秋です。秋刀魚の美味しい季節です。


 秋が好き。
 紅く色づき始める景色が、色鮮やかで綺麗だから。

 秋が好き。
 旬を迎えるさつまいもが、焼くと甘くて美味しいから。

 秋が好き。
 旬を迎えるかぼちゃやナスが、焼くと甘くて美味しいから。

 秋が好き。
 旬を迎えるサンマが、焼くと最高に美味しいから。

 秋が好き。
 マロン味の新商品のお菓子が増えるから。
 あとアイス。



「食べ物の事しか頭にないのな」

 秋。
 スポーツの秋に、読書の秋、食欲の秋。
 人それぞれに秋のカタチもそれぞれ違う。
 私は断然、食欲の秋派です。
 花より団子上等。

 そんな私の主張に、彼───
 郁也は、冷淡な言葉と共に白けた視線を私に送ってきた。

 そんな、蔑んだような瞳で私を見ないでほしい。濡れちゃう。
 性欲の秋もアリかもしれない。

「郁也」
「ん?」
「どうしてサンマが秋頃に美味しくなるか知ってますか」
「脂の量が増えるからだろ」
「そうです。20%増です。産卵の季節でもありますから、味も変化します」
「へえ」

 納得したように頷きながらも、「なんで今そんな話?」と、彼の目がそう訴えているのがわかる。

「そういうわけで、今日のご飯は私のおうちでサンマです」
「へえ。サンマ」
「サンマです」
「焼き魚?」
「それは今、考え中です」

 銀色の輝きを放つ、つやっつやのサンマに思いを馳せる。
 やっぱり焼き魚にして食べるのが、一番シンプルかつ、美味しい食べ方だ。塩焼きにしても、ホイル焼きにするのも美味しい。ポン酢煮だと、また違った味わいを楽しめる。
 ああでも今年はさんまの蒲焼き重をまだ食べていません。
 サンマのカルパッチョも捨てがたい。

 炊き込みご飯にしても美味しいサンマ。
 考えれば考えるほど、脳内を駆け巡っていくサンマ。
 こんなに私を悩ませるなんて罪深きサンマ。
 尊いサンマ。

「さや、魚捌けんの?」
「当たり前でサンマ」
「? 凄いな、女の子なのに魚捌けるなんて」
「お母さんに教わりましサンマ」
「……語尾どうした」

 私の大食いっぷりは今でも勿論健在で、今やチキンボロネーズ10人分とか、余裕のよっちゃんで全て平らげてしまえる。
 でも郁也は、私がどれだけ食べても飲んでも、止めたりはしない。
 お財布事情で致し方なく止められることはあるけれど、私がどれだけ食に走ったとしても、呆れたり、馬鹿にしたりはしない。





 ────自分の彼女がこんなに大食いとかハズい、カッコ悪い。

 過去付き合っていた人達はみな、呆れ口調でそう愚痴っていた。
 けど郁也は違う。
 基本放置というか、「食べたければ好きなだけどうぞ」という考え方だ。

 淡白だと言われればそうかもしれない。
 普段からツンデレでツンツンな郁也は、恋人に囁くような甘い言葉も滅多に言わない。
 でも私は知っているのだ。
 あえて口に出さないだけで、彼の本音は、


「食べている姿が最高に可愛いから止めないだけさ。for you」


 とか思ってるに違いない。
 多分。

 …………たぶんね。

「あの、郁也」
「ん?」
「私、めっちゃ食べるじゃないですか」
「めっちゃ食うよな」
「そんな奴が彼女だと、恥ずかしいですか?」

 私の問い掛けに、郁也の眉間に皺が寄る。

「別に恥ずかしくないけど」
「……そうですか。よかった」
「なんだよ急に」
「いえ、深い意味はないです」
「大方、昔の男にそう言われたんだろ」
「う……あたりです……」

 鋭い。
 どうやら郁也に隠し事は無理らしい。

 カップに残っていたコーヒーを飲み干した後、彼は立ち上がって、空になったそれをゴミ箱に投げ捨てた。
 手元に置いてある自分の鞄を引き寄せる。

「帰るんですか?」
「ん。サンマが待ってるし」
「ふふ、そうですね」

 私の部屋に寄ると、暗にそう伝えられて笑みが零れる。
 無表情キャラが板についた私でも、郁也の前では、そのキャラが保てなくなってる。
 自分でも、よく笑うようになった方だと思う。

