V「もうやめようよ」


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海底に不自然に聳え立つ白亜の城は、人間の友人を持つ奇特な人魚の王が、人間の城を模して趣味で造らせたものだと云われる。
人魚しか入る事の許されないその城を、蓮は初めて歩いていた。
目的の部屋の前に立って声をかければ、中から一人の男が掴みかからん勢いで飛び出してきた。

「蓮〜!おまえなぁ!勝手にいなくなるな!」
「すみません、社さん」

お目付け役の立場がないだろと肩を落とす社の陰から顔を覗かせた海の魔女は、困惑した表情で蓮を見上げる。

「蓮ちゃん…」
「ミス・ウッズ。お願いしたい物が……」
「皆まで言うな。そいつは俺が用意させた、んだがな…」

人魚の王は蓮の言葉を遮って言ったが、自身も語尾を濁した。
蓮が魔女に頼もうとした薬は、王が既に内密に作らせていて、後は人魚の涙を混ぜるだけというところだった。キョーコの事情を知っていて、尚且つ自在に涙を流せる特技を持つ奏江を呼びに魔女が薬室を離れたその瞬間、侵入者が調合中の薬を盗んで逃げたと言う。
王の説明を聞いた蓮は、奏江が睨んでくる理由は不明だが、この場にいる理由には納得しながら部屋を後にした。

「おい、蓮!? どこに行くんだ!?」
「返して貰ってきます」
「え!? 犯人わかったのか!?」
「いいえ。勘です」
「えー」

不満顔の社を置いて、蓮は迷わず部屋の前に辿り着くと、立ち尽くした。
蓮が海の魔女の監視下に置かれているのと同じように、犯人だろう彼女は人魚の城に保護されていると知っていた。だから一度としてこの城には近づかなかったし、今も顔を合わさずに済めばいいと願う。
廊下から扉を叩かれ、部屋の中にいた人魚は弾かれたように顔を上げた。尾びれを翻し、慌てて窓を開けて身を乗り出す。

「やぁ、ティナ。久しぶり」

窓の外に立っていた蓮に笑顔で挨拶をされて、人魚は身を乗り出したまま固まった。廊下からノックをした社は恐る恐る扉を開いて中を覗く。

「もうやめようよ」
「…何の話かしら」
「君がキョーコを焚き付けたのは知ってる。陸のきらびやかな話だけを吹き込んで、海から追い出そうとしたんだろ?」

扉の陰で社は息を飲み、ティナと呼ばれた人魚は蓮を睨みつけた。拳を窓台に叩きつけたが握っていた小瓶には罅も入らない。

「あの薬の存在を知っているのは、あの薬を作った魔女と、作らせた人魚しかいない」
「……妖精の王子様ですって。可愛い子」

ふ、と息を吐いて笑ったティナの表情は泣きそうに歪む。握っていた小瓶がぎしりと軋んだ。

「許さないわ。貴方だけ幸せになろうだなんて。いいえ、貴方が幸せになる事だけは絶対に許さない。リックを殺した貴方が」
「……わかってるよ」
「いいえ、わかっていないわ。何故生きてるの?何故笑っていられるの?何故ひとを好きになれる資格があると思うの?」
「わかっているよ」

顔を逸らして同じ言葉を答え続ける蓮にティナは苛立ち、中身を捨ててやろうと小瓶の蓋を勢いよく開けた。

「君は、俺を憎んでいても、他のひとを不幸に巻き込むような事はしないって」

君が一番、解っているんだ。
顔を逸らしたまま蓮は言い、小さい声で続けた後、俯いた。
ティナは怒鳴るように大きく口を開いたが、声にならずに唇を噛みしめた。
大事な人を失う辛さも、未来を奪われる理不尽さも知っている。だからこそ蓮が同じ目に合えばいいと願ったし、彼女に同じ想いをさせてはならないと思った。
俯いた蓮の足元に何粒も真珠が転がり落ちては靴に当たって砕け散る。顔を上げるとティナが声もなく泣いていた。
零れ落ちる真珠を蓮が拾おうとしたが指に当たる度に砕けてしまう。ティナは落ちた涙を鷲掴むと乱暴に小瓶に押し入れた。

