私の好きな人1 昔から男運がない私。 いや、男を見る目がないだけなのかもしれない。 何故なら過去に付き合った男は、全員漏れなくクズ野郎だったから。 初めての彼氏は中学2年の時、同じクラスで席が隣同士だった男の子。頭もいいしイケメンだし、何より話しやすくてすぐ好きになった。 夏休み前に玉砕覚悟で想いを打ち明けてみたら、返事はまさかのオッケーで。初めて好きになった人が、初めての彼氏になるというミラクルを起こした私は、かなり舞い上がっていた。だから彼の本性に気付けなかったんだろう。 そう、彼は完全なソクバッキーだったんだ。あまりの嫉妬深さに嫌気がさして、ものの2ヶ月で別れた。 2人目は高校1年の冬、2つ年上の先輩から告白された。1人目の元彼は自分から告白したけど、今度は好意を持たれる側になって驚いた記憶がある。 付き合ってみれば好きになれるかもしれない、なんて思ってしまった私は、少女漫画のヒロインあるあるな悲運に巻き込まれることになる。二股をかけられていたことに気づいたのが、交際3ヵ月目の時。速攻別れた。 そして3人目は高校3年の時。後輩からの猛アピールを受けて根負けした。先輩先輩っ、と人懐っこく慕われる感覚は初めての経験で、まあ悪くなかった。 でも結局、コイツも今までの元彼と同じ穴のムジナだった。交際して2週間後に「他に好きな人が出来たのでスンマセン」って軽くフラれた。2週間ってお前。笑。 そして最後の4人目は社会人。高校卒業後に就職の道を選んだ私は、社畜1年目で同じ会社の人を好きになった。 その相手は仕事出来る系の、爽やかなイケメン同期だ。もちろん女の子には優しいし、格好いいし服のセンスも素敵だし。男友達が多いのも私的にポイントが高い。チョロい私が惹かれてしまうのは必然だった。 念願の恋人同士になれた当初は幸せだったけど、僅か半年ほどで私達の仲に亀裂が走る。早い話、彼の浮気が発覚した。しかも浮気相手は私より10も年上の、超美人なキャバ嬢なんだから笑ってしまう。つまり彼は彼女の客だったようだ、しかも何度も寝てる仲。本妻は私のはずなのに、見た目も中身も完全に私が負けていた。 浮気なんてしないような優しげな顔をしておいて、結局この男も同じだったんだ。男なんて全員、下半身がだらしない生き物なんだと4人目でやっと理解した。恋人がいようが何だろうが、魅力的な女から言い寄られたらコロッといってしまうのが男だ。これでは千年の恋も冷めるというものだ。 ただ───この4人目の彼の場合、今までの元彼とは比べようにならない程のクズっぷりを披露してくれたことを、此処にお知らせしておきます。 「別れたいって言ったんですよ、私」 「おう」 「でも『俺は別れたくない』って言われたんです」 「ほう」 「いや浮気しておいて何言ってんのお前? ってなるじゃないですか」 「なる」 「……ちゃんと聞いてます?」 「聞いてる聞いてる。部下の愚痴を1から10まで全部聞いてあげる俺様えらい」 都内でも有名なラグジュアリーホテル。その高層に位置しているこのカクテルバーは、隣の男性───橘さんの行きつけの場所だ。 スタイリッシュで洗練された空間に、東京の夜景を一望できるカウンターバー。ジャズの生演奏が披露されている優雅な時間に、水を差す形で私は黒歴史を打ち明けている。 そして、静かに耳を傾けてくれている橘さんは私の上司。そして密かに想いを寄せている人だったりする。5人目の彼氏には……なってほしいけど、きっと無理。歳も立場もかなり差がありすぎる。 「鮎川〜、お前ちょっと飲みすぎな」 呆れた口調で諭されても、私の勢いは止まらない。カクテルを飲み干しながら愚痴りまくる私の暴走っぷりを、橘さんは愉しそうに眺めている。 「今日はガンガン飲みたい気分なんです! マジで何なのアイツ、あんな最悪な別れ方しておいて今更また会いたいとか。