十二国【采麟と】マギ

その夜も長閑宮の風は澄んでいた。書卓に広げた書き付けに目を通していた女性の、髪が肩から流れ落ちる音すら聞こえそうな静寂の中、

「白瑛ー!!」

激しい音を立てて窓から少年が飛び込んできた。

「ジュダル!? こんな時刻に窓から来るなんて……どうしたのです?」
「白瑛!これオレの王様!今から蓬山行って天勅受けてくるから!」
「おい、窓が歪んだぞ」

地に足がついていないジュダルの隣に立つ男は白瑛の記憶には無い。建て付けが斜めになった窓を気にしていた男は、白瑛の探るような視線に苦笑を返した。

「夜分に申し訳ない。女性の臥室に押し入るなんて事はしたくなかったのですが」
「胡散臭い顔で何言ってやがんだバカ殿。白瑛さァー、顔見たいつってたから、連れてきたぜ!これシンドバッド!」
「──失礼致しました。才の宰輔を務めております白瑛と申します」

ジュダルの説明に白瑛は周章てシンドバッドに礼を取り、シンドバッドは名乗られた官職に白瑛と同じ様に狼狽えた。今更だが跪くべきかと悩むシンドバッドに、白瑛はお構い無く、と微笑む。

「今から蓬山、という事は……登極に際しお慶びを申し上げます廉王並びに廉台輔。──お噂は予々……一度御挨拶したいと思っておりました」

凛とした佇まいの中に華やかさも持ち合わせた女性だなとシンドバッドは白瑛の印象を感謝と共に胸に刻み、隣に立つ己の麒麟を見下した。

「うるせぇバカ殿」
「……何も言ってないじゃないか」
「視線がウゼェ。潰れろ」
「目が潰れたら困るな」
「顔面」
「容赦無いな」

本当に目の前で微笑む女性と同じ生き物なのかと、苛立ち任せに自分の足を踏みつけている慈悲の固まりを見ながらシンドバッドは項垂れるしかなかった。


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漣から雲海飛んできたのかな。


2016/02/05 ( 0 )





十二国【ふたりへのお題ったー】マギ
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【 シンジュへのお題 】

・てのひらに飴玉
・「泣き顔がすきだな」
・かみさまのいうとおり



──廉麒失道。

廉王シンドバッドが、その青鳥(しらせ)を受け取ったのは土匪と和解したその夜、義倉を解放しての宴の最中だった。

王の説得で王師に降り、今では王の深慮とその治世を誉めそやしていた首魁の男は、口を開けたまま動かなくなった。
王の膝の上で杯に酒を注いでいた女は酒器を傾けたまま凍りつき、注ぎ口から垂れ流しの酒で王の服が濡れたが誰も気づいていないようだ。
報告をしたピスティは酔っているのか仄かに赤らんだ頬を愉快そうに緩めている。

「まさか。冗談だろう?」
「青鳥は国府からなのにー」

シンドバッドが笑って答えると、ピスティは唇を尖らせて嘘じゃないですよと笑った。

「お前を疑っている訳じゃないんだが…」
「あれ〜?飲まないんすか〜?」

ふらふらと揺れながら歩いてきたシャルルカンが、シンドバッドの傍で凍りついたままの周囲に首を巡らして何かあったのかと問う。ピスティが笑みを溢してそれに答えた。

「台輔が失道したんじゃないかって青鳥が来たんだよ」
「マジで!? そうか〜遂にか〜」
「お前達、信じるのか?」

驚いたように瞬いてシンドバッドは二人を見るが、王の予想に反して臣下の視線は冷たかった。

「だって主上、その格好」
「酒池肉林以外の何だって言うの?」

言われて、周章て膝から降りた女性が平伏すると波が引くように周囲の頭が下がっていって、その場に立っているのは官吏二人だけだった。軽く拒絶されたような振る舞いに王は少し切なくなって、問いかける声もきつくなる。

「ちょっと浮かれてたのは認めるが!女性と仲良く酒を飲むのが天命を失う程の罪か!?」

当たり前だこのバカ殿、浮気者ー!と、妙にはっきりとした幻聴と共に赤い目を吊り上げた顔が思い浮かんで、シンドバッドは何もない空間に追い払うように手を振った。

「うーん…失道はさすがに無いと思う。王様に置いていかれたから拗ねてるのかな?」
「俺は真実に賭けるぜ!」

シンドバッドの奇怪な行動など無視してピスティは呟き、酔いのせいで声が大きいシャルルカンが財布を取り出して音を立てて卓子に叩きつける。

「俺が死んでもいいのかお前は」
「勿論、台輔の快癒を疑っておりません。我が王よ」
「王様は〜?」

膝までついてきっちりと礼をとるシャルルカンにシンドバッドは呆れ、ピスティは懐から出した自分の財嚢とシャルルカンの財嚢を麾下に預けながら、どうするの?とシンドバッドを見遣る。

「勿論、ピスティに」

のる、と財嚢を持っていない王は酒杯を捧げるように軽く挙げてから卓子に置いた。
では一月で、と二人が供手して話は成立した事を示し、財嚢を押し付けられた麾兵が不謹慎ですと責める口調で言ったが誰にも聞き入れられず、静まり返った宴は終了した。




「お戻りなさいませ」

王宮に戻ると冢宰を筆頭に整然と並んだ官吏に出迎えられて、シンドバッドは並んでいた諸官を労いながら、軽々と登壇し玉座に座る。

「顔色が悪いぞ、ジャーファル。また徹夜か?」
「主上が仕事を残して反乱の鎮圧に行ってしまったもので。ええ、四日くらいの徹夜など大した事ではありませんとも」
「すみませんでした…」

棘のある声音で目の下に隈を浮かべながら微笑む冢宰に、国王は冷や汗を浮かべて素直に謝罪を口にした。
土匪鎮圧の報告と内政処理の判断との情報を何事もなく交わし終え、その早さに違和感を覚えたシンドバッドは、何時もなら飛び出してきて騒ぎ立てる人物が今日は気配も無い事に気付いた。

「……ジュダルはどうした?」
「…台輔は、体調が優れないと報告があったような…?」

自室に篭って徹夜していたジャーファルも詳細は知らないらしく、ジャーファルの警固についていたマスルールが代わって言葉短く肯定を返した。
仮病に賭けていたピスティは、財布を握った麾下をシャルルカンから遠ざけつつ、まだわからないよと渋っている。
確認がてら見舞いに行くかと、向かった仁重殿は異様に静まり返り、臥室まで行くと牀榻に動かない黒髪を見つけてシンドバッドの声も思わず大きくなる。

「ジュダル!」
「…おまえ、おそい……」

踞って寝ていたジュダルは顔だけ仰向けて、シンドバッドを見る。貼りついた前髪で表情がよくわからず、覗き込もうと寝台に置いたシンドバッドの手にジュダルが擦り寄って、疲れたように吐息をついた。その触れた肌の冷たさに深刻さを悟る。

「何があったんだ…?」
「おまえがオレを置いてった」

あんだけ言ったのに、と恨みがましく見上げてくるジュダルにシンドバッドは溜め息をつくしかない。
戦争するなら一緒に連れて行けとせがまれたが血の穢れで病むような生き物を軍場に連れて行くのもどうかと、思いやっての行為を責められた。
堂室の外では、したり顔のピスティがシャルルカンの脇腹を肘でつついていた。

「すまなかったな、ジュダル」

宥めるように頭を撫でてやればジュダルは小さな声で文句を呟いていた。聞き取れず、身を乗り出したシンドバッドの爪先が何かを蹴った。
見れば何かの骨──明らかに食後の残骸にしか見えないものが、褥の下から幾つも転がり落ちていく。

「……ジュダル?」
「…………知らねェ」

笑顔で訊ねれば、ジュダルは顔を背け不機嫌な声を返したが、逸らした視線は動揺して泳いでいる。
頭を撫でていた手のまま、シンドバッドはその頭蓋を鷲掴む。

「お前の身体に肉は毒なんだと何度言ったら理解するんだ!」
「痛ぇー!放せバカ!嫌いだっつってんのに、野菜ばっか食えるか!」

さっきまで弱っていたのが嘘のように暴れるジュダルに、シンドバッドは掴んだ頭を投げ捨てて、好き嫌いの問題じゃない、ちょっとそこに座んなさいと母親みたいな説教を始めた。
堂室の外では、あぁー、と失意の息を吐くピスティとシャルルカンの財嚢を預かりながらジャーファルが、王の禁酒を取り付けたのは上策でしたと二人の落とした肩を叩いて労った。



Q.台輔の不調の原因は?
∴食肉による胃もたれ。


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桃≧王>肉>>>野菜くらいの麒麟です。
麒麟ですから「肉美味い」って自分から食べておきながら後で「オェッ」てなります。
覇王は腐らないけど桃は傷むので、桃の方が大事です。

禁酒して浮いた酒代がお小遣いとして配当される仕組みでしたが、内容が不謹慎故に冢宰に徴収されました。
pixivから再録。


2016/01/10 ( 0 )






【ふたりへのお題ったー】
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【 蓮キョへのお題 】
・安心してねむれるかい
・(どうかわらっていてください)
・離したくないって言ったら、怒る?



(無理無理無理。やっぱり無理!)

「どうかした?」
「ひやゎぁあッ!」

坩堝に嵌まっていたキョーコは家主の帰宅に気づかず、突然かけられた声に肩を波立たせた。
慌てて、おかえりなさいと答えて膝を揃える。ただいまと微笑む蓮に後ろめたさで目が合わせられない。

「最上さん……先に休んでていいって言ったのに」
「え!? えっと…こ、怖い夢を見たもので!その……すみません……」
「ああ、それなら電気点ければいいのに。それとも何か飲む?」

暗闇の雰囲気と、深夜という時間帯に蓮は声量を抑えてキョーコの側に膝をついたが、キョーコは首を振って後退さった。その際に、失敗した、と呟きが漏れたがその事に本人は気づいていない。

「いいえ!結構ですから!すぐお暇しますからっ!」
「お暇って……帰るの?」
「あっ、いえ、部屋に下がりますっ!それは約束しましたから!」
「よかった。……んー……じゃぁ……」

安堵の息を吐く蓮に、キョーコは床に両手をついたまま項垂れる。
折角オフの日が重なったのだから一日一緒にいないかと蓮に誘われて、明日は朝から一緒に御飯を食べて、いわゆるお家デートというものをする予定だった。

(一応、そおゆう関係になってからの初めてのお泊まりだし。やっぱりそういう事じゃないかしら…。泊まってく?って言われる度に帰ります!と即答してきたけどこのままじゃいつまで経ってもお子様扱いから脱却出来ないわ。いっそ今夜、一線を画する為に、その為にッ、…たすけてモー子さん!)

心の底からの雄叫びに、知った事じゃないわよ!と幻聴が聞こえた気がしたが。『怖くて一人じゃ眠れないの…作戦』に失敗したキョーコは次の手を考えてみるが、振り撒く色気も持ち合わせがないと思うと他に何をどうしたらいいのかさっぱりわからない。

「…る?最上さん」
「え?何ですか?」

名前を呼ばれて顔を上げるとそこには夜の帝王がいました。
キョーコが思わず脳内で作文している間に、蓮は曲げた膝に肘をついて、片手で支えた頬に悠然と微笑みを浮かべていた。

「だから……一緒に寝る?」
「いやややややっぱりまだ早い気がっていえあの」
「危ないっ」

思わず床を這って逃げ出そうとしたキョーコの前に腕が伸びて額を抑えられる。テーブルにぶつかる寸前で止められたと気づいたキョーコは息を飲んで固まった。

「ごっごめんなさい!」
「いや、俺の方こそごめん。…一人で、安心してねむれるかい?」
「……はい……」

押さえたキョーコの頭を力任せに引き寄せて、蓮はからかい過ぎたと溜め息を吐く。
頭を抱えられた事で、キョーコは無自覚に敦賀テラピーにより落ち着きを取り戻し、恐々と大きな背中に腕を伸ばし深呼吸すると、帝王に勝負を挑む無謀さを悟った。
計画自体を諦めて冷静になって考えると、怖い夢を見たなんて幼稚な事を言った自分が恥ずかしくなってくる。

「あの、もう……だいじょうぶ、ですから……」
「……うん……」

破廉恥な娘って思われるくらいなら子供みたいだって嘲笑われた方がマシだわ。速攻で土下座してゲストルームに逃げよう、思ってキョーコは蓮の腕から逃れようと身動いた。

(どうかわらっていてください)

心底そう祈りながら平静を装っていたキョーコの背中に触れた蓮の手は外れなかった。ふぅ、と熱を帯びたような溜め息がキョーコの耳に当たって背筋が凍る。

「…離したくないって言ったら、怒る?」
「────ッッ!!!!」

ぶわっ、と全身から何かが逆立って迸る。
キョーコは我武者羅に、目の前の体躯をどーん!と両手で突き飛ばした後、転がるように部屋に駆け込んで壊れんばかりに扉を閉めるが即座に扉を開けて涙声でおやすみなさい!と声を張ってから再び扉を閉める。今度は鍵まで閉めた。
一連の行動の間、突き飛ばされたまま床に伏していた蓮は、小刻みに震えて笑い声を耐えていた。

「……『まだ』、ね……」


呟いた声は暗闇に紛れて、本人の耳にすら届かない。

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焦る最上さんにニヤニヤする敦賀さんの話。


2016/01/05 ( 0 )





【ふたりへのお題ったー】
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【 ゾロナミへのお題 】

・わらって、わらって、泣いて、
・「ばーか。そろそろ気付け!」
・はじめから飛べるわけもなく



魔法使いが死んだ。


深緑の魔術師と呼ばれた男は、魔法使いの杖を持たず代わりに三振りの刀剣を携えていた。
元は人間の剣士だったのだという。
しかしその魔力は絶大で、住み処の森に隠遁しながらも衆人からは畏怖と尊敬を集めていた。
けれど森から出て来ないのは迷子になって外まで辿り着けないだけの事だとか、強面の下に悪童の笑顔が隠れている事を、私だけが知っていた。
悪人からしか盗まない信条の私は盗んだ財を一人占めする泥棒猫と蔑まれ、追い込まれた森で魔法使いに使い魔として拾われた。

魔女の体が死ぬ時、その魔力は近くにいる人間に移り、その人間は魔女になるらしい。魔法使いも同じ方法で親友の魔女から魔力を引き継いだのだと、箒に乗る練習をさせられながら聞いていた。


魔法使いが死んでから、箍が外れたように森の獣が増えた。森の外では人間が襲われる被害も少なくないらしいが、魔法の使い方も解らない私はとりあえず暇があれば箒に跨がった。
その日も箒に跨がって跳ねていた。突然、見覚えのある顔の群衆たちが現れて、森の魔法使いを殺した泥棒猫を討伐に来たと言い出した。私が魔法使いの力を盗んで死に追いやり、森の獣を操って人間を襲わせているに違いないと、村人たちで結論したらしい。
武器を持つ村人たちに、誰が猫だとわらって、わらって、泣いて、力が抜けた。
猫なら使い魔に相応しいと、わらった男はもういない。死ぬ時は魔力を譲って頂戴ねと、わらって言った私は。

今さら泣いて詫びても遅いなどと訳の解らない事を喚いた村人が、悲鳴を上げた。
いつの間にか、私を囲む男たちを、取り囲むように狼の群れがいた。脱兎の如く逃げ出した村人を狼が追いかける。
脱力して立ち上がれない私の前に、先程の狼の倍はあるかという大きさの狼が立ちはだかった。
このまま喰われてしまうのか、抗う気力もない私の顔を覗き込んだ巨狼の口がわらうように歪んだ。

「ばーか。そろそろ気付け!」

その声は聞き慣れた男の物だった。
魔法使いでもなかった私が箒に跨がったところではじめから飛べるわけもなく、魔女になった時には方法を知らず。
魔力以外何ひとつ残さなかった魔法使いのせいで。
何ひとつ説明もしなかった男のせいで。


箒は一度として掃除用具としての用途を果たせず巨狼の頭に叩きつけられ二つに折れた。


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魔女と魔獣で続きますみません。


2016/01/05 ( 0 )





【ふたりへのお題ったー】
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【 カイアンへのお題 】

・誓って、誓いあって
・「きらい、だった。」
・ふたりだから、終わらないよ

(Cエンディング)



「我らの契約はここに終了する」


其れが赤き竜なりの死刑宣告だったらしい。

詫びの言葉など初めて聞いたが、それも竜なりの冥土の土産というやつかも知れない。

誓って、誓いあって。血や肉の繋がりより深く強く己の内を侵食せしめていた煩わしさから、漸く解放された筈なのに。


「きらい、だった。」


吐き出した言葉は赤竜の猛火に霧散した。
もう伝わらないのか、何もかも。ならば何故、竜の次の動作が読めてしまうのか。その感情の機微すら、恐らく寸分も違わず。
赤竜は遠慮会釈なく攻撃の手を緩めず、此方とてそれは同様。

──相手の心に添う。

まだ父母が健在だった頃。
妹にせがまれて舞踏の練習に付き合わされた時、教師が言っていた台詞を。何故、今、思い出すのか。


浮かんだ笑みは、肉を断つ愉悦とは違うものだった。


(ふたりだから、終わらないよ)


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こんなの終わらせられねぇよ…!と思っていた、当時。


2016/01/05 ( 0 )




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