・dice(サイコロ)「雪どころか槍でも降るんじゃねぇか?」
「それは出来るかも知れないね」
旦那の得物だものと呟いて笑う。上辺でしか笑わない忍びが珍しく満面の笑みを浮かべて、部屋の主より先に、敷かれた寝床に俯せに寝転がっている。いつもなら嫌がって近寄りもしないくせに、かなり機嫌がいいらしい。
「どうやった?」
「お願いした」
「休みを下さいって?土下座したってくれねぇんじゃなかったか?」
以前そう言って項垂れたのを覚えていた。
「これで」
言って、忍びは近くにあった器を手にすると何かを放り込み、逆様に伏せた。
「odds」
「…どっちよ」
「半」
忍びが器を持ち上げれば、賽が二つ転がっていた。
「正解」
賽の目を数えて忍びはへらりと笑う。
「賭けたのか?」
「正しく言えば勝負したんだけど」
言って、床に置いた器に賽を投げ入れる。ちりんと高い音が鳴った。
「俺さまが負けた時の条件無しだったからねぇ」
「unfair」
笑うと、忍びは意味を問い質したりせずに口許だけで笑んだ。
「旦那もやってみる?」
「何賭けんだよ」
「そうだなー…勝ったら、もう来なくてもいい?」
笑って言っているが声は本気だ。
「だったら、オレが勝ったらこのまま此処に住めよ?」
「うわ。本気?」
「さぁな」
目を瞬かせる忍びにそう返すと、賽を摘み上げて忍びが言う。
「さっきと同じでいい?」
訊きながら臥せていた体を起し、賽を指先で弾いて中空に放る。
「ああ」
応えた間際、落下途中の賽を器で掠めて床に伏せた。器の底を指で押さえながら伺うような視線を寄越す。
「stop」
「…えっと?止め、て事?」
頷けば、どうしてと挨拶のような軽さで問う。
「如何様じゃねぇか」
「…そんな事ないさ?」
「なら振る前に出す目聞いてんじゃねぇよ」
「其所は器用だねって褒める所でしょ」
器から手を放し、目敏いんだからと呟く忍びを押し倒した。
「ちょっ…賭は?」
「んなもん無効だろうが」
忍びは遮る様に顔の前に手を出して拒否するが、見下ろして言えば別段慌てた風もなく。
「さすが奥州筆頭。傍若無人だ」
「鴨になる気はねぇよ」
「それはどうかなー」
「what?」
「どうせばれると思ったからさ」
言って、忍びが顔の前の手を開けば二つの賽。恐らく器は伏せて置かれたままだろう。
「…shit」
「残念でした」
へらりと笑う忍びの手を賽ごと押さえ込む。確かめるのも癪で、目をやらずに足で器を蹴り飛ばした。
「俺さまに勝とうなんて百年早い」
そう言って、抵抗もしないくせに歪んだ笑みだけを浮かべた。