やきもち2 ・・・ 桐谷家では、夕飯作りもシビアだ。 基本的には日替わり制。 1日おきに、夕飯を作る担当を変えている。 郁兄は仕事の都合で残業になったりもするから、シフト通りに動けないことも多い。そのあたりの調整は3人で相談しながら、臨機応変に対応してる。 3人で一緒に作ることもあるけれど、それは大体、日曜日のみに限られていた。 特に予定がない限り、週末の最後は全員揃ってから夕飯を食べようと、社会人になったばかりの郁兄が、そう提案してきたからだ。 日曜日は郁兄も仕事が休みだし、春は3年になるまでバイトしてたけど、夕方までには帰宅してた。 私は部活があったけど、試合当日じゃない限りは午前中で引き上げ。 だから日曜の夕方は、3人であれこれ言い合いをしながら、夕飯作りを楽しんでいた。 週で一番、日曜日が好き。 この兄弟と一緒にいられる時間が多いから。 そして今日は土曜の夕方。 夕食当番は春だった。 「たーのもー」 アバウトすぎる入室の挨拶を済ませた後、目的の扉をばこーんと開けた。ノックもせずに。 部屋の主は、ベッドに寝そべった状態でスマホをいじっている。私の威勢のいい第一声に、めっちゃ不機嫌顔で睨みつけてきた。 「……ノックぐらいしろよ」 「ノックしても郁兄返事しないじゃん」 スマホ片手に、ずかずかとベッドに近づいていく。べろんと毛布の端っこを捲って、もそもそと郁兄の隣に潜り込んだ。 案の定、郁兄の眉間の皺がもっと深くなる。 「こっち来んな」 「ちょ、そっち詰めて。狭い」 「春樹んとこ行けよ」 「春くんいないの」 シングルベッドなのだから、2人で入れば当然狭い。 ぴったりと寄り添わなきゃ私がベッドに入れないわけで、邪魔な体をよいしょ、よいしょと壁側に押す。押しまくる。 最初は胡散臭い表情をしていた郁兄も最終的には折れて、少しだけ体をずらしてくれた。 その空いたスペースを、ちゃっかり確保する。 「あったかーい」 毛布の触り心地の良さと、人の温もりが残るベッドのコラボレーション最高。はーぬくぬく。 「春樹は?」 「わかんない。どっか行った」 郁兄と隣同士に寝そべって、互いにそれぞれスマホをいじる。奴のスマホ画面をチラ見したら、波打った心電図みたいなものと、細かい数字がびっしり並んでいる表が見えた。 郁兄は株投資をやってるから、多分、それ関連のアプリを見てるんだろうな。 これ何て言うんだっけ。トレード? 「今日、春樹が夕食当番だろ」 「うん」 「12月から、夕飯は俺ら2人でやるか。あいつ受験勉強あるし、1分でも時間惜しいだろ」 「えへ」 「なんだよ」 「べつにー」 こういう郁兄の物言いを聞く度に、ちょっと嬉しくなる。 郁兄は誰に対しても素っ気無い態度だけど、別に無関心というわけじゃない。ちゃんと弟思いだって、私は知ってる。 私と一緒にいる時、郁兄は春のこと、結構褒めてたりするもんね。 春の前では、そんな素振り見せないけど。 結局、郁兄に春との事は言ってない。 春は「いずれ父さんと母さんに言わなきゃいけないし、その時でいいんじゃない?」なんて軽く言ってたけれど、本当にそれでいいのかな。 郁兄は過保護じゃないけど、どちらかと言えば放任主義だけど、私達が本当に困っていたら、ちゃんと助け舟を出してくれる。何に対しても、「本当に困った時は言え」って毎回言ってくれるのも、郁兄だ。 この桐谷家で一番しっかり者の郁兄。 だからおじさんもおばさんも安心して、私達を郁兄に任せているんだと思う。 18歳になったら、桐谷家の子供たちは家を出なければいけない。 それがこの家の決まり事とはいえ、この3人暮らしが無くなってみんなバラバラになっちゃうのは、やっぱり寂しい。 郁兄は、この家を出たら1人暮らしするのかな? ………っていうか。 「ねー、郁兄ってさ」 「なに」 「もしかして彼女できた?」 「できた」 「おお」 あっさり認めた。 「やっぱり。最近、なんか雰囲気違うなあって思ってたんだよね」 「そうか?」 「だって人のこと女扱いするし」 春との事で相談した時に言われたあの一言が、実はずっと胸に引っかかっていた。 今まで、あんな風に異性を意識させるような発言、したことなかったのに。びっくりしたんだから。 「女扱いなんかしたか?」 「したよ。忘れたとは言わせんぞ」 「忘れた」 「このやろう」 お互い、視線は手元のスマホに落としたまま、今日も元気に口喧嘩。 私と郁兄の喧嘩はもう日常茶飯事で、これがないと、その日はずっと調子がおかしいくらい、日々の暮らしに浸透してしまっている。 「あと助手席乗せてくれなくなった」 「それは前からだろ」 「以前は乗せてくれたし!」 最近、助手席に乗ろうとすると、郁兄が決まって嫌な顔するんだよね。 でも、以前はそんなことなかった。 あんな風に拒絶反応を示すようになったのは、つい最近のことだ。 あの場所が彼女さん専用になったんじゃないかと勝手に妄想を膨らませていたんだけど、あながち間違いじゃないのかな? 郁兄は相変わらずポーカーフェイスを気取ってて、その考えが合っているのかはわからなかった。 郁兄の彼女かあ。 どんな人なのかな。郁兄と対等に渡り合えるほどの人なんだから、きっとすごい人なんだろうな。 会ってみたいな。 家に遊びに来たりとか、しないのかな? 「お前、さっきから何のゲームしてんだよ」 もやもやと自分の思考に耽っていたら、郁兄が私のスマホ画面をひょこ、と覗いてきた。 私のスマホから流れる、軽快なBGMに食いついたみたい。 「育成ゲーム」 「育成? 何育ててんだよ」 「おっさん」 「は?」 「おっさん育ててる」 「なんだそれ。見して」 「ん」 郁兄にも見えるようにスマホを傾けた。 画面には、日本の和風式のような構造の家が、愛らしいイラスト調で映し出されている。 盆栽が置かれた広い庭に、縁側にはブタさんの蚊取り線香。そして、小さいおっさんが5体、隣同士に並んでお茶をすすっている。 手元にはおせんべい。 全員、同じ顔。 「……これ、育ててんのか?」 「うん。お茶あげてる」 「………面白いのか、これ」 「面白いよ。あのね、ご飯あげたり遊んであげたりすれば、おっさんが成長していくんだけど、」 「ちょっと待て」 私の言葉を遮って、郁兄が口を挟んできた。 人の話は最後まで聞いてほしいのに。 「おっさんが成長するって何だよ。おっさんに成長するものなんかないだろ」 「あるよ」 「どこだよ」 「頭髪」 「………」 郁兄が黙り込んじゃったので、私は話を続けることにした。 トップページ |