Marchen【磔刑の聖女】スキビ


「ウフフ……あちらですわ、蓮様…」

人形と見紛う少女は、男の腕に抱えられ笑みを溢す。
少女の示すまま、男は歩を進めてとある建物の前に辿り着いた。

「此処…かな?マリアちゃん?」
「ええ!なんて潔いまでの怨みなのかしら」

少女と男が話している横をすれ違った旅人が、古びた扉を軋ませながら建物の中へ入って行った。
男もその後に続くように足を踏み入れる。

「参詣の途絶えた教会…。──旅歩きのヴァイオリン弾き…」

男より先に入った旅人は据え置きの長椅子に身を投げ出していた。その傍らに置かれた荷物から旅人の生業を推察し、男は旅人を一瞥して更に奥へと足を向ける。
正面には、他の教会と大した違いはなく十字が掲げられていた。違う事は、十字に磔られた影が男の姿ではないという事だ。

「御像となった磔の聖女、か…。君は何故、この境界を越えてしまったのか……」

さぁ、唄ってごらん──。

男の声に誘われ、聖像の陰から一人の女性が姿を現した。その顔を覆う仮面の羽根が震えて、女性は口を開き、語り出す──。


私は、いつも一人だった。
母には疎まれ、只一人の友人は幼い頃に別離を告げて去って行った。
兄とも弟とも慕う婚約者の態度は冷たく、それでも彼だけが今生の縁(よすが)であり、どんなに辛い人生でも、友との思い出が悲しみを吸いとってくれる救いだった。
けれど…──。


「おいキョーコ。お前、レイノの野郎と結婚しろ」
「え…?どういうこと?私はショーちゃんと結婚するんでしょ…?」
「何だよ、キョーコのくせに俺に口答えするのか!?」
「ご、ごめんねショーちゃんっ……でも、ずっと昔からそう決まっていたのに……」
「お前がいたら俺が他の女と結婚できねェだろ?レイノが求婚してきたから丁度良い、お前みたいな地味で色気の無い女なんて呉れてやるよ」
「…今…なん、て…!?」
「親が勝手に決めただけで、俺はお前なんかと結婚する気は無ぇって言ってんだ」
「嘘…でしょ…?…どうして…!?」
「レイノが嫌なら、テキトーに理由作ってやるよ。そうだ、お前誰かに貰ったっつー石ころ大事そうにしてたよなァ。昔出逢った男が忘れられないって事にするか。他の男を待ち続けてるお前に俺は裏切られて婚約破棄。これで悪いのはお前、可哀想な俺はやっと他のイイ女と結婚できる訳だ」
「どうして急に……──っ!まさか……爵位を継いだから……私が邪魔になったのね!ショータロー!!」
「解ってんじゃねーか。おい、誰か!──このバカ女を磔にしろ」



「──成る程、それで君は磔にされた訳だね」

頷いた男が黒髪を揺らすと、腕の中の少女は顔を歪めて笑う。

「自己顕示欲の強い男ですこと」
「しかも己の罪を晒し続ける詰めの甘い男のようだよ。そんな愚かな男に関わるのも気が進まないけれど……まあいい。さぁ、復讐劇を始めようか」

嫌悪を顕にしながらも男は指揮棒を取り出して女性に似合う結末を思案する。
一気に語り終えて肩で息をしていた女は、復讐を勧める男に固辞を示した。

「いえ。私は、そんなことを望んでなどいません……」
「へぇ……本当に?」
「っ嘘です晒し者にしてくれて怨み骨髄に入るとはこの事かと思っておりましたぁぁぁ!!」

キュラリ、と突き刺さる笑顔を向けられて、男の怒りを敏感に感じ取った女は蒼白になりながらその場に土下座した。

「罪には罰が要るものさ」
「復讐は罪が故に、ですわ」

怨みを恥じることは無いと男と少女は笑う。
二人を見つめ──正確には少女を抱える男を見つめて、女はやはり否と答えた。

「復讐を望んでいたのも本当です。でも、……貴方が逢いに来てくれた。私にはそれだけで十分…」

女に見つめられ、男は怪訝な顔をした。
女は復讐者の仮面を外して男に手を差し出す。抱えていた少女を地に下ろして、男が女に向けて手を伸ばすと、その手に小さな石が載せられた。

「本当に…覚えていないの?」

──これは、悲しい気持ちを軽くしてくれる魔法の石なんだ
──本当に?すごい!大事にするね!

