告白2


「わたしね、春が好きなの」

「……もか」

「好きなの。ごめんなさい。家族がこんなこと言ったらだめだよね。気持ち悪いよね」

「………」

「でも好きなの。困らせてごめんね」


 奥底に隠していた本当の想いが、次から次へと溢れ出した。

 涙が頬を伝う。
 でも拭う余裕も無くて、「好き」と「ごめん」をひたすら繰り返す。


「春のこと、嫌いなんて思ったこと一度もないよ」

「……ほんとに?」


 こくんと頷く。


「彼女になれなくてもいいから、家族のままでもいいから」

「………」

「……嫌わないで」


 もし、逆の立場だったら。
 好きになってもらえないどころか、相手に嫌われてしまったら。
 そう考えただけで、胸が引き裂かれたように痛い。


 私は春のこと、嫌だなんて思ったことはない。

 だから誤解しないで。
 傷ついた顔しないで。


 零れ落ちる涙を手の甲で拭う。
 でも堰を切ったように溢れ出して、全然止まってくれない。
 それでも必死に拭っていれば、ふと、足元に影が落ちた。

 顔を上げた先に、春がいる。
 床に膝をついて座ってる。
 シャツの袖を少し引っ張って、ごしごしと私の涙を拭い始めた。
 嬉しいけど、春の服が濡れちゃう。


「汚れちゃうよ」

「いいよ」


 それでも構わないと、一生懸命、ごしごししてくれる。

 少し、ぶっきらぼうに見える春の顔。
 照れてるような、拗ねてるような、いつも穏やかな表情をしている春には似合わない、男の子の顔。
 それが何だか可笑しくて、つい噴き出してしまった。

 安堵した矢先。
 不意に頭に浮かんだのは、さっき言われたあの言葉。


「春」

「ん?」

「あのね、好きなの。大好き」

「………」

「春も私のことが好きなの?」


 頭の中で何度も、さっき言われた一言が繰り返される。

 直接、好きとは言われていない。
 でも、言ってることはほぼ同じ意味だった。
 あれは絶対、私の都合のいい聞き間違いなんかじゃない。

 期待感で胸が高鳴る。
 波打つ心臓の音が聞こえてくる。
 目線だけで春を見上げれば、何故かぷいっと顔を逸らされてしまった。


「春?」

「……それ、だめ」

「へ?」

「上目遣い、やめよう」

「……?」

「……かわいいから」


 ぱちり、と瞬きを落とす。
 突然何を言われるかと思った私は一気に顔が赤く染まって、ものすごく居た堪れない気分に苛まれて視線を落とした。
 春も、顔どころか耳まで真っ赤な状態で、そんな様子を見てしまったら、更に羞恥は増すばかり。

 再び、重い沈黙が落ちる。
 でも、さっきまでの息苦しい沈黙じゃない。
 嬉しくて、恥ずかしくて、ちょっとくすぐったい感覚。
 そしてやっぱり、春が先に沈黙を破る。


「……好きだよ」

「え……」

「もかが好きだよ」

「……ほんと、に?」

「うん」


 相変わらず顔を背けられたまま、小さく頷く。

 そうなんだ。
 春も、私と同じ気持ちだったんだ。
 知らなかった。
 いつから好きでいてくれたんだろう?


「……ていうか、俺、何度も好きって言ったのに」


 不機嫌そうな声が聞こえた。
 怒ってるというよりは拗ねたような口調だった。
 春はまだ機嫌がよろしくないらしい。
 なんでかな?


「もかも、たくさん好きって言ってくれたのに」

「あ……」

「だから俺、両想いなんだって勝手に思ってた」

「りょ……」


 ―――両想い。

 聞き慣れない単語に、一気に顔に熱が上がる。


「なのに、ただ俺に合わせてただけなのかって思ったら、すごく恥ずかしかったし、ショックだった」


 悲痛な想いを吐露する春の気持ちが、痛いほどわかる。

 2年前、私が好きだった人。
 初恋の相手。
 あの先輩に振られた時も、私は1人で勝手に勘違いして、恥ずかしい思いをした。自分が情けなくて、惨めだと思った。
 あの日味わった痛みを、今度は私が春に負わせてしまったんだと、今この瞬間に気付く。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「……ごめんなさい」

「……何度も言ったのに」

「うん……」

「信じてくれなかったの?」

「う、それは」

「それは?」


 迷いが生じる。
 「はい」とは、正直に言いづらい。


「春は、その、し……してる時にしか、言ってくれないから」

「………」

「き、気分を盛り上がらせる為に言ってるのかなあ、って思ってて……」


 春の本当の気持ちを知った今、「実はこんな風に思ってました」と伝えるのは辛い。
 案の定、春の空気が急激に冷えていくのがわかった。
 むぎゅう、と両頬を引っ張られる。