 テーブルに置きっぱなしのバッグを掴もうとして、けれど先に、郁也の手が伸びた。
 私のバッグを取って、手渡してくれる。

「ありがとうございます」
「真っ直ぐ帰る? どこか寄るか?」
「寄り道なんかしたら、私はまた食に走ってしまうかもしれません」
「食べればいいだろ」
「郁也がそうやって甘やかすから、私が調子に乗って食べちゃうんですよ」
「俺のせいかよ。……てか、食べたければ食べれば。財布の中身が破産しない程度に」
「食べ過ぎて、ぷくぷくに太っちゃうかも」
「ライバルが減りそうでいいな」

 さやは人気者だから、何でもない事のようにそう言い放つ彼の表情は、普段と変わりないポーカーフェイス。
 そのままカフェスペースを出ていく郁也の後を追って、私もその場を離れた。

 2人で社内を歩いていると、すれ違う女性社員の殆どが、郁也を盗み見してるのがわかる。
 それもそのはず。
 背が高くて、見た目は文句なしに格好いい。
 営業成績だって常に優秀。
 真面目で仕事意識も高く、同僚の人達からも慕われてる。上司からも一目置かれている存在。

 人気があるのは私じゃなくて、郁也だよ。

 内心背中にそう突っ込みながらも、さりげなく落とされたさっきの萌え発言に、すっかり顔が緩みまくってしまったのは仕方ないという事で。



・・・



 春に郁也と出会い、1ヵ月後に交際を始めて、夏に彼と一夜を過ごした。
 それ以来、彼は週末になると私の部屋を訪れることが増えた。
 彼の方から行きたいと言われることもあるし、私の方から誘うときもある。

 互いに変な意地を張っていたものが無くなって、後に残ったのは、ただ素直になりたいという気持ち。
 自分が望んでいることを相手に伝える、ただそれだけの事が、私達はどうしても出来なかった。
 彼にはプライドが、私は過去のトラウマが、互いに触れたいと思う切な望みを邪魔していた。

 あと少しで、彼との交際は半年を迎える。
 3ヶ月でマンネリを感じ始める、なんてよく聞くけれど、半年が経とうとしてる今でも彼への想いは変わらないし、仲がこじれたりもしていない。
 触れ合う大切さを知った私達の距離は、前よりもずっと近くなった。

 彼の仕事のサポートをして、一緒にご飯を食べて、触れ合って。
 そこに何の問題も不満も無い。
 平和で、穏やかに過ぎていく幸せな日々を送っている。



 私達が付き合っていると社内で知れ渡ったとき、周りのひやかしの目が正直、嫌だった。
 職場であんなに居心地の悪さを感じたのは初めてで、それは郁也も同じだったと思う。
 だからといって、いつまでもそんな微妙な空気が続くわけは無い。
 私達の仲は、今では周知の事実としてみんなに受け入れられているようで、社内で一緒に話をしていても、普通に挨拶を交わされるくらいまで落ち着いていた。



・・・



「風呂どうも」
「いえ」

 シャワー上がり、私の隣に座った郁也に缶ビールを差し出せば、彼は快く受け取ってくれた。

 プルタブを開ける音が、部屋に響く。テーブルの上には、枝豆とチーズのおつまみ付き。
 この部屋で郁也と過ごす時間が増えてから、また新たな彼の一面を知った。

 郁也はお酒が大好きだ。
 しかも、めっちゃ強い。

 2人きりのご飯会で、私達は一切お酒を飲んでいない。
 帰りはいつも郁也が運転するから、彼がお酒を飲まないのは当然。でも、お酒好きな事を郁也は公言していなかった。
 だから何となく、彼は飲まない人なんだと勝手に思い込んでいた。

 知るキッカケとなったのは、冷蔵庫の中身をたまたま郁也が見てしまった時。
 そこにズラリと並べられた、缶ビールと発泡酒。
 ……そうです私もお酒大好きです。
 超強いです。

 郁也は5月、私はその1ヵ月後の6月で20歳を迎え、酒を解禁している。それを互いに知らなかった。
 知ってしまった今では、こうして一緒に宅飲みする機会も増えた。

 思えば、郁也とは何かと共通点が多い気がする。
 仕事に対する姿勢や理念、株式投資。
 そしてお酒。
 仕事終わりに飲むキンキンに冷えたビールは、何よりも明日の活力に繋がる。
 そんなオッサンみたいな思考まで一致している。

「私も運転免許取ろうかな」
「なんで?」
「私が運転できるようになれば、出掛け先でも、郁也がお酒を飲めるようになります」
「なんだ、そんな事。いいよ、気にしなくても」
「でも出掛け先でもお酒、飲みたくなりません?」
「ならない。ここで飲むビールが一番美味い」

 そんな強がりを言いながら、郁也は缶ビールをテーブルの上に置いた。
 彼の手が私の肩に触れて、そのまま緩く引き寄せられる。逞しい腕の中に閉じ込められて、頭上に甘やかな熱が落ちた。
 それは彼が、そういう流れに持っていきたい時の癖。