どの面下げて言ってんだよ」 「荒れてんなあ。何があったわけ、その最後の元彼と」 「結論から言うと、ソイツのせいでセックス恐怖症になりました」 「そら重罪だな」 「過程聞きます?」 「鮎川が話しても大丈夫なら聞くよ」 何を話しても全く動じない橘さんは、私が性嫌悪症だと聞いても顔色ひとつ変えなかった。この人にとっては、さほど衝撃を受ける内容でもないのかもしれない。それだけ人生の経験値を積んでるってことなんだろう。 私はまだ22歳のガキンチョで、橘さんは大人の魅力たっぷりな34歳。踏んでる場数が違うからこその、この余裕。 「じゃあ話しますけど、別れ話をしたのが元彼の部屋で」 「あぶねーなあ。身に危険がある場合は、別れ話の時に2人きりになっちゃダメよ」 「肝に命じます」 「それで?」 「めっちゃ下品な話になるけどいいですか?」 「マスター、ごめんだけど数分で終わるから。この子の為に目瞑ってやって」 橘さんが申し訳なさそうに片手を挙げる。マスターが控えめに笑って、私達と距離を置いた。私達の会話が自然と耳に入ってしまうマスターが、居心地悪そうな表情を浮かべていたことに、橘さんはちゃんと気づいていたんだろう。 店内の雰囲気にそぐわない会話であることは承知してるけれど、酒に酔って感情的になっている私に、場の空気を読む判断なんて出来なかった。 それでも橘さんが私を叱ることはない。 「さ、続きをどうぞ」 「……その元彼と大喧嘩になって、無理やり押し倒されて。そのままヤられました」 「ほら言わんこっちゃない」 「2年前の話ですよ。私も反省してます」 「それで性行為が嫌いになったのか?」 「いえ。本題はここからです」 「うわー、やな予感するわ」 眉間に皺を寄せて、わざとらしく身震いする橘さんに苦笑いする私。 「やっぱり、やめときます?」 「いや。ここまできたらもう『話を聞く』の一択でしょ」 「……正直、ヤられてる時は全然気持ちよくないし、別れ話のことなんか頭の中からすっぽ抜けてて。内心『早く終われー』って思いながら我慢してたんですけど」 「うん」 「やっと終わって、ああやっと帰れるわーって思ってたら、そいつゴム外してそのまま挿れてきたんです」 「それ一番やったらアカンやつだ」 「うわコイツ生で挿れやがった、って思った瞬間に、すっごく生々しくて気持ち悪くなって」 「うん」 「その場でゲロ吐きました」 「最高じゃねえか」 語尾に「w」でも付きそうなくらい、橘さんは軽快に笑ってる。普通、こんな話を聞かされたら気持ち悪がられるか、引かれるかどっちかだと思うんだけど。橘さんは真逆の反応をしてくれるからホッとする。 橘さんは、元々こういう人だ。上司と部下という垣根を越えて、何でも気兼ねなく話せるくらい気さくな人。私がしてほしい事や言葉を、真っ先にちゃんと伝えてくれる。気づいてほしいことにも、ちゃんと気づいてくれる。今日だって、1日中沈み込んでいた私に気付いた橘さんが、飲みに行くから付き合って、と誘ってくれたんだ。 「彼氏のベッドがゲロまみれに」 「やらかしたなあ」 「アイツ、完全に固まってました。内心ざまあ、って思ったけど、これは逆ギレされると思って。アイツを突き飛ばして逃げちゃったんです。それ以来彼とは会ってなかったんですけど」 「あー、それがトラウマになってるのか」 「……はい」 未遂とはいえ無理やり犯された記憶は、私の心に嫌悪と恐怖を植え付けた。今度こそ誠実な恋人が欲しい、そう思って出会いを求めても全然だめ。男に触れられる度に、あの時の、無理やり膣に挿れられた生々しい感触を思い出す。身体と心が拒絶反応を起こして気持ち悪くなってしまうんだ。 こんな様で、どうやって新しい恋に進めばいいの教えてほしい。好きな人が出来ても体に触れてほしくない、そんな私はすっかり恋愛に臆病になってしまった。 トップページ |