「あう」

「もかのアホ」

「ご、ごめんなしゃい」

「気分を盛り上がらせるためって、何だよそれ。俺そんな風に思ったこと一度もないよ」

「はひ……」


 容赦ない力でむぎゅーっとされる。
 ほっぺをつねられてるせいで、うまく言葉が喋れない。

 ………郁兄みたい。


 一応気が済んだらしい春の手が、私から離れていく。
 じんじんと痛む両頬は、少し熱を持っていた。


「俺の思い過ごしじゃないんだよね?」


 こくこくと、首を縦に振る。


「じゃあ、もう言おうかな」

「?」

「本当は、受験が終わってから言おうと思ってたんだけど」

「なにを?」

「今言わないと、また、もかが勝手に勘違いして離れていきそうだし」

「え?」


 瞳をぱちぱちと瞬かせる私の前で、春は深く息を吐いてから顔を上げた。
 私を見つめる瞳は真剣そのもので、春の緊張が感染したように、私の心拍も早くなる。
 ゆっくりと、彼の口が開いた。


「俺と付き合ってください」


 ほんのりと目元を染めて告げられた言葉。
 軽く目を見開けば、いつもの、あったかい笑顔がそこにある。
 やっと笑ってくれたのが嬉しくて、交際を願ってくれていることも嬉しくて、私は泣き笑いのような表情で頷いた。


 私、春のこと諦めなくていいんだね。
 好きでいてもいいんだね。
 春の彼女になれるんだ。
 彼女として付き合えるんだ。
 すごいなあ……。


 ………ん?


「は、春」

「なに?」

「わ、わたしたち、どうなるの?」

「え?」


 こて、と首を傾げてる。
 不思議そうな顔を向けられて、私は焦って言葉を紡ぐ。


「つ、付き合っちゃうの?」

「え、付き合わないの?」

「私たち、家族なのに」

「家族だけど、いとこでしょ?」

「そうだけど」


 ずっと気がかりだった、いとこ同士の恋愛観。
 法的には問題ないとしても、それは法律上の話であって、こういうのは家族間の意見や世間体が左右される。

 私、春の彼女になってもいいのかな。
 付き合っても大丈夫なのかな。
 桐谷のおじさんとおばさん、反対しないかな?
 それに付き合うとなれば、郁兄にも話さなきゃいけないよね。


「あー……」


 そんな複雑な思いを吐露すれば、納得したように春も頷く。


「多分、郁也と母さんは大丈夫だと思うけど」

「うん……」

「……問題は父さんだね」

「………うん」

「絶対、反対すると思う」

「………」

「父さん、もかを溺愛してるからね……」

「………」


 春と郁兄のご両親はちょっと変わり者。
 おばさんは何に対しても動じない、常にマイペースで天然さん。ある意味最強。
 逆におじさんは、とても優しくて面白い。
 ただ、ものすごく心配性なのがたまにキズ。
 この兄弟ってご両親のどっちに似たんだろう? って思うほど、みんな、性格がバラバラの家族。
 おばさんのマイペースっぷりは、ちょっと郁兄と似てるけど。


「うん、でも、大丈夫だよ」

「……そう?」

「うん」

「わたし、家族だよ?」

「もかは、いとこより家族っていう認識の方が強いんだね」

「うん」


 初恋だった先輩に振られた日から始まった、春との不思議な関係。
 あの日から少しずつ、私の中で春の存在が大きくなっていった。
 そして、ある日突然気付いた、春への想い。
 いつから好きになっていたのかなんて、全然覚えてない。
 ただ確実に言えるのは、春を、好きな人として見ていた日はまだ浅いこと。
 家族だと認識していた時期の方が、ずっとずっと長い。

 だからかな、正直、いとこ同士だという認識が私の中では薄い。
 それは郁兄にも言えることだけど。
 幼い頃から、当たり前のように春と郁兄と一緒に暮らしていたから、余計にそう思えるのかもしれない。


「じゃあ、家族に戻ろう」

「え……」


 その一言にはたり、と瞬きが落ちる。

 どういうこと?
 私、フラれちゃうの?

 突然の宣告に表情を曇らせた私のほっぺを、春の両手がぺち、と挟み込んだ。


「そろそろ受験に本腰入れなきゃいけないし」

「うん」

「もかも、就職活動があるし」

「うん」

「お互い、忙しい身になるから。だから交際の件も、受験が終わってから、ちゃんと伝えたかったんだ」

「そう、だったんだ?」

「うん」


 春の顔が近づいてくる。
 こち、と額と額がぶつかった。


「じゃあ、春とのお付き合いは来年までお預け?」

「そうなるかな。嫌?」

「ううん」


 嫌なわけがない。

 今、私達はすごく大事な時期に差し掛かってる。将来に係わる、大事な時だ。
 だから春の、受験に集中したいって気持ちはすごくわかるし、応援したい。
 今は、家族としてでも。