 郁也はあまり甘い言葉を言わない。
 好きも、可愛いも、抱きたいも、口に出さない。
 でも不満なんてない。
 言葉なんてなくても、郁也はいつも、態度や行動で示してくれるから。

「………さや」

 掠れたような声音が、耳元で名を囁く。
 彼しか口にしないその愛称が、特別な響きに聞こえてくすぐったい。
 初めて彼と肌を重ねたあの日から、私達は自然と、互いの下の名前で呼びあうようになっていた。

 広い背中に腕を回せば、郁也の腕にも力が籠る。
 背後にあるロータイプのベッドに、まさになだれこもうとした、その時。

「……?」

 彼を抱き締め返す形になって、ふと気付いた違和感。
 パッと体を離せば、郁也は訝しげな視線を投げ掛けてくる。

「……何だよ」
「えっと……」

 気のせいかな?
 そう思ってもう一度、彼にぎゅっと抱きつく。
 そしてまた離れる。
 私の一連の謎行為に、郁也は訳がわからないと首を傾げている。
 けれど彼に2度抱きついた事で、私の中で沸き起こった違和感は確信に変わった。

「…………郁也」
「何?」
「太りました?」
「は?」

 いきなりなに言ってんだコイツ的な、熱い眼差しを私に向けてきた。

「なんだか前より抱き心地がいい気がします」
「いや太ってないよ」
「いいえ太ってます」
「太ってない」
「太った」
「………」

 どうでもいいようなやり取りは暫く続いた。

 いや、どうでもよくない。
 他人から見ればどうでもいい事でも、私にとっては一大事だ。



 郁也は普段からあまり物を食べない。
 いつものご飯会でも、彼は少しだけ口にしたら、残りは全部私にくれる。
 そんな少食派な彼なのに、私が作った手料理は全部食べてくれる。
 その日のうちに食べないと腐るという訳でもないし、残しておいて明日食べてもいいはずなのに、「今食べないと勿体ない」とか「味が落ちる」とか言って、全て平らげてくれる。
 嬉しいです。愛を感じます。

 でも、それが原因で郁也がぷっくり太ってしまったら本末転倒なのです。

 人は見た目で人を評価する。
 初対面なら尚更。
 どれだけ中身が素晴らしくても、外見が人を判断する最初の材料なのは揺らがない事実。
 そして体型の良し悪しで、その人の生活習慣が浮き彫りになる場合もある。
 だからほっそりとした美人や男性が得をする事が多く、多少なりとも優遇される。生活は体型に出るとはよく言ったものだ。

 郁也は顔も良くて、痩せてて、高身長。
 間違いなくイケメンの部類に入る人で、それは彼の武器のはずだ。

 夕方、彼と交わした会話を思い出す。
 私が「太るかも」と言えば、郁也は「ライバルが減る」と言った。
 あれは、つまり人は見かけで判断するという点を、彼も少なからず理解しているからこそ言える台詞だ。

 私は、郁也がどれだけ太ろうが痩せようが別に構わない。ずっと好きで居続ける自信がある。
 けどそれで周りの郁也の評価が下がってしまったら、それはとっても、とってもいけない気がした。

 私のせいで、郁也の評価を下げるわけにはいかない。そのせいで、もし郁也の仕事に悪影響が出たりなんてしたら。
 そう考えた瞬間、さあっと血の気が引いていくのがわかった。

 これは、大変です。
 郁也のメタボ化を阻止しなくては。
 彼の両手をぎゅうっと握り締めて、静かに諭す。

「郁也、一大事です。ダイエットしましょう。スポーツの秋ですよ」
「………」

 だから太ってない、と言いたげな彼の視線を無視して、私はなおも彼を説得し続ける。

「ジムと水泳、掛け持ちしてみたらどうでしょう? より効果が早く出ます」
「………」
「しばらく手料理もナシで、食べる量も減らして、炭水化物も控えて、それから、」

 脱・肥満計画を企てていたその時。
 突然郁也に両肩を掴まれて、後ろに体が傾いた。視界がぐるりと一気に回り、世界が反転する。

 あ、違う。
 反転してるのは私だ。

 そう気付いた時には、毛布を敷いたベッドの上に押し倒されていて、彼が覆い被さってきた。
 馬乗りになった彼の膝が、両足を割る。
 驚きで目を見開いている私に、郁也は至極真面目な表情で一言、呟いた。

「……じゃあ、協力しろよ。ダイエット」
「………」



 …………そ……、


 そんな画期的なダイエットなら、わたしはいつでも大歓迎です……(萌)。



(了)

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