夕暮れ



どうやら本気で怒らせてしまったらしい。

毎朝同じ電車同じ車両に乗っていたのに突然見なくなった。帰りも何かしら理由をつけて時間をずらされた。しかも教室では至って普通だから始末が悪い。態度が悪いなら文句も言える。避けられたなら否応無しに捕まえて問い質してやるのに。
朝から普通に挨拶をして忘れた課題を写して昼は揃って他人の弁当の卵焼きをつついた後各々に午睡を楽しむ。普通過ぎておかしい。まずその隙が無いが、どうして怒っているのかと尋ねてもなにも怒ってなんかないじゃん、どうしたの気持ち悪い事言って等と訊き返されて有耶無耶にされるに決まってる。
しかし絶対に怒っている。
けれど頭を下げる気は無い。
始め怒っていたのはこっちだった筈なのに。そうだ。確かに先に頭に来たのは自分だ。だってそうだろう、一緒にいるのはオレなのにその口からは幸村の話しか出て来ない。物心ついた頃からずっと一緒、親より先に名前を呼んだなんて過去を鑑みても生活の大半が幸村で占められているのだと、判ってはいる。理解はする、が許容は出来ない。手に入れたと思ったのにいつまでも手応えがないから、オレはアンタにとってそんなに軽いのかと自分の腑甲斐なさを棚に上げて詰った。
自分が思う程アンタは必要としていないからもういいと、思ってもいない事だけはすらすらと吐き出した。そんな事ないと嘘でも言えば騙されてやったのに困った様に眉尻を下げて笑って、何も反論をしないから、腹が立って振り切る様に背を向けて家に帰った。何も言えないなんて図星だったのだろうとしか思えなくて、不信を不安に擦り替えて人の所為にした。
それが現状の微妙な距離感の原因ならば、あいつの出した結果で結論なのだろう。
眺めるだけの、当り前の関係に戻って二度と触れてくれるなと。だったらこの先二人きりになんてならないし、同じ車両にも乗らないし隣に座らないし肩だって貸したりしない。あの髪も声も肌も知ってしまったから失うのが惜しいだけだ。どれだけ甘く覚えていても結局は生きるのに必要なんて無いから時間が経てばいつかは忘れてしまえる。
帰りの電車で斜光に照らされた色素の薄い髪が鮮やかに浮き出て、その下の顔が眠気に緩むのを見るのが好きだった事も。起こした時の羞恥が浮かぶ苦笑も。休みもなく学生と主夫業とバイトと追われていれば疲労も溜まるだろうと一度、同情から代わりに食事を作ってやったらごめんねぇと困った様に笑ってああこいつはこんな仕様も無い理由で疎まれるなんて本気で思っているのかと心底馬鹿だと思った。迷惑なんか無いからもう少し頼ればいい。甘えていいんだと、甘え方も知らない奴を甘やかして手懐けた。
始めから同情なんかじゃなかったと判ってる。それで構わなかったはずなのに、いつからこんな女々しい人間に成り果てたのか今も足が重くて駅の椅子から動けない。電車がホームに入る度に待っても来ないと知っているのに、もしかしたら、降りて来ないかと。もしも停まった車内にいれば追いかけて捕まえて羽交締めにして、それで。謝罪なんかしない。けれど許してやると言えば何様だと笑って水に流すだろう。結局何も変わっていないのに、構わないと、今なら。まさかこれ程までの喪失感に襲われるとは思いもしなかった。

鼻を啜るのは寒さの所為だと言い聞かせ、椅子から立ち上がって帰ろうとしたその階段に。寒さに身を縮こませて座り込む男が、恨めしげな目で見上げてきた。

「風邪ひいちゃうよ」
「……いい加減ケータイ教えろよ」
「やだよイタメールとかするでしょ」
「痛くねぇよ」

まるで跪くようだと思いながら前に屈んで手を取ると何時から居たのか芯から冷たくて、文句を言うと黙ってただ困った様に笑うからああこいつはこんな仕様も無い理由で嫌われるなんて本気で思っているのかと心底、


「馬鹿だよねぇ」


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ケータイ教えて貰えない筆頭。
♪→ ×クホーン『夕暮れ』



2014/10/05 comment ( 0 )







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