終わる関係1 私と冴木くん、村瀬くんの関係は、決して周りには公言できないし人には理解しがたい行為。 だから当然、周囲には内密にしてる。 そしてこの関係は長続きもしないし、してもいけない。一生続けるわけにはいかないこともわかっていた。 この行為に、執着も依存もしちゃいけない。 いつか必ず終わらせなきゃいけない。 だから3人で話し合って、条件と期限を決めた。 行為は金曜の夜だけに限ること。 もし好きな人が出来た場合、その時点でこの関係は終わらせること。 私には、彼氏と呼べる人はいない。 彼らにも、恋人の存在はいない。 だからこの条件は、ある意味好都合だった。 好きな人が出来たら、という条件をつけることで、この関係は期間限定だということを頭の片隅に置くことができる。そうすれば、私達の関係はいつか終わるものだと認識できて、気持ちをセーブできる。この関係に溺れずに、その時が来れば綺麗に終わらせる為の救済策。好きな人が出来なかったら、という問題は、この際横に置いておく。 あくまでも、期間限定の関係。 この条件をつけることで、この特別な行為を楽しもう、そう思うことができた。 でも―― 泥沼に嵌らない為に作った条件だったけど、私達の間で恋愛感情が芽生えてしまった場合のことを、当初の私達は一切考えていなかった。 ・・・ 「お疲れ村瀬」 「村瀬くん、お疲れさま!」 会社のエントランスから出てきた村瀬くんを、冴木くんと一緒に出迎える。行為の後は会社のシャワールームを借りて、使用したオフィスの鍵を管理保管庫へ預けに行くのがいつもの流れ。その後は3人で飲みに出掛けることが多い。 ちなみに鍵持ち兼、保管庫へ戻す担当は、いつもじゃんけんで決めている。村瀬くんは勝負事にとことん弱くて、毎回負ける。 それでも文句を言わない彼は、優しいを通り越してお人好しなんだろうな、とも思う。 「あー、さみぃ」 村瀬くんの吐く息が夜空に溶けていく。 週末前の金曜日、街中はたくさんの人で賑わいを見せていた。 「11月になったし、もう寒いよね。早朝と夜はやっぱり冷える」 「しかも明日、雨らしいぜ。ニュースでやってた」 「へー」 他愛もない会話を繰り返す2人の、その後ろをついていきながらスマホをいじる私。私達の姿は、周囲の人間からはどう瞳に映っているんだろう。仲のいい同期が居酒屋で飲み明かした帰り、だろうか。 少なくとも、会社でセックスしてた者同士の帰りだとは、夢にも思っていないだろうけど。 「水野さん、何してるの?」 会話に参加していない私を不思議に思ったのか、冴木くんが後ろを振り向いた。 「うん、居酒屋の予約してた。この後、飲み行くっしょ?」 「あ、そっか。ごめん、任せちゃったね」 「勝手に予約しちゃったけどいい?」 「大丈夫だよ。お腹空いたし早く行こうか」 「うん、いこいこー!」 意気揚々と声を上げて、2人の間に無理矢理割り込んで肩を組む。予約した居酒屋へと足を進めようとした時、村瀬くんの足が不自然に止まった。 「あー……あのさ」 村瀬くんが控えめに声を発する。 その声音がいつものトーンとは違っていて、異変を感じ取った私と冴木くんが同じタイミングで足を止めた。不安そうに表情を曇らせている村瀬くんに視線を向ける。 「……? どうした村瀬」 「うん……。例の約束事、覚えてる?」 その一言に、私と冴木くんは顔を見合わせた。 「……好きな人ができたら関係を終わらせるってやつ?」 私の問い掛けに、村瀬くんが静かに頷く。 心臓がどくんっと胸を打った。 「……気になる人、できたのか?」 冴木くんの静かな声。 「……うん。あのさ、企画部にいる島崎さんって人、2人とも知ってる?」 「え、ごめん俺は知らない」 「あ、私知ってる! 何度か一緒に仕事したことあるけど、すごくいい子だよ! 村瀬くん、島崎さんのこと好きだったの?」 思わず食いついてしまった。脳裏に浮かぶのは、垂れ目メイクが可愛らしい女の子の姿。 島崎さんは私より2つ下の後輩で、部署は違うけど合同企画で一緒にプレゼンしたことがある。以来、社内で顔を合わせる度に話をするようになったし、LINEでも何度かやり取りしてる。でも、島崎さんから村瀬くんの話は、今まで一度も聞いたことはない。 「好きっていうか、気になったのは最近で……。たまたま参加した飲み会の場に、島崎さんもいたんだ。その日に初めて会話したんだけど、すごく気が合って、楽しくて」 「うんうん」 「また話したいなって思ってたんだけど、昨日の夜に彼女からLINEがあって。『週末に、一緒にご飯食べに行きませんか』って」 「えー! やったー!」 村瀬くんの恋バナにはしゃぐ私とは逆に、冴木くんは表情を変えることもなく、静かに口を開いた。 「そのご飯の誘いって、2人だけでって事?」 「うん……どう思う?」 「どう思うも何も、絶対にクロじゃん。その島崎さんって子も村瀬を気にしてると思うけど」 冴木くんの言葉に、私もこくこく頷く。 「私もそう思うな〜。気になってもいない人に、一緒にご飯行こうなんて誘わないと思うよ」 「そうかな……、うん、そうだね」 私達の言葉を受けて、村瀬くんも覚悟を決めたように頷いた。でも、その覚悟はつまり、私達の関係の終わりを意味してる。会社から出た後の村瀬くんの表情が曇っていたように見えたのは、この関係を終わらせることに一抹の寂しさがあったからかもしれない。 でも、村瀬くんが島崎さんの気持ちと向き合うと決めたなら、彼らの為にもこの関係は終わらせなきゃいけないね。 「なんか、ごめん。ほんとに急な話で」 「なんで謝るんだよ。応援するよ」 「私も! 協力できることがあったらなんでも言ってね」 「うん」 村瀬くんは本当にいい人だし、誰にでも優しくて包容力もある。彼女ができたら一途に守ってくれそうな雰囲気を持っている。対して島崎さんは、喫茶店を経営している両親を日々手伝いながらOLを続けている、真面目で頑張り屋な一面を持っている子だ。 そんな2人が飲み屋で出会ったことには意味があったと思いたい。彼らがこの先、どんな関係を築いていくのかはわからないけど、2人の望む道へ向かってくれたらいいなと思う。 「水野さん」 にこにこと笑顔を浮かべる私に、村瀬くんが顔を向ける。目が合って、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。 「今までありがとうね。楽しかった」 トップページ |