「やっぱり春は、郁兄の弟なんだね」

「え?」

「もし、春と付き合いたいって郁兄に言ったら、反対されると思うの」

「なんで?」

「『今は時期を考えろ』って言われそう」

「あ、確かに」

「ね」


 郁兄はいつも、周りを見据えてものを言う人だ。
 何かある度に頼ってしまうけれど、いつも的確な答えを教えてくれる。
 厳しいところも多いけど、誰よりも頼りになる、私の大事なお兄ちゃんだ。


 家族に戻る。
 その決意に、いつも息苦しさを感じてた。
 でも、もうそんな不安に駆られることは無い。

 春と離れなくてもいい。
 高校を卒業しても、この家を出ても、一緒にいられるんだ。彼女として。
 だから不満なんてない。
 その事実が、何より心強かった。


「それより、もか」

「うん?」

「そろそろ、着替えたら?」

「へ?」


 突然の話題転換に目を丸くする。
 一拍置いて、自身の今の格好に気付いた。

 着替え中だったシャツがスルリとはだけて、肩ブラが見えてしまってる状態。
 中途半端に外していたシャツのボタンは、あと2つを残して全部外してしまっている。ブラも谷間もばっちり拝めます。
 パンツ? 丸出しです。

 布団の端っこを思いっきり掴む。
 勢いよくベッドの中に潜り込んだ。


「春のばかー! えっち!」

「うんごめん」

「軽い!!!」


 もうほんと信じられない。
 何なんだろう今日の私。不調すぎる。

 さっきまで幸福感に浸ってたのに、今は身悶えしたいほどの羞恥心に駆られている。
 そりゃあ春とはちょっと、イケない事まで致した仲だから、裸だって何度か見られた事はある。
 けど、だからって恥じらいがなくなった訳ではないのだ。

 しかも、今はまだ夕方に差し掛かる前。
 まだ外が明るいうちに、こんな下着姿になっているところなんて今まで見られたことが無い。恥ずかしすぎる。
 すっかり布団と一体化してしまっている私の様子に、春が小さく噴き出した。


「もか、俺、一旦部屋出るね。着替えておいで」


 起き上がることも出来ず、頷く事で返事を返す。
 すぐ傍で笑う気配がして、ベッドから春が離れていくのがわかった。

 もぞ、と布団から顔を出して、その背中を目で追いかける。
 部屋を出る寸前、ドアノブを握る春の手が、躊躇いがちに動きを止めた。


「……2年前にさ」

「……?」

「もかがいるから彼女はいらない、って俺が言ったの、覚えてる?」


 その問いかけに小さく頷く。
 それは、覚えてる。
 あの時はまだ、春を家族としか見てなかった。
 だからその言葉が全然理解できなくて、困惑したんだった。

 だけど今、思い知らされる。
 あの一言は春にとって、すごく特別な意味が含まれていたんだ、と。


「俺ね、小さい頃からずっと心に決めていた事があるんだ」

「……なに?」

「初めての彼女は、絶対にもかにするって」

「……え」

「実現できそうで、よかった」


 春は背を向けたままで、表情が見えない。
 でも耳がほんのりと赤く染まってて、すごく照れているのがわかる。
 私まで伝染したように、赤くなってしまった。

 胸がどきどきする。
 本当に春は、私を女の子として見てくれていたんだと、改めて実感する。
 しかも、小さい頃から、って言ってた。

 ぱたん、とドアが静かに閉まる。
 でも、春の足音は聞こえてこない。
 ドアの向こう側に座り込んで、私が着替え終わるのを待っていてくれるみたい。


 私も知らなかった、春のこと。

 いつから、好きになってくれたのかな。
 どうして、あの日抱いてくれたのかな。
 まだまだ、聞きたいことがいっぱいある。
 春はきっと顔を赤くしながら、全部教えてくれるんだろうな。
 そう思ったら、心がふわふわと浮上してくる。

 郁兄や2人の両親にどうやって話そうかな。
 そのあたりも、ちゃんと話し合わなきゃ。
 パンツ見られたくらいで丸まってる場合じゃなかった。


 ベッドから起き上がって、もう一度クローゼットに手を伸ばす。
 顔を見上げれば、窓から見える空は鮮やかな夕日の色合いに染まっていた。
 立ち並ぶ木々に、満開の花も蕾も見当たらない。
 あと半年後には、見事な桜の開花が咲き誇るんだろう。



 高校卒業まで、あと半年。
 18歳になったら、私達は一人立ちするために、この家を出る。
 ぬるま湯みたいな春との関係も、終わりを告げる。

 でもそれは、新しい関係の始まり。

 来年の、桜舞う頃。
 私の恋は形を変えて、桜とともに春を迎えるみたいです。


(了・次話から続編)

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