・白昼夢「戦を始めようとしているのだろう」
背を向けた女が怨めしい声で言う。
「さぁねぇ」
その背を眺めながら応えた。
「何処に仕掛ける気だ」
「敵に教えるわけないでしょー」
「武田が攻めるなら…っ」
振り返ろうとして、締め上げた腕が痛んだのか言葉を切った。
「上杉しかないって?了見狭いねぇ」
苦しそうだが内情を知られたら放す訳にはいかない。探られた腹が痛いと特にね。どうにか見たものを忘れてくれるか、或いはその口を完全に塞ぐか。
考えながら口は思ってもいない事を喋っている。
「軍神と取引出来るかなぁ」
女が息を詰めたのが背後からでも見て取れた。
「あの方がそんな誘いに乗る訳が…!」
「当然だろ」
有力武将や嫡子じゃあるまいし。忍と人質交換する訳が無い。寧ろ、正体の知れた忍が捕まった時点で取る行動は決まってる。それをしないと云う事は、生きて戻れると思ってるのか?
「…違うか」
死ねないんだな。自害って選択肢が無いんだ頭の中に。
「忍辞めれば?」
「っ私は!あの御方のつるぎになると決めたんだ!」
「…頭悪いよね、あんたって」
心底呆れちゃって脱力する。理由が欲しいならもっと単純に、
「女になっちまえばいいのに」
言って三つ数えたら耳まで真っ赤になった。
「…やっぱり阿房だ」
お前は真田の旦那か。否、今の言い方じゃ旦那には意味が通じないかな。
「そんなに軍神がいいかねぇ?俺さまの方が男前なのに」
呪い殺されそうな目で睨まれた。
冗談のように軽く言うがまぁ少しくらい本気って言うか、ね。
「お前は選ばない」
「うわ、ひでぇ。速攻で振られたよ」
「違う。お前がだ」
「あ?……あー…」
女の子は大好きだけど。命懸ける程かと言われればそれは無い。捧げる相手は疾うに決まりきって居る。
「…そー…だねぇー」
「私も選んだ。裏切りと云われようとも」
それが旦那でも俺さまでも無かっただけか。
「…莫迦だねぇ」
手近な所で済ませておけば、こんな面倒は無かったのに。後ろから歯を立てて首に痕を付けると、気付いて恐ろしい勢いで腕を振った。避ける振りで手を放してやって、中距離まで離れる。
「何を…!! 馬鹿か貴様!!」
「お互い様」
本気で嫌がってるのに首を押さえて赤らむ様が微笑ましい。
「夢って事にしておいてやるよ」
「…なに…?」
「御馳走さま」
首を指して笑うと、真っ赤になって苦無に手を伸ばしたが、近づいて来る他人の気配に気付いて姿を消した。
「佐助?いるのか?」
「…なんですか旦那?」
「何をしているのだ?」
「…昼寝、です」
笑いながら答えると、立ったまま寝るのかと不思議がられた。