セントエルモの火[corposant] 廊下で誰かが騒ぎ始めた。
「…ん?終わったのかな?」
「くせぇ」
「なんでいんの」
机に突っ伏してる男の顔の前には調理実習で作ったカップケーキとその余った材料で一緒に作ったクッキーがあって、甘い匂いに唸っていた。
「OutgoListのBest3に入ってるアンタが悪い」
「なに?」
意味不明な事を言われた。ってーか、何で他に誰もいない教室で机一つ向かい合って座らなきゃいけない。
「用も無いのに電話なんかしねぇよ」
「は?」
「小十郎の部屋なんだからあいつがいるのは当然だし」
「そうだね。実家帰れば?」
実家でなくても帰宅すればいい。旦那や他の皆と違って追試の予定もないのに何で一緒に居残ってんだろう。
「花いっこで失う信頼って何?」
「………ごめん?」
何を言っているのかやっと解った。同時に思い出してちょっと噴き出した。
「まさか薔薇とは思わなかったね」
「carnationのがよかったか」
「オカンじゃねぇし」
バレンタインの日に、昼休憩に登校してきたと思ったらHAPPYvalentineとか言ってバラ一輪を差し出されて、受け取ったら教室がざわめいて旦那達が騒ぎ倒して。
「…その人なんでそんなこと知ってんの?」
つまり、電話してくれないとか小十郎さんの部屋で会うのは嫌だとか自分ではない相手に花を送りやがってとか。言われたんだろうけど花は学校での話だ。
「見られた」
「同じ学校だったのか!? やべぇ探しちゃいそうだ」
「顔も知らないくせに」
「知ってるよ?かわいい感じの子だろ?……旦那に似て」
ゆっくりと顔を上げて、上目遣いに見上げられても顔が引きつってるから可愛くもない。
「い、」
「いつかは覚えてないけど小十郎さん家の近く で」
二人で歩いてるのを見たのは結構前だ。あの噂って本当だったんだなーとか、相手の人旦那に似てるなーとか。
「だから絶対譲らねぇぞと思って、あんたが大嫌いだったんだけど」
「……そうゆうんじゃねぇよ」
もいっかい机に額をくっつけて俯いて、顔は仕方ないだろ。とくぐもった声で呟いた。旦那の顔が好みってことか。まあね、旦那は器量好しだけどね。
「いや、だからさ」
つむじをつついても起き上がらない。要点は旦那の顔じゃなくて。旦那とはそーゆーの、じゃないのもほんとは気付いていたし。嫌いだった、今は、
「やっと、あんたを好きになれそうな気がするんだ」
噎せやがった。
こっちは赤恥覚悟で言おうとしてんのに、上げた顔は不審を隠そうともしやしない。
「友達になろうよ」
言ったら目の前で口が閉まらなくなったから、クッキーを一欠片放り込んでやったら吐き出そうとして止どまった。
「おいしー?」
「馬鹿みたいに甘い」
「あんたの舌が馬鹿なんだよ」
噛み砕く音がいやに耳の奥に響くということは頭に血が上っているからで気を紛らわそうと追試が終わって廊下を歩く人たちを睨んでいたら膝を蹴られた。
「遅ェんだよ」
正面に座る男は机に片肘をついて顔下半分を隠しながら誰もいない教室の方を睨んでいて、赤い耳しか見えなかった。
♪
今どんな顔してる ちょっとしんどいけど楽しいよ
ほら 全部がお互い様な
さあ どんな唄歌う