協力関係





『年功序列に関係なく、誰にでも気軽に相談できる職場環境を』


 どこの会社でもそう謳ってはいるものの、実際のところは難しい。必ず、上下関係は出来上がってくる。
 特に組織絡みや人間関係の悩みは、先輩上司相手には相談しずらい内容だ。

 現状に不満があり、問題点も明確で、解決策も持ち合わせているのに、相談できる相手がいない。
 それが、今まで水森が置かれていた状況だったんだろう。
 同期であれば相談しやすい相手にはなるだろうが、去年入社した高卒者のうち、採用されたマーケ社員は水森だけだ。
 周りに先輩しかいない環境下で、胸の内を吐露できる人がいるのかどうか。
 そもそも『社員の意識を変えて、部門間連携をしっかりしたい』なんて主張を、まっとうに受け止める人物がいるのかも謎だ。

 自分の主張が通らないなら、目に見える実績を残して他人と差をつけるしかない。
 結局会社っていうのは、確実に結果を出せる社員を優遇する。
 だから、もの言える立場にまで成り上がるしかない。
 その為には、まず自分に理解を示してくれる仲間が必要になる。
 だから俺に、ファイルを託した。
 俺が自分にとって必要な人材かどうか、見極める為に。


「会社ってやっぱり、結果ありきだから。キッカケを作りたいなら、数字で示すのが一番早いよ」

「……そんなに、簡単にいくでしょうか」

「簡単、じゃないと思う。下手したら数年かかるかもしれないし、一生かかっても出来ないかもしれない。でも、初めから無理だって決め付けて動かなかったら、一生無理なままだ」

「……」


 彼女は俯き加減のまま動かない。
 缶を握りしめる手に、力が篭る。


「……怒らないんですか?」

「なんで?」

「なんだか私、自分の目的の為にキリタニさんを利用してるみたいです」


 淡々と告げる横顔は、不安そうに見えた。

 彼女の中では葛藤もあったんだろう。
 俺と同じ社員とはいえ、3日前まで話したこともなかった。互いの存在すら知らなかった。出会ってまだ日の浅い俺達の間に、信頼関係と呼べるものなんて無いに等しい。
 俺を巻き込みたくないという罪悪感も、水森の中にはあるのかもしれない。
 そんな迷いの果てに、賭けに出たんだろう。
 なら、応えるしかない。


「いいよ、利用でもなんでも」

「……でも」

「その代わり、水森の持ってる情報を俺に教えて。俺も全力で結果出すから」

「……」

「やってみて駄目だったら、その時にまた考えればいい」


 何十年と続いている営業とマーケの確執を、無かったことにするのは難しい。
 社員の意識を変える、なんて壮大なことすら、やり遂げられるイメージが沸かない。
 それでも、できることはある。
 情報共有と相互理解で成約率が跳ね上がることを、俺達が数字で証明出来れば、あるいは。


「俺も、今の状況に不満があった。伸し上がるチャンスがあるなら欲しい。だから、『利用してる』とか、そういうのは気にしなくていいよ」


 チャンスが欲しい俺と、キッカケが欲しい彼女。お互い様と言えばお互い様だ。
 俺は今よりも成績を上げる為に現状から抜け出したいし、彼女は自分に協力的な営業社員を欲している。
 互いに利害は一致しているんだ。
 手を組まない理由はどこにもない。
 それに今、水森と手を組まなかったら、彼女は俺じゃない別の営業社員に目を向けるかもしれない。
 それはなんとなく、嫌だと思った。


「……わたしは」

「うん」

「この会社が、好きなんです。先輩達は優しいし、学ぶことも多くて、上司の方々もいつも気にかけてくれます。社食堂のご飯だって美味しいし、仕事もやりがいがあって楽しい。でも、100%満足してるわけじゃない。まだ、足りないんです」

「……」


『仕事が楽しい』


 俺が、久しく忘れていた感覚。


「半端な結果で満足したくないし、全力で仕事に取り組める環境にしたいんです」


 切々と訴える水森の目が、俺を捉える。
 迷いの吹っ切れた瞳は、力強い光を灯していた。


「……協力してくれますか?」


 利用ではなく、協力。
 そう表現を変えたのは、一緒に手を組もうと告げた俺の提案を、彼女が受け入れた証。


「ん、よろしく」


 握り拳を作って彼女に差し向ければ、一瞬目を見張った彼女の表情が柔らかく緩む。
 こち、と互いの拳がぶつかった。


 ……正直言うと、水森が今抱えている問題──営業とマーケの連携問題は、俺の中では然程、大きな問題ではなかった。

 彼女には彼女の、目的があって。
 俺には、俺の野望がある。

 人と違うことがしたい。
 誰もが出来なかった事に挑戦したい。
 競うなら勝ちたい。
 一目置かれたい。
 普通の結果じゃ満足できない。
 勝手に作り上げられた、窮屈な人間関係や社会のルールに縛られてやりたい事も出来ないなんて、まっぴら御免だ。


「あ、水森。ライン交換してもいい? 仕事で何かあれば連絡したいから」

「はい」


 何の躊躇いもなく、素直に頷いてくれた水森の態度に安堵する。
 仕事、と格好つけておいて、本当はただ彼女の連絡先を知りたかっただけだが、そんな事は口が裂けても言えない。



・・・



 飲み会の帰り、水森からLINEが来た。


『これから、よろしくお願いします』


 シンプルなメッセージが表示されている。
 俺も同じように返せば、


『まず100万円の絵画を売りましょう』


 なんて無茶ぶりが返ってきた。
 いきなりハードルが高すぎやしないかと思ったが、『明確な目標額を決めた方がわかりやすいし、燃えるので』と彼女は飄々と答えた。
 目標額がでかすぎる。
 もしかして自分は、とんでもないキレ者と手を組んでしまったのではないかと軽く頭を抱えた。

 けれど、後悔はしていない。

 胸の奥で燻っていた熱が浮上する。
 湧き起こる高揚感を、人は『意欲』と呼ぶのだろう。

目次

トップページ
- ナノ -