家族以上、恋人未満2



「逆に聞くけど、お前はどう思ってる」

「え?」

「春樹に、彼女がいたら」

「………」


 ―――春に、彼女がいたら。


 ズキ、と胸に鋭い痛みが走った。
 キリキリと締め付けられるような苦しさが襲う。
 郁兄の発言に、ショックを受けている私がいた。


 愕然とした。
 春に素敵な彼女ができたらいいなって、自らそれを望んでいた癖に、他人から言われたら酷く傷ついている自分に。


 家族の私には絶対に得られない、春の彼女になれる権利。
 それを自ら望んでしまいそうで、無理やりこの関係を断ち切ろうと必死になった。強がった。
 来年の春までに、そう期限を設けて自分を追い込もうとした。
 同時に、来年まではこの関係を続けられると甘えた思考にも陥った。

 春の為に、なんて嘘だ。
 全部、自分の為。

 どう伝えれば自分が傷つかないか悩んだ。
 どのタイミングで言えば、春との関係を引き伸ばせるか迷った。
 なんて、いやらしいんだろう。私は。


 春に、彼女が出来るなんて嫌。
 それが本音。
 でも、それを主張する権利は私にはない。


「……別に、いいと思うよ」


 想いとは裏腹の言葉が口に出る。


 はなから、報われない恋だってわかってた。
 見向きもされない想いだってわかってた。
 普通の、家族に戻ろう。
 そう決めたのに。

 かつて味わった失恋の痛みが胸に沸き起こる。
 泣きそうになってる顔を見られたくなくて、体を回転させてうつ伏せになった。
 泣き顔なんて見られたくない。
 郁兄は鋭いから、今ここで泣いてしまったら私の片想いがバレてしまう。


「もか」

「……なにさ」


 震えそうになる声を必死に耐え抜く。

 だめ。
 今はまだ泣いちゃだめだ。
 何度も何度も、自分に言い聞かせる。


「知ってるか」

「何を」

「日本はいとこ同士でも交際できる」

「………へ?」


 突拍子もない発言に、変な声が出てしまった。
 思わず涙も引っ込んだ。


「4親等に当たる場合は結婚も許されてるし」

「………は?」

「最近はいとこ婚も世間的に受け入れられてる」

「え、ちょっと待って、何」


 待ったを掛けてみるも、郁兄の弁論は止まらない。


「まあ白い目で見る奴らもいるから覚悟はいるけど、法的に咎められる事はない」

「何の話!?」

「春樹との話だろ」

「どのへんが!?」


 勢いよく身を起こして、郁兄に噛み付いた。
 てか、そもそも結婚って何だ!


「い、いきなり変な事言うのやめてよ」

「言い出したのはそっちだろ」

「いや春に彼女がいたらどーすんの、って話だったよね!? なんでイキナリいとこ婚の流れになってんの!?」


 至極全うな反論をしたつもりなのに、郁兄は納得していないような顔つきで私を睨んできた。
 睨むな! こわい!


「春樹に彼女がいてもいいって言っただろお前」

「言いましたけど!?」

「だから、いとこ婚は可能だって俺は言った」

「いやちょっと意味わからん!」

「春樹の彼女ってお前だろ」


 …………。

 …………ん?


「………はい?」


 今の私はきっと、鳩が豆鉄砲くらったような顔をしてると思う。
 それくらい、郁兄が放った一言は衝撃的だった。


「違うのか」

「違うわ!」

「あ、そう。そういう事にしとくわ」

「ちょ、ちょっと!?」


 その言い草は、春の彼女じゃないと否定した私の言葉をまるで信じていないと言ってる様なものだ。

 え、つまり私の片想いは既に郁兄にバレてたってこと?

 唖然としながら口を開閉している私をよそに、郁兄はその場からさっさと離れてしまった。
 空になったカップをゴミ箱に放り投げて、鞄の中身を漁りだす。
 取り出したのは車のキーだった。


「もう行くから」

「え、えー……」


 自身の発言を取り下げる事もなければ、詫びる様子もない。
 気に病んですらいない。
 本当に、何もなかったかのような流れでリビングを出ようとする郁兄を、無言のまま目で追う私。

 おいコラ。
 どうすんだこの空気。

 モヤモヤした気持ちが胸の中に残っていたけれど、仕事へ向かう郁兄を引き止める訳にもいかず、私はその背を見送るしかない。
 けど、玄関へと続くドアに手をかけようとした郁兄の足が、途端、ぴたりと歩みを止めた。

 顔を向ければ、意志の強い瞳とぶつかる。
 何か忘れ物でもしたのかな、そう思った私に郁兄は近づいてきた。

 え、何。


「もか」


 目の前まで迫った郁兄の手が、私に伸びる。
 前髪に触れられた。


「糸くずついてる」

「あ、ありがと」

「あと寝癖爆発してるぞ」

「知ってます」

「ちゃんと直せ。ガキじゃないんだからしっかりしろ」

「うん」

「お前も女なんだから」

「………」

「夕飯までには帰る」


 ぽんぽんと頭を叩かれた。
 私より一回り大きい手のひらが額に落ちて、さらりと前髪を撫で上げる。
 そのゆったりとした動きはどこか含みを感じさせて、何故か急に胸がざわついた。

 なんとなく気恥ずかしくなって、視線を下に落とす。
 頭上で、小さく笑う気配がした。


 郁兄はそのままリビングを出て行ってしまって、室内には再び、静寂が戻る。
 触れられた前髪を指先で摘んで、ちょい、と軽く引っ張ってみた。
 いつもと変わらないように見えた郁兄の態度に、いつもと違う雰囲気を感じ取ってしまって。


「……なんだあれ」


 ぽつりと呟きが落ちた。


 女なんだから、って何だ。
 今まで、女扱いなんて一度もしなかったくせに。

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