X「つらいなあ、」


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うっうっうっ、と短い嗚咽が夜陰の中に延々と響く。

「モー子さんのうそつきぃぃ〜〜」
「嘘はついてないだろう」

小舟から岩礁に乗り移り、海に足を浸して蓮が冷静に突っ込む。
振り向いたキョーコの足は鱗に覆われ、魚の尾鰭の姿をしていた。

「彼女は人魚に戻る方法があると言ったんだ。ミスウッズ…魔女は、二度と海には戻れないと」
「うぅ〜〜〜っ」

悔しげに漏れるキョーコの声に呼応して尾鰭ががべちべちと岩肌を叩く。
キョーコは人魚の姿を取り戻していた。
海に落ちた瞬間その事に気づいたキョーコは、傍で意識を失ったまま漂う蓮の姿を見つけて近くに浮いていた小舟に蓮を乗せると、蓮を助けて貰おうと急いで海の魔女の元に向かおうとした。
けれども、深く潜るほど呼吸が苦しくなって泳げなくなる事に気づいた。
小舟の上で意識を取り戻した蓮は、何故と混乱しながら浮き沈みを繰り返すキョーコを呼び止め、自分は大丈夫だからと城から陰になった岩礁で休むよう提案した。

「大体、君は王子の心臓を貫いていないじゃないか」
「……はぇ!?」

だから魔女の魔法が不完全な形で解けたのではないかと言う蓮に、キョーコは納得しながらも、己の仕出かした事を思い出して青冷めた。

「でも私、蓮さんの心臓を!さっ、刺しっ…!」
「ああ、そうだね」
「そうだね、じゃないですよ!だっ、大丈夫なんですか!? 傷は!?」
「大丈夫だよ。俺の心臓は元々動いていないから」
「はぁ!?」
「俺の事はいいから。君はこれからどうするの?」

海の魔女がいる城は海底深く、今のキョーコの肺活量では辿り着けない。しかし人魚の尾では陸で生活は不可能だ。
こんな小舟かあるだけでどうしたら、とキョーコの不安に涙の量は増える。
落ち着いて、と微笑みながらキョーコの頬を伝う涙を指で拭う蓮に、キョーコは気恥ずかしさと苛立ちをぶつけるように怒鳴った。

「何で蓮さんはそんな嬉しそうなんですか!ひどい!」
「何故?君が泡にならずに済んだのに?」
「それはとてもありがとう!ですけれども!」

頬を膨らませて顔をそらしたキョーコを笑いながら、蓮は陸に聳える城を見遣る。
自分が以前見た女性は完全な人魚に戻って海に消えていった。
あの女性と今回のキョーコとの違う点は、蓮の心臓が生きた人間のものではなかったからか、それとも、己がキョーコの本当の王子ではなかったからか。
どちらだろうかと考える蓮のため息は重い。
自分がキョーコの王子ではないからだとしたら、切ない。

「……つらいなあ、片想いって」
「何を言ってるんですか!つらいのは私の方です!海にも陸にも帰れないんですよ!」
「俺は胸に穴が開いてるけど。色んな意味で」
「それはもうごめんなさいってば!」

ため息を吐く蓮と、泣きながら怒るキョーコと。二人を隠す夜は未だ明けない。


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2014/10/12 comment ( 0 )







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