約束2 「久々って、な、何が」 「……わかってるくせに」 からかうような口振りは、どこか楽しげで。 甘さを帯びた声音は、いつもと違う雰囲気をこの空間に生み出した。 あ、まずい。 この流れは、絶対、よくない。 直感的にそう悟っても、金縛りにあったかのように動けない私の体は、春の両腕の中にすっぽり収まっている。 春って、こんなに体大きかったっけ? 背も伸びたし、私の体を包み込む手も大きい。体つきも男っぽくて(男だけど)、顔だって、小さい頃は女の子に負けないぐらい可愛い顔してたのに、今ではイケメンに部類されるほど端整なもの。 何だか知らない男のヒトみたい。 私ばかり成長してないみたいで、なんか悔しい。 「どうしたの」 むくれてる私の様子を見て春が笑う。 「べつにー」 「なんで拗ねてるの」 「なんでもないですー。てか、離して」 「やだよ」 きっぱり断られて、殊更強く抱き込まれる。 離してくれる気配も無くて、私は結局拒むことを放棄した。 互いに温もりを共有する。 服越しに伝わる体温が、心地よさと幸福感を教えてくれる。 眠りたくなるほどあったかくて気持ちいい。 ね、眠りの妖精が天から舞い降りてくる。ウトウトと……。 でも、春は眠らせてくれなかった。 「眠っちゃだめ」 お腹に添えられていた手が私の顎を持ち上げて、顔の向きを変えさせられた。 斜め後ろに顔が傾く。 後ろにいた春の顔も傾いて、唇を塞がれた。 夢の世界へ行きかけていた意識が強制的に引き戻されて、甘い熱に集中してしまう。 「……んっ」 無防備になっていた唇は簡単にこじ開けられて、咥内に違う熱が交わった。 久々の深い味わいに体が震える。 期待感に胸は高鳴って、心拍数がどんどん上がっていく。 ちゅ、と湿った音をたてられて、羞恥心やら何やらで居たたまれない気分になる。 「ふ……ん、や、まって」 唇が離れると同時に抗議するけれど、そんなのお構いなしに唇を寄せてきて、重なる。 春は戯れを楽しむばかりで全然待ってくれない。 生々しい感触が絡む度に心を持っていかれそうになって、必死に理性にしがみつく。 「まって、ってば」 「……ん、なんで?」 「わ、わたしたち家族なのに……っ」 「あ、まだそんなこと言える余裕あるんだ」 顎を掴んでいた手が、今度は肩に回る。 体ごと向きを変えられて、広い胸に額がぶつかった。 真正面から抱き締められて、春の胸に頬を寄せてもたれ掛かる。 あったかいなあ、なんて能天気な事を考えられたのは、一瞬だけだった。 「うきゃ!?」 抱き締められたまま、春がベッドに寝転ぶ。 結果的に私も寝転んでしまい、事態を把握できないまま、くるりと体が一回転した。 押し倒されている体勢に追い込まれ、春は馬乗りの状態で私を見下ろしている。 両手首も掴まれて、もこもこした布団の上に沈む。 「えっ、うそ、まって」 「やだ。待たない」 「春……っ」 「無理。もうスイッチ入っちゃったから」 「ス、スイッチって」 何のスイッチでございますか!? 慌てふためいている私とは真逆で、春は至って涼しい顔。余裕の表情を見せられて、翻弄されっぱなしの自分を自覚する。 最近の春はちょっと変だ。 前はこんなに押せ押せな感じじゃなかったのに、私が拒否したらすぐやめてくれたのに、今はそんな素振りすらない。 嫉妬を隠そうとしないし、たまに程度だけど、「好き」って言ってくれるようになった。 それはとっても嬉しいんだけど、今のこの状況は、ちょっと、やり過ぎ感が否めなくて。 「もか」 「んっ」 また唇を塞がれた。 「ね、同棲しようよ」 「ん……ぁ、まっ、て」 唇を触れ合わせながら囁かれる。 なんだ、この色気だだ漏れな18歳は……けしからん。 私の知ってる春じゃない。 「俺、家から出てももかと離れたくないし」 「ん……っ」 「……ね? いいよね?」 「や、そんな簡単な話じゃない……っ」 流されちゃいけない気がして、必死に首を振る。 いいのか否か、と聞かれたら、そんなの嫌なわけがない。 今までだって、私達3人で暮らしてきた。 1人で生活していけるだけの知識も身につけた。 その為の、あのしきたりなのだから。 3人暮らしが2人暮らしになっても、不安事はない。 でも、『同居』と『同棲』は違う。 別物だと思う。 気持ち的に同棲の方が、なんか、おっきな覚悟みたいなものが必要な気がする。 そもそも私達、まだ交際すら認められていないのに。 「は、春」 「ん?」 「その、ちゃんと段階踏もうよ。先に交際の許可貰ってから、」 「それじゃあ遅いよ。俺は今返事がほしい」 「だ、だってそんな軽い気持ちで決めていいことじゃな、んっ……!」 紡ぎたい言葉が、全部キスで塞がれる。 全然聞いてくれないよこの子! 「軽いの?」 「……ふ、え?」 「もかと一緒にいたいっていう俺の気持ちは、軽いの?」 「………」 ぐっと息が詰まる。 そんなわけない。 10年も私を想い続けてくれた春の気持ちが、軽いわけが無い。 ……私、また無神経に春を傷つけたのかな。 罪悪感に苛まれて眉を下げる。 そんな私のほっぺをむに、と春の指が摘んだ。 悪戯にふにふにされて、許された気分になって顔を見上げる。 目が合った春に、怒気は感じられない。 「もか」 「な、なに?」 「好きだよ」 「……う、うん」 「もかは?」 「う、す、すき」 くっそ恥ずかしい。 以前は口にできた一言が、今は素直に言えない。 顔を合わせずらくて隠したい衝動に駆られるけれど、両手を掴まれているから、それもできない。 「もか、子供みたいだね」 「春だって子供だもん」 「そうかもね」 小さく笑われて、額に柔らかいものが押し当てられた。 それが何かなんてすぐにわかってしまうわけで、また恥ずかしさがぶわっと噴出する。 前だって、甘い雰囲気はあった。 でも体だけで繋がってると思い込んでいたから、どこか気持ちはすれ違っていた。 だから平気で「好き」なんて言葉を、春に言えたのかもしれない。 気分を盛り上がらせるための言葉だと、そう割り切っていたから。 でも今は違う。 ちゃんと想い合ってる事を自覚してる。 「好き」の2文字に、特別な意味が込められている事もわかってる。 ……だから余計恥ずかしい。 「子供だからって、未成年だからって、何も考えてないわけじゃないよ」 そう告げる春の言葉は重かった。 子供の主張なんかじゃなくて、ひとりの男としての言葉。 「もか、一緒に暮らそう」 「春……」 「返事は?」 真剣な眼差しが私を射抜く。 いい事思いついた、なんて、その場で閃いて口に出せちゃうような告白だった。 でも、その言葉を口にするまでに何十年も積み重ねてきた想いがあって、その重みがあるからこそ、大事な決断があっさり下せるということ。 一見軽いように見えるけど、重いからこそ口に出せる答え。 深いなあ。 なんて思いながら、私はこくんと頷いた。 「よかった。ずっと一緒にいられるね」 満足そうに微笑んだ春は、嬉しそうな表情のまま、顔中にキスの雨を降らせていく。 羞恥に耐えていたら、また唇に熱が落ちた。 深く口付けられて、肩から力が抜けていく。 ………もう、キスの嵐だ。 でもキス以上のことは、春は、やっぱりしなかった。 トップページ |