「もう一度死んでくれたら許してあげる」

茫然と見ていた蓮に蓋をした小瓶を投げつけると、ティナは言い捨てて荒々しく窓を閉めた。
鍵までかけて後ろ手に窓を押さえつけるティナの背中に、蓮は笑う。

「ありがとう」

死ねとか言われてありがとうって何だよと社は腹を立てたが、扉の陰から覗いている自分に説得力はないと自覚もあったので結局黙っていた。


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2014/12/22 ( 0 )





U「嫌いになれたらよかった」


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「寝言は寝て言いなさい!」

転た寝してごめんなさい!と人魚の少女は腕の力だけで身を起こした。

「……以上、寄らないで!本当に……──!」

何、誰、何処、と頭を振って声の出所を探していると、洞窟の外からドボーンと大きな水飛沫の音が響いた。何事かと海を見ると崖下で人影が溺れていた。

「大変!」

飛び込んだんだわ!
人間は長く泳げないと学んでいた人間経験者の人魚は、岸に寄せられた舟を押し出そうとするが腕の力だけではびくともしない。見ている間にも人影はもがきながら水面から沈んでいく。

「ああ、もう!」

舟を漕いでいく余裕はないと判断した人魚は海に飛び込んだ。
素早く人影の傍まで泳ぎ着くと、沈みかけていた人間と目が合った。すると人間は目を見開き、がぼっ、と口から大量の泡を吹いて更に激しくもがき出した。
己の尾びれを一瞥して人魚は驚かれてしまった失態を思ったが、人命救助の方が大事だと溺れる人間に腕を回した。

「大丈夫!?」

水面まで押し出すと相手は水を吐きながら咳き込む。
水面より上に顔を出したまま声をかけながら洞窟まで引っ張って泳ぐと、相手は暴れるのをやめて身を任せるように力を抜いた。

「貴女、名前は?」
「……千織」
「私はキョーコっていうの」

何度目かの同じ質問に返事があって、キョーコは相手の意識がはっきりしていることに安堵した。

「……になれたらよかった……」
「え?何?」

波を掻いていたキョーコは少女の洩らした声を聞き取れず振り返るが、少女の顔は逸らされたまま沈黙しか返ってこなかった。


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2014/12/16 ( 0 )





T「またそういうこと言って」


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水平線が朝を迎える頃、打ち寄せる波音に紛れて小さな舟が入り江の洞窟に入ってきた。

「ひとりで大丈夫?」
「大丈夫ですっ!」

男は、膝まで海水に浸かりながら自ら降りた小舟を押して洞窟の岸へと寄せる。
船から顔を出した少女は、男の顔を見ながら強い口調で言い切った。苦笑を浮かべ、男は頷くように黒髪を揺らす。

「本当に気をつけるんだよ。人間の間では、人魚の肉は不老不死の薬になるって噂があるから」
「またそういうこと言って」

脅かそうとしても無駄ですよと少女はつんとして顔を逸らした。その頭を撫でて、出来るだけ早く戻るから、と囁いた男は水面を揺らして海に潜って姿を消した。
残された少女は、暫くその波紋を眺めた後、所在なさげに視線を彷徨わせてそわそわしながら小舟に隠れるように身を潜める。

──人魚の肉は、不老不死の薬になるって噂が…──

……冗談よね?
ウフフと笑う少女の顔は引きつっていた。
不安を払うようにびち、と船床を叩いた少女の下肢は鱗に覆われていた。


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2014/12/07 ( 0 )





Dragon-K-Night


これは、すべての事象に『役割』が振り当てられた世界の話。

王様は生まれた時から王様だし、勇者は戦う事に是非を問わない。悪者は理由もなく悪事を為さねばならないし、太陽は空で輝き続けなければならなかった。

けれど、百万年に一度。
太陽が役目を休む日。月は空の一角から動くことをやめ、星も瞬く事を休んで、その宵だけは世界の全てが配役を忘れて、敵も味方もなくなる夜があった。



