『 I HATE YOU 』「あいへいとゆう、なんだよ」
縁側で庭に足を投げ出して佐助が言う。
隣を歩く烏の爪が板を鳴らしてかつかつと音がしていた。
「だから?」
「………あれ?」
縁側に背を向け、座敷で本を読んだままあっさり答えた政宗に佐助は思わずその背を振り返った。
「聞いてた?あい…えーと。あい、へい、と云う」
「何の掛け声だ」
言いながらも政宗の視線は本から逸れる事もなく、紙を捲る手だけが動く。
「嫌いだっつーんだろ。今さらなんだ」
「あれー?」
佐助は首を傾げながら、庭に向き直り所在無く足を振る。
「おかしいなぁ。わざわざ異国の言葉で言ってんじゃねぇよ死ね!帰れ!ってなるはずなのに」
「ならねぇよ」
言って、本を閉じて立ち上がる。続く声は露骨に呆れた調子だった。
「嫌いって言われたくらいで怒るかよ」
「怒らないのっ?」
部屋から出て、驚く佐助の傍らまで行くと、烏が羽を拡げて庭に飛び去った。
その様を一瞥し、政宗は佐助の横で片膝をつく。
「アンタ、オレを餓鬼か真田くらい馬鹿だと思ってんだろ」
「ってーか旦那と子供を同列にしたか今!?」
「アンタが怒ってどうすんだ」
気色ばむ佐助に呆れたように返して、顔を背けようとするのを口付けて遮り政宗は言葉を続ける。
「そんな事言うためにわざわざ来たのか?」
「あんたが来いって言ったんだろうが」
睨まれて、政宗は笑いながら佐助の腰に腕を回す。
「どう言えばオレが応えるか考えていちいち小十郎に訊いてまで慣れない言葉を使う程オレが気になるのか」
「なんかもう前向き通り越して前のめりだね!」
佐助は政宗の立てた膝をぺしりと叩いてから、腕の中から逃れようと身を捻った。
「オレもアンタは嫌いだぜ?」
「お?」
じゃぁ帰っても、と目を輝かせた佐助を力任せに引き寄せる。
「その顔見る度に、前後不覚になるくらい泣かして淫らがましく詫びさせたくなるよな」
「変態だった!失敗しました小十郎さーん!」
政宗を両手で押しやりながら、小十郎が控えているだろう室を向いて喚く佐助に、政宗の動きが唐突に止まる。
「…? なんだ?」
気付いて、佐助も訝るように向き直った。
「なんで」
小十郎は名前なんだ、さんまでついてんだ、と言うのを飲み込んで、政宗は平然とした顔で続ける。
「もねぇよ」
しかし声は完全に不機嫌だった。
隠す様に政宗の肩に顔を伏せてから、震える声で佐助が言う。
「こどもじゃん」
「うるせぇ」
政宗は、その緩んだ顔を殴る代わりに不愉快な口に噛みついた。