十二国【初めての誓約】マギ


「昇山する人間がまだこんなにいるのか」
「範の麒麟旗が上がったばかりだそうですが」

安闔日の翌日。既に令坤門は開いて、今日の午には閉じてしまう。一度閉じてしまえば門は来年の夏至まで開かないというのに、こんな悠長にしていていいのだろうか。
ジャーファルは己の主人ばかりでなく同じように広場を闊歩している人々にも溜め息を吐いた。

街に着いたのが一昨日の夜、次の四門が開くまでの三月は黄海から出られない上で、明日は準備に時間をかけようと飯堂(しょくどう)でシンドバッドと二人話し合っていたのだが、黄海に行くのなら安闔日の開門は絶対見るべきだ見なきゃ損だと他の客に勧められ、とにかく開門だけ見に行ったのが昨日の事。門の迫力とその場の熱気のようなものは、言われた通り一見の価値はあったと、ジャーファルも思う。
そこから一度街まで引き返して──シンドバッドが黄海から戻ってきたばかりの剛氏の女性に声をかけていたのには流石に驚いたが、その剛氏に黄海で必要な荷を見繕って貰い、知人だという猟尸師に紹介されて同行の許可まで得てくれた。

ジャーファルはあまりの展開の都合良さにもう一度溜め息を吐き、剛氏の女性に勧められるまま聞いたこともない神仙の祠廟に安全祈願していたシンドバッドの背中に声をかける。

「本当に行くんですか?」
「勿論。あ、嫌ならジャーファルは令巽門で待っていても」
「行きますよ!あんた一人で行かせる訳ないだ」
「いたー!」

振り返ったシンドバッドに怒鳴るジャーファルの頭の上を飛び越えて、一人の子供がシンドバッドに飛び付いた。

「やっと見つけたぜ!シンドバッド!」

シンドバッドは自分の身体をよじ登る子供の顔をのぞきこみながら、誰かな?と呑気に問いかける。名指しするあたり、人違いではなさそうだが、誰も思い当たらなかったらしく子供の顔をジャーファルに見えるようにして同じ事をもう一度言った。
長い黒髪に、赤い目をした少年のその生意気な視線に、ジャーファルは五年程前に覚えた名前を問う。

「…おまえ、ジュダルか?」
「ジュダル!? 大きくなったなぁ!わからなかったぞ」

子供の成長ってすごいなぁ、と頭を撫でながらシンドバッドは言うが、ジュダルはその手を思い切り振り払った。

「おまえよくも置き去りにしやがったな!」
「置き去りと言うか、采王に任せたんだが」

荒廃した生国から脱出した時にたまたま連れ立っていた子供が麒麟だと知った。神獣を連れ回す訳にもいかないと、その時に才にいたから采王に保護を訴えた。
それだけの事を五年も根に持つとはかなり粘着質な子供だと、ジャーファルは一人考える。

「旅に連れて行くのは無理だっただろうしな」
「でももうあの頃のオレとは違うぜ!」
「うん?おまえも一緒に旅するか?ああでも今回は駄目か。今から黄海に入るんだ」

ジャーファルには、金の髪ではないこの子供が麒麟だと未だに信じられないが、シンドバッドも神獣に対する態度ではない。
自分に巻きつく子供をぞんざいに引き剥がして先行きを説明するシンドバッドの話も聞かずに、ジュダルは突然、両膝を地面についた。

「危険だから連れては──ジュダル?」
「御前を離れず詔命に背かず忠誠を誓うと誓約する」

シンドバッドは屈んだジュダルに何事かと伸ばした手を思わず引いた。ジャーファルは目を瞠って、シンドバッドの近くにいた剛氏が同じ表情をしているのを見た。
麒麟が叩頭する相手は一人しかいない。己の王にしか額突かない孤高の生き物。それがシンドバッドに向けて頭を下げている。
驚きながらもジャーファルは内心納得していた。
思い返せば、この男の並々ならぬ勘の良さ、他人を巻き込む尋常でない覇気と運の強さ。それらが王の器量であるならば、彼ほど王に相応しい人間はいないと思われた。

「──断る」

誰もが息を飲む中、シンドバッドは短く答え、更に深く頭を下げようとしたジュダルが一瞬固まって、勢いよく首を上げて声を荒らげる。

「「ハァ!?」」
「待て、いや、何の冗談だ?だって、なぁ?ハハハ」
「ハハハじゃねぇよ!冗談で土下座するか!」

膝をついたまま喚くジュダルを見下ろしてシンドバッドは笑う。
なぁ?と同意を求められたジャーファルは、ジュダルと同時に声を上げてしまった自分に言われても困るし、土下座って何だろう。と思いながら彷徨わせた視線の先に金剛山に繋がる門が目に入って当初の目的を思い出した。

「シン、そろそろ本当に門が」
「おっと、急ぐか。じゃあな、ジュダル」
「──なっ、ちょっ、おいテメェ!」

まさか断られるとは思っていなかったジュダルは、言い捨てて駆け出したシンドバッドを咄嗟に追う事が出来ずに見送ってしまう。
我に返ってから慌てて追いかけた時には既に令坤門は閉じていて、びくともしないその巨門の前でジュダルは怒りに震え、ただ叫ぶしかなかった。

「ふ…っ──ッざけんなよ、あのバカ殿ォー!!」

その日、令坤門に現れて一頻り暴れてから去って行った妖魔は、まるで黄海から閉め出されたようだったと、目撃者は後に語った。


---------
秋分に同じ事を繰り返すであろう覇王。

ジュダル12歳 / 覇王22歳 / ジャーファル18歳… くらいの設定で脳内変換お願いします。



2014/11/09 comment ( 0 )






戻る



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -