7. あなたに追いつく目標
「…暖めてくれぬか?」
溜め息を吐いた男は、渡した弁当を投げやりに匣に押し込んだ。
直ぐに稼働音が鳴り始め、いい加減に使い方を覚えろとでも謂わんばかりの顔で睨み付けてくる。
「お主に尋ねる方が早いであろう」
まさか思考が読めるのかと少し驚いた顔をしてから、自分がいない時はどうするつもりだと呆れた男に要らぬ世話だと答えてやる。
「其の様な事は無い」
張り込んでいる建物の屋上から他者の有無とこの男の行動範囲を確認してから敷地内に侵入している、我の行動に抜かりは無い。
「他の者に此様な事は云わぬ」
電子レンジの使い方が解らないなんて言えないか、と嘲笑と共に深い溜め息を吐く男の横顔を馬鹿者と謗れば、怒りも顕に振り向いた。
「弁当の為だけだと本当に信じておるのか?」
甲高い機械音が鳴って男は一度開いた口を閉じ、匣から弁当を取り出して袋に詰め直す。そろそろ去らねば他の人間が戻って来る頃だ。弁当の入った袋を受け取って身を翻した時だった。
──を、終わらせたのは、お前だろう。
思わず振り返ってしまったが、この男が自ら声をかけてくる筈は無い。然れど気の迷いでは無いことは解っていた。絶対的な力に抗っていた男を諾々と切り捨てた後悔を、今更言った所で何の慰めになろうか。
「戯言に付き合う程、我も暇ではないのでな」
言い捨てて去ろうとした、その腕を掴まれて勢いでよろめいた。以前の体格差など夢ほど遠く、簡単に男の腕に支えられてしまう。
この姿だと指が絡められるのは良いな、等とうっかり握られた手に力を込めてしまう。誰の目にも伝わらぬであろう憂いた表情で、男の唇が名を紡ぎ、仮面に手が伸びて──
──竜!
突然の大音声に覚醒した意識が状況を把握するまで数瞬を要した。
馬鹿馬鹿しい夢を見た羞恥を咳払いで誤魔化し、彼方へ呼び掛け続ける男の背に声をかける。
「喧しいぞ。叫ばずとも聞こえておるわ」
『……?』
「どうした?何を呆けた顔をしておるのだ」
男は怪訝な顔を隠しもせず近寄ると、剣を翳して鼻先を掠めるように振り下ろし地面に突き刺した。
『貴様、何者だ』
「何を言って……──」
外聞も無く大声で呼びつけていたのは何処の誰だと、威嚇のように突き付けられた剣を噛み砕いてやろうかと牙を剥き、目にした刀身に四肢をついて地に這う女が映っていた。
おい、と男の視線が降ってくる。その男の手にする剣は己に向けられた筈であり、ならば我が目に写るこの小さき姿は。
「……何なのだ、これは!!?」
どうすればよいのだ!!!
己が契約者は両手で耳を塞いでいたが、その行為が意味を成していない事は頭を抱えて地に伏した姿で知れていた。
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天使はベタな少女漫画タイプだと思っていますがそれより【あなたに追いつく目標】が 『消えた体格差』と『この姿だと指が絡められる』 だったとは誰も気づくまい…。という話。
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