「いいの?ほんとにもらって」
「ああ、構わん。私は全部読んだからね」
「ありがとう」
誰が帰っていいと言った?と腕を掴まれ阻止される興味深い本を無料で手に入れたナミは、上機嫌で廊下を歩いていた。
逸る気持ちを押さえ切れず、部屋に辿り着く前に持っていた本のページを捲りながら歩いていると声を荒げる兵士に行き当たる。
「貴様!本当は何が狙いだ!?」
「だから、部屋に戻るだけだ」
「嘘を吐くな!待て!誰が帰っていいと言った!」
「…どうしたの?」
兵士に腕を掴まれ怒鳴られていたのはゾロだった。
見つけてしまったからには仕方無いとナミが声をかけると、ゾロは知らねェ、と答えて掴まれた腕を振りほどいた。
兵士はナミの顔は見知っていたらしく、怒号は止んだがそれでもゾロを見る眼には疑心が色濃く表れている。
「この男が怪しい動きを」
怪しい動き?とナミは兵士の顔を一瞥してからゾロに視線を巡らせる。
「先程から何度も同じところをウロウロと」
「迷子か!」
「違ェよ!」
兵士の言葉にナミが思わず持っていた本の背表紙でゾロの肩を叩くと、ゾロは払いのけながら怒鳴り返す。
「それより……あいつら何してんだ?」
ゾロに言われてナミは内庭に抜ける出入り口から建物の外を見た。わざわざ廊下から身を乗り出して水溜まりだらけの地面を覗き込んでは嬉しそうに笑う人を示し、ゾロは気味が悪そうに見ている。そんなゾロにナミは呆れたように答えた。
「3年ぶりの雨だもの」
「…ああ、そうか 」
こういう事かと呟いてゾロは濡れた中庭を眺める。ゾロに詰め寄っていた兵士はそのやりとりを見て一応納得したのかナミにだけ挨拶をして黙って去って行った。
ナミも返事代わりに兵士に手を振ろうとして持っていた本を思い出し、壁に寄り掛かって内庭を眺めているゾロに声を掛ける。
「私も部屋に戻るから…」
「もう帰るのか?」
まだいいだろ、と空いた片手を掴まれて、ナミは僅かに頬を染め、短く息を飲んだがすぐに冷静になって溜め息を吐いた。
「…一人で部屋まで帰れないんでしょ」
「だっ誰が!」
「素直になりなさい」
連れて行ってあげるわよ?と詰め寄って問えばゾロは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「おまえこそ素直になれよ」
「何がよ」
「足。まだ痛ェんだろ」
ナミの手から本を奪って中庭に通じる階段に座らせて、ぱらぱらとページを捲りながらナミの頭の上からゾロが問う。
「もう治ったわよ」
「足音を聞く限り、歩き方がおかしい」
いつ聞いたのよとは思ったが、一度座って足を休ませてしまえば傷があった箇所が次第に痛くなってきた。無理をして見つかればきっと小さな医者は怒るだろう。そんな事で誰よりも疲弊しきっている彼の体力を消耗させるのも気の毒だ。
「…仕方無いわね。杖代わりにしてあげるわ。あと本も持って」
言いながらナミは立ち上がりゾロの腕に全身で寄り掛かった。
「人にものを頼む態度か」
「抱えさせてあげてもいいのよ?」
こうやって、と両腕を拡げて姫抱きの仕種をするとゾロは懲り懲りだと答えて眉間のしわを増したが、腕を振り解いたりはしなかった。