狐の嫁入り「shit!ふられた!」
突然現れて、兜を脱ぎ肩で顔を拭う政宗を見て佐助は目を見張った。
「誰に!?」
抱えていた洗濯物を投げ出して身を乗り出したその顔を、包む様に両手で捉えて政宗は笑みを浮かべる。
「心配しなくても本命はアンタだけだか」
「いらねぇ。だれに?」
にっこり。と完璧な笑顔で問う佐助に、不穏な空気を感じ取り政宗はなんとなく手を離した。
「…じゃなくて、雨に降られたんだよ」
「見れば分かるよ。真田の旦那今いないから、帰れ」
「待つかどうか訊けよ」
佐助は投げ出した洗濯物を抱え直して、踏み石に足を掛け庭から入ろうとした政宗を振り返る。
「上がるなよ、床が濡れる。雨が止んで服が乾くまで外にいろ」
「人でなしだな!」
言っている間に徐々に雨足が強くなる。佐助は溜め息を吐き、抱えていた山から浴衣を一枚取り出して政宗に投げると背を向けて座敷で一人衣類を畳み始めた。
Cool過ぎんだろMomと呟いた声を背中で跳ね返し、佐助は黙々と畳み続け、終わった頃まだ縁側に腰を掛けていた政宗越しに青空を見た。
「…晴れてるじゃん。帰れば?」
「huh?まだ降ってるだろ。つーか帰そうとすんな」
言われて、よく見れば天気雨になっていた。これなら真田の旦那が帰る頃は濡れずに済むかなとか思っていると政宗が思い付いたように呟く。
「狐の嫁入りだな」
「ああ。言うねぇ。そういえば」
大量の畳んだ衣類を両腕に抱えて立ち上がりながら佐助は狐の様な髪色の美人を思い出した。
「嫁かー…。いいなぁ御新造。美人妻ならなお良し」
「そうだな。天狐とか」
空を見上げたままさらりと言い放つ政宗に佐助は持ち上げた洗濯物を落とした。
「なっ、知っ、誰っ」
崩れた洗濯物を掻き集めながらあたふた言う佐助を一瞥し、政宗は口角を吊り上げる。
「天の狐たァ…さぞいい腰してんだろうな?」
「腰っ!? 誰に聞い…っ、だんなが!? っあっあいてにされてませんから!」
自分で言った直後に佐助は床に手をついて首が落ちそうな位に項垂れる。誰にだよと呟いた声を聞き流して政宗は視線を庭に戻した。
「相手ねぇ……運が良ければ見えるんじゃねぇか?」
「はぁ?」
怪訝な顔で睨むと、政宗は誘うように軽く手を振ってから、空に向かって指を差した。仕方無く政宗の隣まで出た佐助は空を見上げて、うっすらと浮かぶ色を見つける。
「…虹?」
「虹霓は雌雄がいるんだぜ」
知らねぇのか、と呆れた声で言いながら佐助の手を取る。
「竜の一種とも言うな」
へぇ、と感心した声を洩らす佐助に政宗はつまらなそうな顔をして、手を掴んだまま佐助に耳打ちした。
「嫁に来るか?」
何でそうなる、と聞き返そうとした言葉を飲んで、気づいた佐助は別の言葉を噴き出した。
「旦那クサイ!」
「臭うみたいに言うな」
気障っつーんだよと不貞腐れた声で言う政宗に、佐助は妾の間違いじゃないのかと呟いて、政宗の隣で暫く空を見上げて笑っていた。
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狐の嫁入りがあったら大体虹が出るよねという妄想。