昂奮が二度と無いかと思うと少し惜しい気もするが、勝利の酔いには比ぶるべくもない。酒も一層美味いと云うもの。
空になった杯の代わりに、手に入れた六銭を目の高さに持ち上げて眺める。

「返してくれる?」

風が吹き抜けると同時に声がした。見れば室の隅で忍が腕を組んで憮然とした顔で立っている。

「勝手に取るなんて盗人だよ」
「お前がな」

己が取った首級だけが盗まれたと聞いた。予想はしていたが、人の戦利品を横取りしやがって。
指で示すと、忍は素直に傍まで来て指した場所にぺたりと座った。

「無いとあの人が困るでしょ」

珍しいと思ったが警戒する理由がなくなったのだから当然なのか。

「武田のおっさんは」
「雪辱に燃えてるけどー?」
「他人事かよ」

事実、他人事なのだろう。仇討を考えているなら呑気に隣に座ってなどいない。
六文を首に掛けてやると、窺うような目で見てきた。

「俺に飼われろよ」

即座に横に振ろうとした橙の頭を撫でるように抑えた。嫌そうにその手を掴んで床に押しつけたから、掌の向きを変えて握る。

「俺の、」

言ってる途中で、遮るように肩を揺らして笑い出した。睨むと至極嬉しそうに笑った声で言う。

「死んでも御免だ」

突然に風が舞って思わず目を閉じる。直ぐに開いたが既に忍の姿はなかった。

手の中には夜の羽が一枚落ちていた。


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烏有反哺之孝:《故事》からすでさえも、ひなのとき養われた恩返しに、口の中に含んだ食物を口づたえに親鳥に食べさせる孝行心がある。転じて、人はなおさら孝行心をもたねばならないということ。〔梁武帝・孝思賦〕



2014/10/10 comment ( 0 )







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