触れておしまいにしよう目的の人物は小さな店先の狭い屋根の下に立って空を睨んでいた。その手にはスーパーの袋。
「……なぁ」
「なに?」
くるりと愛想笑いをするこの男にこの問いは露骨過ぎると自覚している。
「女できたか?」
「え。いや、まだ……」
困惑したような声が返ってきた。いきなり何を訊くのかと思っているに違いない。
中学卒業以来に会ったのだから普通、新しい学校はどうかとか。幸村は変わりないのかとか。
「そっちは?」
「いや。なんかいまいち」
無難な問い返しに正直に答えると、眉間に小さく皺が寄った。機嫌を損ねる様な事を言っただろうか。
「あれ?男子校じゃなかったっけ?」
「彼氏も出来ないぜ?」
その訂正はどうかなぁ、と苦笑を浮かべる顔からはついさっきの不機嫌さが消えていた。
「……なんでだろうな」
機嫌の取り方が全く分からない。昔から沸点が解らない男だった。
流れ道なのか足下に水溜まりが広がって避ける。隣に立つ男の肩に当たった。
「雲の上の人なんだよ」
突然何を言っているのかと尋ねたかったが、また機嫌を損ねるかも知れなかったから別の言葉を口にした。
「仙人かよ」
「違うよ、……有名進学校だし、お金持ちだし」
誰の事だと思ったが取り敢えず続きを聞こうと黙っていた。
「一応美人だしさ。なのに喧嘩っぱや……腕力あるし?」
別に言い直さなくても手が早いことくらい自覚している。どうせ勉強している奴なんて眼鏡かけてて青白い虚弱体質とか、そんなマンガみたいな事を思っているんだろう。
「一歩引いちゃうっていうか、壁を感じるっていうの?」
そんなもの、物心がついた頃から感じている。今更。そんな事でわざわざ逢いに来たりしない。逢いに来たのだ。このオレが。こんな男に。
「……アンタもか?」
「俺ぇ?」
間の抜けた顔をして聞き返す男は、一呼吸して困った様な声で笑った。
「うん、そうだね」
感じてるのかよ。その無防備さで。
……それでも。高校に入って自炊なんか始めたり。気がついたら遊ぶ女より蜜柑色の頭を探してたり。重症だと思った。
「だからあんたから近付かないと」
だから来たんだ。
隣に立つ男の腕を掴み、何か言っていた口を塞いだ。説教も慰めも聞きたくはない。
「……あんたさ……」
顔を離すと睨むような眼で見られた。
手に入れないと終わらないと思った。手に入らないならいっそ関係を断ち切ってしまいたい。
あー、と呻いた男は面倒だと隠さず顔に出していた。不敗を誇るオレが遂にフラレるのか。しかも男に。 頃合いよく雨も止んでるし。
「……やっぱいいや」
聞こえたと同時、指に絡まる感触がした。反射で握り返してしまう。
予想では、キモイだの面倒だの悪態をつかれる覚悟で。見れば俯いた横顔は僅かにほころんでいた。狡くないかそんなの。オレばっか必死じゃねぇか。
「……そこでウチ来る?が言えないダメな奴だよアンタは」
顔を逸らしてそう言うのが精一杯だった。絶対顔がニヤけてる。見られてたまるか。
来る気かよ、と嫌そうに手を乱暴に振るが放してやるものか。
触れておしまいにしよう、なんて。
なんて脆弱な覚悟。
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