燃えるように輝く鳥が夜空を翻り、闇に溶け込んだ森に降りていった。

「うわぁ、遅刻しました?」

地に降りた鳥は一人の少女の姿をしていた。
少女の名は千織と云い、正しく求めた者にのみ死者を甦らせる神秘を与えるという、『霊峰に棲む聖鳥』だった。先程までは、その役割を果たしていた。

「いいえ。私達が早かっただけ」
「久しぶりね、みんな」

千織に声をかけられた少女たちも各々に、『星空を招く巫女』と『月の女神に仕える神官』という配役があるが、今夜限りは奏江と逸美という名の少女である。
彼女たちは其々が役目を与えられ、配置された場所に住まう。常時は交わる事はない存在だが、この百万年に一度の夜だけは集まって顔を会わせていた。
百万年に一度を何度繰り返しているのか当人たちにもわからないが、元々、誰の為の世界かもわからないのだからそんな世界に疑問もなかった。

「来たわね」

この前訪ねてきた『旅人』が軟派な輩でとても迷惑だった、同じ人が来たかも知れないわ、と話に花を咲かせていた二人は、奏江の声に会話を切った。
奏江の視線の先から草を踏む音が近づき、現れた長身の男は三人を見て安堵の息を吐く。

「間に合ったか?」
「…『殺人鬼』にでもなったんですか?」

男は全身黒尽めで目の色も血走っていた。以前見た、金髪碧眼の王子然とした姿とは雲泥だ。

「いや、この前『魔王』になって」
『はぁ!?』
「魔王なら王子なんかより今のキョーコと存在が近いしね」

終わらない悪業に嫌気が差していた『魔王』だった少年は、二つ返事で『名もない町人』という役についた。そして配役を奪われ道化として生きていた男は、新しく与えられた役に相応しい姿へと変貌を遂げたらしい。

「役割を変えるなんて、彼に会わなければ考えもしなかったね」

三人の娘たちは、喉を鳴らして楽しそうに笑う男に、そこまでするのかと呆れながらも苦笑を禁じ得なかった。
世界が正しく循環していれば、この夜この場にいるのはこの男ではなく、三人の親友である一人の少女の筈だった。
それを遮ったのは一人の青年だ。
己の役割に不満を持ったその青年は、『英雄』になろうとして、『幼なじみの少女』と協力して竜を倒した。
この世界のすべての事象には役割が振り当てられている。『王様』は生まれた時から『王様』で、『王様』以外の何者でもないし、何者にもなれない。
『成功を夢見る青年』は、正しくその役に殉じていたとも言える。
けれども、世界の仕組みを理解していなかった青年は、『竜』を倒した事で空席になった『竜』に替わる責任を負い、そしてその責めを協力者だった少女に押し付けた。
少女は一夜にして竜へと姿を変え、青年は竜になった少女を見捨て、民衆を味方につけて竜と敵対する。
それを知った『とある国の王子』は、青年から竜を自由にする代償に青年に役割を奪われた。

「さて、君たちに頼みたい事がある」

魔王になった男は、少女たちと向かい合うように、焚き火の前に腰を落とした。

「…何ですか?」
「キョーコの居場所は教えられませんよ?」
「私達はキョーコさんの味方ですからね」

銘々に少女たちは親友の名を語る。男は、嬉しそうに頷いて懐に手を入れて取り出した物を握りしめる。

「賭けは俺の勝ちだと証明して欲しいんだ」
「見つけられたんですか?」
「…見つける度に棲家を変えるのはズルいよね」

どんな姿でも構わないとかつての王子は少女だった者に愛を誓ったが、罪悪感と猜疑心に苛まれた竜は賭けを持ちかけた。
──百万年の内にわたしを捕まえられたらあなたを信じましょう。
始まりは百万年前の今夜。男は竜を追いかけ、見つけても竜は翼に任せて逃げてしまう。

