ひょうひょうと
月が細いから今夜は星がよく見えた。
地では灯された篝火に照り変える顔がどれも喜々としていた。
「佐助」
「はいよ」
隣では旦那が頬を赤く染め、揺れる視線は何を映しているのか定かではない。人垣の中心で騒いでいる大将と一緒にいないのは酒が回って既に立てる状況ではないからだ。
それでもとにかく呼ばれたので空いた杯に酒を注いだ。否々、と空いた片手を彷徨わせ酌を断りながら、旦那は結局は注がれた酒に見入る。
「……やったな」
「やったねぇ」
天下というものの実感は無い。旦那が働き大将が収めた所で自分の在処に何等変わりはないのだ。
「こんなものか」
「お?なんだ、大きく出るね」
達成感が足りないから大将に下剋上でもするのかい、酒を注ぎながら言うと、呂律の回らない舌で馬鹿者ぉと謗りながら、杯を持った手で殴りかかってきた。中身がこぼれて床が濡れる。その杯を奪って拳を受け止めるとひとの膝の上に力無く転げた。
「いや、んー…お館様、ではなく……」
「……ああ、…」
もう何を言うべきか等と悩みはしない。旦那の中で終わった事として片がついている。
欠けた存在に物足りなさを感じ、膝を折って生きられる事を知り、それをよしとしなかった生き様を反芻しているだけだ。
「もう、戦も無いんだな」
「だろうねぇ」
武士は主人から民衆へ守るものが変わるだけだ。俺は変わらず大将の為に働く旦那を守るだけ。
「さすけー」
「はいよー」
膝の上に転がって意味も無く人の名を呼ぶ酔っ払いに返事を返す。
多分、戦も無く皆が幸せに均された明るい世界 は、夜に棲むものには生き難いだろうけれど。この声に呼ばれる限り満たされた命であるはずだ。
「げんきだせーさすけー」
「えええ」
突然何を言い出すのかと目をやった膝の上の異様な赤ら顔に驚いて、主の顔をやっと正面に見たのだと気がついた。
己が未練がましく夜を睨みつけていた事に何を想っていたのか悟る。
「…うそだろ…」
最期まで捧げようと決めた心に後悔は無い、けれど、恐らくこの命が尽きる時は、馬鹿な男がいたもんだなぁって哀れむように笑われるんだろうと。
思っていた事に吃驚だ。
「coolじゃない、ってか」
見上げた月は嫌味なまでに滲んでいた。
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光の中行くのなら 心には三日月を
さらされし道こそ 静かに見据える
闇の荒野行くのなら 心には太陽を
力まかせ信じて 強く踏み出せ
所詮この命 意味などない