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B Hush-a-bye, baby,
****************************「なるみちゃん?」
廊下から顔を覗かせた男の髪は鮮やかな朱。
探していた人物を見つけて、楽しげに駆け寄る。
「なるみちゃーん」
「しげざねだ!!」
絶望したように叫ぶ成実の横に座り、男はけらけらと笑う。
「見張りが見張ってなくてどうするの」
「もう嫌だ!あれ取ってこれ取ってやっぱいらなーい。って!政宗!」
体よく追い払われているのだと気付け成実。
「なるみちゃんがいないと俺さま肩身狭くって」
「成実だっつーの!!」
「うるせぇ。改名しろ」
背後で大音声に喚く馬鹿に言うと、視界の端に朱が混ざり込んで来た。
「…目の下の隈すごいよ…?」
仰々しい顔で言われなくても解っている。寝てないからだ。
覗き込んでくる顔は、左右を比べるように視線を動かして、くすりと笑う。
「いつも眼帯してるけど。蒸れたりしないの。擦れたりとか」
「しねぇ」
「伊達に独眼竜って言ってねぇんだよ!な!政宗!」
「お前どっか行け」
成実がうるさい。
うるさいのはいつもの事だがechoがかって聞こえて聞き取り難い。耳を押さえていたらいつの間にか朱髪が目の前に迫っていた。
「なんだ。近い」
「噂で聞いた事あんだけど……目ん玉無いって本当?」
「……うるせぇな…」
「やめろよ!怒られるぞ!」
成実が言い、朱髪が成実を見る。
怒鳴るのも疲れるから、筆に墨を染み込ませた。
「怒られるって…」
「昔よくイタズラして泣かして怒られたもん、な!政宗何すんだよぅ!」
「やかましいわ!」
僕は馬鹿ですって顔に書いてやるよ!人の恥晒してんじゃねぇ!
しかし睡魔の所為か上手く筆が走らない。力が入らない所為かも知れない、馬乗りに押さえ付けた成実が自力で逃げた。何か文句を言いながら部屋から走って出て行く。
全く何しに来たんだあの馬鹿は。
「!」
「いったー…何してんの…」
成実の背中を見送って、仕事に戻ろうと踵を返したら躓いた。足許に朱髪が蹲っていたのにも気付かなかった。
「邪魔なんだよ!」
「ひど!」
足で蹴って追い払って、広げたままだった書状の前に座って、何を書いていたのか思い出そうと数瞬迷う。
「…休んだ方が効率がいいんじゃない?」
「……。何もない所で寝られるか」
「坊っちゃんめ!」
悔しい顔をして、台を移動させる。何の真似だと言う前に、肩を引かれて男の脚の上に倒された。
これでどうだ、と得意気な顔が見下ろしてくる。
男相手に膝枕って。
「固い…」
「贅沢言うな」
警戒のかけらもない忍び笑いに、直に伝わる他人の体温。
「子守歌も付けようか?」
「餓鬼か」
無意識なのか頭を撫でるように動く手が。
異様に恥ずかしい。
何より恥ずかしいのは、そのまま本当に寝入ってしまった事だろう。
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Hush-a-bye, baby, on the tree top,
When the wind blows the cradle will rock;
when the bough breaks the cradle will fall,
Down will come baby, cradle, and all.
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