U「無理じゃないよ」


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人魚の王様が棲む城よりも遥か深く、光も届かぬ海底にその城はある。海底火山から溢れ出す溶岩や有毒な空気に守られ、難破して流れ着いた宝物や白骨が敷き詰められたそこには、出来ない事は無いと謳われる程の強大な魔女が一人棲んでいた。

「ミューズ様〜〜〜〜〜!!」

おどろおどろしい雰囲気など微塵も感じさせない少女の声が深海に木霊する。
演出台無し、と強大な能力を持つ小柄な魔女は肩を落とした。

「キョーコちゃん?あたしは女神じゃなくて魔女なのよ?」
「ミューズ!私に美人になる魔法をかけてください!」
「キョーコちゃん、人の話聞いて」

キョーコと呼ばれた人魚は、腰から下の魚の部分を器用に折って土下座しながら海の魔女にすがった。

「お願いします、ミューズ!私を人間にして下さい!」
「……人間になりたいの?」
「はい!」
「いいけど……二度と海に戻れないわよ?」
「本当ですか!?」

展開の早さに驚きと歓喜が混ざった声を上げて、キョーコは胸の前で祈るように指を組んで両手を握った。
ミューズと呼ばれた海の魔女は、珊瑚で作られた棚から小さな瓶を取り出して、若い人魚の顔の前に突きつける。

「この秘薬を飲めば、条件付きで人間の姿になれるけど……」

震える手で小瓶を受け取ろうとするキョーコに、魔女は渡すべきか戸惑って、詰問するような口調になってしまう。

「本当にいいの?人間になれるけど、声が出せなくなるわよ?」
「構いません!」
「足で移動する度に、刃物の上を歩くように痛むのよ?」
「か、覚悟しています!」
「王子と両想いにならないと、泡になって消えてしまうのよ?」
「……きっと、好きになってくれます」
「君は馬鹿だろう」

僅かに頬を染めて決意を口にしたキョーコの頭の上から冷静な声が降ってきた。声と同時に目の前から小瓶が奪われ、キョーコは頭の上にある顔を振り仰ぐ。

「蓮さん!返して下さい!」
「見ず知らずの相手と両想いになるなんて、無理に決まっているのに」
「無理じゃないよ!私はあの王子様と結婚するんだから!」
「……『あの』、って?」

不機嫌な声と視線で射竦められ、キョーコはヒッと小さく悲鳴を上げて震え上がった。涙目になりながらも、蓮の手から小瓶を奪い返して一目散に魔女の城を後にする。

「れっ、蓮さんには関係ありませんー!」

涙声の捨て台詞だけ残して人魚が去った跡を呆然と眺めていた男に魔女が囁く。

「いいの?蓮ちゃん」
「……何故、俺に訊くんです?」

知らないからねと呟いた魔女は、無表情を繕う男の頭をぽかりと叩いて城の奥へと消えていった。残された男は一人になって暫くしてから、肩を落として溜め息を吐いた。


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2014/10/12 comment ( 0 )







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