君を食べた一昨日の昨日



静寂を壊して、赤い髪をした人間の様なものが走ってきた。川の浅瀬を水飛沫を上げて我武者羅に走る。それを追うのは魔王の配下、何よりも血を見るのが好きな白兎。あれが追手ではあの人間は助からないと思った。其処へ咆哮が空を劈き、何処からか燃える獅子が現れ兎の前に立ち塞がった。
我が主の領域を侵した御覚悟有り耶、問う獅子に兎は退き、人間は平伏して人を捜して迷っているのだと訴えた。盲いた兄弟に目を貸した、龍の姿をした神を捜していると。それは恐らく我が友であると獅子は答え、案内を進み出た。
しかし人間はそこで突如崩れ落ちて地に臥せた。獅子は暫く迷った後、人間を抱えて去って行った。
獅子と人が連れ立って消えた後、再び静寂が戻ってきた。その時、眼前に流れてきたものに目を奪われた。煌々と月の光に照り返る、玉のようなもの。馨しい光を放つそれの、甘美な誘惑に逆らえず手を伸ばし、奪われては堪らないと腹に収めてしまった。
次の晩の月は迚も蒼く、淵の主が昂揚するのも解る禍々しくも澄んだ夜だった。
濃い霧の中、赤い髪の人間が再び現れた。燃える獅子を傍らに従えた人間は昨晩の玉の様な芳しさがあった。
触れたいと逸る思いを察知したのか獅子が遮る様に前に出てくる。赤い髪をした人間の、何事かを紡ぐ口が妖しく動く。今直ぐ腕の中に収め誰の目にも触れない様に隠していっそ奪われぬ様に腹に収めてしまいたい。強張る身体を抱き締めてその首に所有の証を刻む。身を引く赤い髪を逃すまいと腕を捕えると躓くように倒れた。緩んだ襟から覗いた首が匂い立つような色香を出している様に見えて、手を差し入れると触れた身体が跳ねた。濡れた唇の奥から淫らがましく赤い舌が覗いていた。徐々に露わになる肌が微かに震える態が艶めいていた。ひとの身体とはこの様な構造をしているのかと思った。
けれど正体も無く乱れる人間の熱で潤んだ眼の中に映る人影を見て我に返った。
嗚呼、何たる罪を犯したか。腹に収めたあの甘く響く光輝の理由を悟ったが、既に我が身に宿る光を破棄する術を知らない。腑を引き裂けば恐らく顕現するだろうが其れを奪われず返すには如何すべきか。
空に浮かんでいた月も姿を消していた。
人間の傍らにいた燃える獅子の存在を思い出し、住処を出た。あの獣の手を借りるなど業腹だが、今は已むを得ない。
東の空に白い月が輝く頃、獅子の棲家に辿り着いたが獅子は務めに追われていた。要領の悪い手際を眺めつつ待っていたが、どれだけ刻が過ぎたのか、何かが側に来た気配がした。
目を焼く眩しい陽光を背負い現れたものに、平伏したい衝動に駆られる。しなかったのは動いていいとも許可されなかったからだ。
一つしかない目を閉じ、再び開いた時、その口に笑みを浮かべて射抜かれた。

御前が乃公の右目かと問われ、恍惚に震えながら頷いた。


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小⇒君を食べた、一昨日の昨日
政⇒君を食べた一昨日の、昨日(は何もしてないけど)


2014/10/27 ( 0 )







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