男の手から滑り落ちた指揮棒が、床に落ちて乾いた音を立てた。不安気な顔で見上げる少女に目もくれず、男は愕然と女の顔を見入る。

──あなた、誰?
──俺の名前は久遠だよ…君は……

「──……キョーコちゃん…?」
「久遠…そんなになってまで、逢いに来てくれたのね…」

男から零れ落ちた言葉に女は微笑むと、立ち竦む男を抱き締める。全てを思い出した男は躊躇いながらその腕を女の背中へと回した。

「そうか……俺は…君を想う事だけは、死んでも…止められなかったんだね……」
「蓮様…!?」

抱き合う男女を憤怒の表情で見上げ、少女は男の足にすがって喚いた。

「蓮様、そんな女の言う事、真に受けちゃダメですわ!復讐を続けましょう?それが私達の存在理由なんですもの!お馬鹿さんの復讐を手伝う事こそ私達の復讐……ねぇ蓮様、これまで楽しくやってきたでしょう?二人で色んな復讐を手伝ってきましたわね?これからもきっと楽しいですわ。このままずっと二人で復讐を続けましょう!貴方には私が、私には貴方がいるもの!ねぇ!ずっとずっと二人一緒にいましょう!? いや、いやよ蓮様、復讐を続けなくちゃいけないわ、じゃなきゃ私、私は、いや、いやいやいやぁ!!ねぇ、お願い、お願いよ、蓮様……」

懇願する少女の傍らに膝をつき、男は憐れむような顔をして少女の頭を撫でた。

「もう、いいんだよ…。マリアちゃん…」
「蓮様…っ、いやよっ、イヤアアアアァ!!!」

男の裏切りに少女は泣き伏し、慟哭する。
その頭を撫でて、男は諭すように語りかける。

「マリアちゃん…君が、本当に求めていたものは何?」
「復讐しなくちゃ……私、だって私は往けないもの。其処には……パパは私を許してなんてくれない……」
「摂理には赦されないかも知れない…。でも、貴女の御父様は本当にそれを望むのかしら?」

震える少女の背に手を触れて女は微笑む。同じように少女に寄り添っていた男も頷き、女と共に立ち上がると、茫然とする少女に二人は手を差し伸べて笑った。

「ずっと二人一緒にいるんだろう?」
「御父様に逢いに往きましょう?」

膝をついていた少女は、床を蹴って二人の腕に飛び込んだ。嗚咽を漏らす少女の肩を抱き、女は教会の外へと歩き出す。音も無く扉を開けて二人に先を譲ると、男は一度だけ教会の内を振り返った。

「誰も恨まず、死せることを憾まず……必ず其処で逢おう」

男が踵を返すと同時、教会の扉は音も無く閉じられた。



コツ、と床が小さく鳴った音を耳聡く拾った旅人は、御像の下に転がる小さな石に気がついた。

「ほぅ……菫青石か?聖女様の思し召しかな?」

これは返礼をせねばなるまいと旅人はヴァイオリンを取り出し、御像の前で奏で始める。

この暗闇の時代に愛という光明を求める者は少なく、愛の伝道師たる己にも迷いが生じていたのだが。
一途な恋に身を捧げた聖女の噂を聞いて訪ねてみたが、愛を伝える人生はやはり間違っていないのだと、旅人には聖女の石がそう語りかけてくるような気がした。



-----------
ローリィ社長(ヴァイオリン弾き)に無理矢理〆て頂きました。しかしエリーゼ生身かよって。
マリアちゃんENDの為、物語が原曲 儘ではありません。悪しからず。





2014/09/19 ( 1 )







戻る



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -