「わたし、あなたの心が読めるの」
赤い目を禍々しく煌めかせ、弧を描いた唇で少女は言った。
4. 不釣合いだなんて言わせない
「ラララララ、ララ、ララララ…………」
──…………!?
「!? どうしたカイム!」
契約者の精神が著しく動揺したことを感じ取った赤竜は、焦燥を隠さず今は傍にいない己の半身に語りかけた。
──心を読まれた。
「……何だと?」
返ってきた契約者の声は平坦で、しかし内容は
おいそれと聞き流していいものではないように思う。竜が契約者の態度と言葉の意味に同時に疑問を投げかけると、契約者はつらつらと自らの目に写る光景を説明し始めた。
──お前と「引き離されてこんなに切ないところに、敵の司教だけでなく最愛の妹までが赤い。これは天の采配か、世界規模で俺の竜を愛でようという神の意志か。」そんな心の内の高揚を思わず読まれ。
「もうよい!黙らぬか!その血迷った思考を止めよ!……他の契約者がおらぬ所でよかったわ……」
精神的疲労と醜聞を免れた安堵で赤竜は大きく息を吐いた。
腐敗しきった思考に同調させられる此方の身にもなれ馬鹿者めと赤竜が契約者の不遇に落胆していると、元凶の声が淡々と脳内に割り込んでくる。
──帝国のダニ共には聞かれているが。「舌もよく回る子供だな。」
「……何……?……まさか……ッ」
思わず竜は空を飛びながら首を振って辺りを見回してしまったが、先程焼き殺した羽蟲の死骸が墜ちていく様しか映らない。
──司教が全てをおっさん声で通訳している。高速回転しなが「ら。ラ、
ラララ、ララ、──ラブレッド!もうやめろォォ!オガーザーン!」
「本当にもうやめろォォ!」
契約者の絶叫に男は素直に思考を停止させた。自分より、肩で息をする司教の方が呼吸を乱す赤竜と同調しているようだなと言葉にしないままぼんやりと思う。
男の思考に躍らされていた司教は、柱の陰で呼吸を整えると再び現れ、今度は男と目を合わせずに言った。
「……わたし、心が読めるの」
──仕切り直しやがった。
舌打ちした男に司教は一瞬ビクリと肩を波立たせたが、硬直して動けない女神を見て強者の愉悦を思い出す。
「──私は女なのに」
「…やめて…」
震えながら訴える女神の心をさらけ出してやれば、兄だというこの男も衝撃を受けるに違いない。司教は嬉々として声を上げ続けた。
「ちぇっ、ちぇっ、クソが!役に立たない男どもめ!おねがい。助けて。抱きしめて。お兄ちゃん」
女神は顔色を失くして抗う気力も見せない。
勝利を確信し、どうだとばかりに司教が男を見ると、カイムは実の妹を睨むように見つめたまま、あらぬ方向へちょっと言ってみてと問いかけていた。
この男は何を言っているのだと司教が疑問に思っていると、時差を開けて男とは別の声が男を罵倒し始める。
「馬鹿者!確かに我は雌だが、世界と竜一匹を天秤に掛けてどうしようと言うのだ。お主如きに助けられる我だと思うか!そんな世迷い言をほざく暇があるならさっさと世界ごと救ってみせぬか、この役立たずめ!」
──……!
ショックを受けたように顔を逸らした男に司教は不安しか感じなかった。だって何故この男は顔を赤くして鼻を押さえているのだ。
「喜ばせる為に言ったのではないわ!」
やはり喜んでいやがったと驚愕する司教を後目に、竜の怒号を無視しながら何かを求める目つきで男は妹を見やり、女神は自らの感情の吐露を聞き流された事実に困惑しながらも、兄に熱っぽく見詰められている現状に内心歓喜していた。
「私を……見ないで……」
そんな期待した目をしないでと恥じらう妹に、お前はやれば出来る妹だと伝わらぬ声で励ます兄を、此れが血の繋がりと云うものかと赤竜は契約者の不運に落胆するしかない。
「おぬしら、似合いぞ」
だから余所でやってくれと願う竜の思いは届かない。
「憎い、憎いよクソ野郎!!」
司教の血を吐くような罵声も誰にも響かない。
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2は野上→司教→王子→←赤竜だと思っていますが今回は赤竜でも王子でもなく女神のお題でした、という話。
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