・dilemma(ジレンマ)「ねぇ。聞いてくれる」
忍びが仰向けに寝たまま天井を見詰めて独り言のように呟いた。
「幸村の愚痴なら聞かねぇ」
その顔に掛かった前髪を手櫛で掻き上げると、撫でられた猫のように目を細めて、忍びは吐息で囁いた。
「悩んでるのさ」
「うさんくせぇ」
「ひでぇ」
喉で笑う忍びの隣に臥せて、その横顔を眺める。
「で?」
「うん…」
催促すると一つ頷き、天井を見上げたまま片手を頭の下へ移した。
「あんたが嫌いなんだ」
「知ってる」
「うん。だから寝首を掻けばいいと思うんだよね、その方が色々と楽だし」
今、頭の下にやった手には苦無が握られているかも知れない。その刃を立てられれば、褥の下に潜めた短刀を取る。それだけの事だ。
「出来るならな」
実際には無傷とはいかないだろうが何時振り下ろされるとも知れない刃に脅えるなんざ滑稽でしかない。
「俺さまの本気を知らないね?」
「本気?」
嘲笑うと、身を返して覗き込んでくる忍びの顔が間近にあった。
「そんな上等なもん持ってんのか?」
下を向いた顔に掛かった髪で表情がはっきりとは見えない。
「さあ、どうだろう。…でもさ、もしあんたが戦以外で死んだらさ」
「あぁ?」
くたり、と俯せて何かを思い出すように瞼を伏せる。
「旦那が淋しがる」
「…いらねぇ…」
言われ、あの熱苦しさを思い出しつい本気で項垂れた。忍びは目を開き、何故か微笑った。
「泣いちゃうかも知れないし」
「…知るかよ…」
「どうしたらいいと思う?」
「どうしたいんだよ」
どうせ犬の様な主人に犬の様に従うのだろう。
投げやりに問えば、忍びは肘をついて俯いた。
「あんたを殺したいけど死なせたくない」
「…HA!ッははっ」
「ちょっと。一応真面目に言ってんだから」
声に不愉快さを滲ませて忍びは言うが、顔は仕様もなく笑っている。
「そんなもん悩みじゃねぇよ」
「ええ?どうして?」
笑って言ってやると、無感動な表情のまま身を乗り出してくる。
「そんな事ぁ、」
橙の髪を鷲掴み引き寄せる。痛みに顔を顰めたその耳朶に歯を立てた。
「毎日考えてるからな」
囁いてやれば、どんな表情を作ればいいか迷った挙句の無表情。
「…暇なんだね」
「こんな事するぐらいにな」
こめかみに口付けて揶揄すれば、それもそうかと一笑した。