「今夜、彼女は必ず此処に来る。君たちも、彼女に逢いたいだろう?」

三人は強く頷く。
信仰されるものと、悪に列なるものに振り分けられてしまったが、どんな姿に変わろうと友と思う心は消えない。しかし彼女は己の姿を恥じて、この男を通じて一方的に別れを告げて隠れてしまった。
俺は、と呟いて、男は手にした青い鉱石を月に翳すように持ち上げた。

「どんな存在でも、彼女を守る騎士でありたい」

宝玉の先、遥か上空に、風を唸らせながら怒号と共に森へ直滑降してくる竜の姿が見えた。


「とりあえずは、物凄く叱られないといけないけどね」


-----------

今宵は百万年に一度太陽が沈んで夜が訪れる日
終わりの来ないような戦いも
今宵は休戦して祝杯をあげる


ボクと魔王みたいな話になった…。
カインは泥棒をしてピンク色の竜を誘きだしました。


2014/11/28 ( 0 )





5. バイバイ、大好き



「あのね、カイト兄」
「ふん?」
「バイバイって、言ってくれる?」

今から真剣な話をしようというのに、スプーン咬わえながら振り向かれた。妹よりアイスの方が大事なのね。

「なんで?今からどっか行くの?」
「兄離れしようと思うの」
「へぇ?」
「ふつう、お兄さんとは一緒に買い物したりしないし、手を繋いで帰ったりしないし、アイス半分こもしないんだって」

むしろ仲良くなんかできないと周りの兄持ちの友達は言う。リンちゃんは生まれた時からレン君と一緒だもんねーとミク姉は気を使ってくれたけど。

「…………今さら?」
「今こそ!だと思うの」

何よりフラレたし。ふつうのきょうだい、っていう距離感がよくわからないけど、今ふつうに慣れておかないと家族になりきれない気がするから。

「だから、バイバイって言ってくれたら、兄離れするから」
「好きなのに?」

な ん だ と ?
そりゃあ空気も読まずに告白なんかして未だに未練タラタラだけどフッた本人に言われたくないしだからこそちゃんと妹になろうって覚悟を何でそんな蒸し返すみたいな、と泣きそうになって、我慢して、カイト兄を見たら、顔が真っ赤だった。

「待って、今の無シで」
「無シなんて無いね!ヒドイよ!」

何でカイト兄が赤くなるの。ムカついたからカイト兄のバニラを奪って一気に半分以上食べてやった。

「リンちゃんのが酷いよ」
「フンッだ!」
「待っててくれるって言ったのに」
「…へ?何が?何のはなし?」
「ほら。リンちゃんがヒドイよ」

ぐったりしちゃった。あたしがヒドイの?アイスじゃなくて?
おかしいな、あたしは今日こそフラレる覚悟をして。なのに何でカイト兄の方が古い話蒸し返して空気も読まずに告白したみたい、な?ん だ と ?

「…カイト兄」
「なに?」
「言って?」

しょんぼりするカイト兄にオレンジ味のアイスを半分こしてあげた。
カイト兄の頬っぺたは赤いままで、あたしは待たなくちゃで、きっとこの答えは間違えてない。

「……、──、……、っ…………」

カイト兄は真っ赤になって、ぱくぱくと口ばかり動いて声が全然小さくて、でも唇は最初のお願いとは違う言葉を言っていた。

「リンもだよ!」

声に出せなくたって伝わる事ってあると思う。
だって、あたしにはちゃんと伝わったから。


「…ナニしてんの、おまえら」

照れるカイト兄の背中にぎゅうってして頭ぐりぐりしてたら、声に出さなくても伝わる事って確かにあると思える目でレンが見下していた。


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時間経過がよくわからない事と親が出てこない理由はちゃんと考えていないからです。


◆伝えたい言葉ふたつ5題

1.ごめんね、ありがとう
2.大キライ、また明日
3.おはよう、がんばって
4.笑って、待ってて
5.バイバイ、大好き
御題配布元 >>> 確かに恋だった


2014/11/26 ( 0 )




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